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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 基本的にシバコウは僕と違って、誰とでも交流が簡単に行えるフレンドリーな側面があり、いつ何時でも、シバコウの周りには、多くの人間や生き物たちがいた。

 それを遠くから傍観するのが僕の役目で、更にその奥から、青梶が「また一人か」と僕を冷笑してくる構図が、常にあった。

「ワシは忍者になりたいんじゃ!」

「これはこれはシバコウさん。またいきなり、どうしたんです?」 

 リエルがシバコウにぽんと、蜜柑を渡す。

「たまには私もちょうだい」と茜も反応している。

 じわりと、ドチグマがリエルに近づいていき、「お、食っちまうぞ」と凄んでいる。

「分かりましたよ」

 リエルは、ドチグマにも蜜柑を渡した。

 ドチグマは蜜柑を皮ごと、味わう。丸呑みだ。

「よお、大。今日は探索に行かないのか?」

 いつの間にか、青梶が僕の席の前に立っている。

「遠慮しておこうかな。今、ちょっと考え事をしているんだよ」

 僕の机の上には青色の日記があり、青梶の手にはいつの間にか、蜜柑がある。

「水くせえな。相談くらい乗るぞ?」

「この前、神知学園にアイスクリーム屋があったよね。あの時、きなこを見かけたような気がするんだ」

 青梶から反応は、ない。

 リエルはゆっくりと蜜柑の皮をむき、その様子を温かく茜が見守り、ドチグマは身体をうようよと浮遊させ、終始、青梶は仏頂面だった。

「大ちゃん。水色のポーチを知らんかのう?」

 話題をぶった切るようにして、シバコウが僕の肩に飛び乗ってくる。

「そんなポーチ入れてたかなあ?」

「うーむ。大ちゃんは忘れっぽいからのう。当てにならんのう」

「なら、聞かないでよ」

「それも、そうじゃ」

 水色のポーチは、たしかに僕のバッグの中に入っていた。

 圧縮された黒い服が水色のポーチの中には収納されており、それをシバコウは机の上に取り出し、服を皺を伸ばすようにして、丁寧に置いた。

 最後に、身体を滑り込ますようにして、柴犬は着用していく。

「最後にこれを身につけて、完成じゃ。ほれ、大ちゃん。頼むぞい」

 シバコウの頭に、頭巾を被せる。

 きちんと耳の部分だけに穴があり、それはシバコウの耳のサイズとぴったりだった。

 なぜか服を着せる手伝いを、僕は慣れ親しんだ行為だと、感じる。

「よし、忍者になれたぞい」

 柴犬の忍者。滅茶苦茶だ。

 だが、シバコウはこれで完全体になったといわんばかりに、満足げな表情をして、颯爽と、教室の床に紛れるように隠れ身の術をしていった。

「忍術が使えそうな場所はないのかのう?」

 すぐに僕の元へと戻ってきたシバコウが胸を張る。

「それはそうと、どうして忍者なのさ?」

「ワシがやりたいからじゃ。それに約束もあってのう」

「また、統一神かな?」

「うむ」

 授業に入ったからといって、シバコウは着替えることなどせず、最早、それが最初から、神知学園の制服であったかのような堂々たる佇まいで、桜井先生による睨みなど苦にせず、忍者になった柴犬は口だけを必死に動かし続けていた。

「シバコウの顔が真ん丸になってるよ。さつまいもチップスの食べ過ぎじゃない?」

「大ちゃんよ。全体をよく見ないといかんのう。全身はどちらかといえば、シャープに引き締まっておるじゃろう?」

 たしかに顔こそ真ん丸だが、シバコウの全身は思いのほか、引き締まっていた。

「ドロップキックの練習を続けていたからかな?」

 僕は、予想する。

「いんや。ワシは危機察知のために、常に膨大なエネルギーを放出しておるんじゃ。そのためにスリムなんじゃな」

「神知学園に危機なんて、どこにもないよ?」

「いんや。あるんじゃな、それが……」

 統一神は対等を求め、魔王は自由を求める。

 そこまで黒板に殴り書きをした桜井先生は身体を回転させて、チョークをぶん投げていた。

 僕の顔の近くに、風を感じる。

 弾丸のような速度。

 だが、軽やかにシバコウは上体を反らすようにして、避けていた。

 沸き立つ歓声。

「ここには危険が一杯じゃ」

 どう考えても、シバコウの授業態度が悪いせいであり、僕は「うわあ」としか反応できない。しっかりとチョークを避けきった後、忍者の印のようなものを結んだシバコウは「分身の術じゃ」と真ん丸の顔にえくぼを作っていった。

「なんじゃい、大ちゃん。元気がないのう。さつまいもチップスでもどうじゃ?」

「桜井先生! またシバコウが授業中にさつまいもチップスを食べようとしてますよ」

 授業中、あまりしたことのなかった僕の発言に、桜井先生は過剰に反応した。

 チョークがまた何本か、シバコウに飛んでいく。

 軽やかに避けるシバコウ。

 しっかりと忍者らしきポーズも、要所要所で決めている。

「告げ口は反則じゃよ!」

 忍者の格好のまま戦闘体勢になったシバコウが、僕の机の上に飛び乗ってきた。

 転がるペン、舞うノート。

「二人とも廊下に立ってろ」

 冷淡な宣告。

 桜井先生の令に、とぼとぼと歩き出す僕たち。

 廊下に立っている間、シバコウは反省の顔色一つせず、ずっと野望を口に出し続けていた。

「龍の背中にまた乗りたいのう」

 反省の色など、ない。

 桜井先生から反省の時間を解かれ、教室に戻ってきたシバコウは、早速、ドチグマの背中を見つめては、柴犬ではあるが、それこそ虎視眈々と、龍の背に飛び乗る契機を見いだそうとしていた。

「お、食っちまうぞ?」

 この「食っちまうぞ」の声色が、今回の場合、比較的、穏やかで、何度もドチグマの決め台詞を聞いたせいか、僕でさえも、「今日は背中に乗れるかもよ」とシバコウに助言してしまうほどには、龍の機嫌の善し悪しをドチグマの声色だけで判断できるようになっていた。

「背中に乗りたいんじゃが」

「お、食っちまうぞ?」

「よし。隠れ身の術が決まったのう。隙ありじゃ!」

 まるで隠れてなどいないシバコウが勢いだけで、龍の背中に飛び込んでいく。

 青梶が額に手をやり、ドチグマは身体を机にぶつけるようにして、シバコウを引き剥がそうと、した。僕は状況を静観するに、努める。

「やったぞい! 見ておくれ、大参謀。リエル殿」

「これはこれはシバコウさん」

 結局、シバコウは休憩時間の大半を、ドチグマの背中の上で過ごしていた。

「たまには、蜜柑をもらってもいいかな?」

「これはこれは、大ちゃんさん。もちろん、あげますよ」

 蜜柑をもらい、ふと思う。

 リエルは、シバコウのさつまいもチップスと匹敵するくらい、短期間で大量に蜜柑を消費している。

「そういえばこの蜜柑って、どうやって取り寄せてるの?」

 ごそごそと忍者の衣を脱ぎ捨てたシバコウは、水色のポーチに衣装をせっせと短い手で押し込んでいる。

「念ですよ」

 さも当然のように、リエルは答えた。

「なるほどね。シバコウの念で蜜柑を取り出してたのね」

 一瞬の間がある。

 リエルがこれでもかと、首を傾げている。

 そのまま狸の愛らしい顔が机にピタリとついた状態で、固まる。

「念は、シバコウさんの特殊能力ではありませんよ?」



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