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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 壁には、細やかな金細工の装飾が施されていた。

 磨き抜かれた大理石が床には敷き詰められていて、その冷たい感触が心地よく、僕の足元をひんやりと包み込んできている。

 前を見る。

「このままだと、大。俺が、統一神になりそうだな」

 僕の対面の席では、青梶が胸を張っていた。

「おっ、食っちまうぞ?」

 ドチグマが、青梶の隣にいる。

 龍だと考慮すると、小ぶりだ。

「僕は統一神になれなくても、別にいいかな」とは、たしかに僕が言った。

「そういう優柔不断なところが、大を神の頂から遠ざけているんだぞ」

 青梶やドチグマは、突然、大神殿に襲い掛かってきたという悪魔の一陣を追い払ったとして、その功績を周りから高く認められていた。

 大神にまで、地位を上げていた。

 それは僕の隣で、ゆったりと蜜柑を味わうリエルから教えてもらい、初めて知ったことだ。

「でも、大文殊(だいもんじゅ)様によると、前の世界の寿命がこっちの世界でも反映されるみたいなんだ。だったら尚更、僕が統一神なんてやるべきじゃないよ」

 ここで、僕は気づいた。

 僕だけど、僕じゃない。

 まるで映画を見るような感覚で、僕はいつの日か、体験しただろう光景を眺めている。

 俯瞰的に、僕は僕の視点から見知った仲間の意見を傾聴している。

 本当に、念が発動したのだろうか。

「あのじじいの言うことなんて、気にするな。張り合いがねえな。それでじじいは、また欠席か?」

 青梶が、蔑むような笑みを浮かべている。

 青梶、ドチグマ、茜。それにリエル。

 大神殿の二階で、全員が座っていた。

「青梶、ダメでしょ。統一神の大文殊様をじじいだなんて呼んだら」

「あんなのただの亀だろ」

「亀の大文殊様だからこそ、今、こうして穏やかな世界が保たれているんでしょ?」

 茜が咎めている。統一神はご高齢であるため、定例会には出席していないらしかった。

 僕がまだ、統一神でない。

 喫緊の議題はとくにないようだった。

 互いを褒め、時には罵り合い、基本的には笑い合う。

 途中、ドンドンと外から扉が強く叩かれていたが、誰も応じようとはしない。

「青梶は口さえ悪くなければ、今からでも統一神になれると思うけどなあ」

「なんだ。茜、嫉妬か?」

「違うよ。不満だよ」

 リエルは無我夢中で、蜜柑の皮を剥いていた。

 また扉が、何度か叩かれた。

 僕は、たしかに神知学園にいて、シバコウもしくはきなこによる銃撃により、命を落としたはずだった。で、あるのに、大神殿の二階で、僕は見知った顔と神の世界について、議論している。

「ここまでの総括として、大参謀の意見も聞きたいところだな」

 淡々と、青梶がリエルを指差していた。

「みなさん、立派ですよ。大ちゃんさんは、誰もが認める逸材です。ただ、優柔不断なせいで、少し、青梶さんから遅れを取っていますが。青梶さんの豪胆ぶりにも目が離せませんね。総じて、みなさんすごいですよ」

「リエルはいつも的確な意見ばっかりを言うね。それで、私は?」

「茜さんは、食べっぷりがいいですね」

 全員で笑い合った。

 僕も、自然と声が出ている。

「大。お前に足りないのは、強い意志だぞ」

 力強く、青梶に小突かれる。

 だが、痛いという感覚は、現在の僕には皆無だった。

 つまり本当に、僕は過去の映像をただ見ているだけなのだろう。

「青梶に足りないのは、きっと優しさだよねえ?」

「茜は、黙ってろ」

 また、外からドンドンと、扉が叩く音が鳴った。

 扉を叩き潰しても仕方ない、と高をくくったかのような破壊力のある音だった。

「なんだ?」

 苛立ちを隠さないまま、青梶がようやく「入れ」とだけ反応し、外の者を招き入れた。

 下の位の神が、切羽詰まったような表情で飛び込んでくる。

 下の位の神だろう、とは、あまりに相手が慇懃な態度であるため、僕でも簡単に判別がついていた。

「魔王が単独で大神殿に乗り込んできました。どうしますか、大神様?」

 目の色を変えた青梶が、すぐに勢いよく立ち上がる。

「魔王が単独で大神殿に来るなんてことがあるのか。分かった。すぐに、懲らしめにいく」

 屈託のない笑みを浮かべた青梶はドチグマを引き連れ、すぐに大神殿の二階から飛び出していった。僕も慌てて、部屋から飛び出している。



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