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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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「まずいことになりそうだ」とは、エプロン姿の桜井先生の口から放たれた言葉だった。

 今、神知学園ではないどこかに、僕はいる。

 何歩か歩くと、すぐにそこが大神殿のような場所だとは、分かった。

 僕の五感すべてが、「ここを知っているぞ」と喚き叫んでくる。

 大神殿の玄関から入るとすぐ見える螺旋階段を避けるようにして奥に向かう。

 大きな部屋があった。部屋の中には一枚板でできた長い木の机が置かれていて、なぜか壁に沿うようにして、多くの屋台が並んでいた。

 活況だ。

「シバコウによるアイスクリーム屋」と名付けられた屋台が、でかでかと設置されていた。絶対に目につくだろう最奥、中央の位置に、アイスクリーム屋はあった。

 その屋台の内側に、桜井先生は立っている。

「あのじじい。もうすぐ下の世界に戻るからって、周りの許可もなしに好き勝手しやがるな」

 僕の隣では、青梶が愚痴を漏らしていた。

「ほれ、青梶殿。アイスクリームじゃよ」

 シバコウがカップを二つ持って、僕の様子を見ながら、青梶に喋りかけている。

 見知った顔ばかりが、僕の近くにはあった。

「なんだ、柴犬。いいところ、あるじゃねえか」

 僕に目配せをしたシバコウが意地の悪い笑みを見せていた。嫌な予感が、する。

 その場で、一口。アイスクリームを頬張った青梶がゲホゲホとむせている。

「なんだこれ、まずいな」

「ああ、しまったのう。こっちは犬用じゃった」

 明らかに、わざとだ。

 シバコウが青梶に追っかけられている間に、僕も桜井先生からアイスクリームを頂戴しようとする。その時、だった。

「まずいことになりそうだ」

 桜井先生からカップを渡されると同時に、告げられている。

「どうしたんですか。シバコウが暴れすぎちゃうとか?」

「その方が、遥かにいい。もっと事態は深刻だ」

「おお。大ちゃんもアイスクリームをもらったんじゃな」

 シバコウの姿を認めた途端、桜井先生は口を噤んでいる。

「うん。美味しいよね」

「そうじゃのう。ところで、大ちゃん」

「ん、どうしたの?」

「ワシと神様のパートナーになってくれんかのう?」

 急な提案に僕は戸惑い、桜井先生は激怒した。

「それだけは絶対に認められない」

「どうしてじゃ、桜井先生?」

「そんな前例、聞いたことがないからだ」

「なんじゃ。桜井先生は、頭がカチコチじゃのう。前例がないなら作ってしまえばいいんじゃよ。絶対にワシは大ちゃんとペアになるぞい」


「おい、話を聞いているのか?」

 それが僕に向けられた質問であると分かるのに、時間を要した。

 桜井先生が、じっと僕を睨みつけている。辺りを見回す。

 ここは、教室だ。居眠りしていたようだ。

 つまり、夢。

 隣の席にはシバコウが座っていて、こちらもムニャムニャと寝言を呟いている。

「衣食住はあくまで、娯楽だ。いいか。娯楽だ。不要なんだ。授業中に寝るなど、あり得ない行為だぞ?」

 桜井先生が鬼の形相になっている。僕は今一度、教室内を見渡す。

 教室が、空席ばかりになっている。

「新たな卒業生が出た」

 遂に、一平とレオまでもが卒業していった。

「ねえ、シバコウ?」

「なんじゃ?」

「夢を見たんだよ」

「どうしたんじゃ、大ちゃん。ロマンチストにでもなったのかのう?」

「違うよ。夢の中でも、シバコウは思い切り暴れていたよ。ロマンなんか、なかった」

「なんじゃ。それは残念じゃ」

「シバコウから神様のペアを組もうとお願いされていたんだ」

「ふむ。場所は、どこじゃった?」

「大神殿みたいな場所の中にあったアイスクリーム屋の屋台の前で、だったよ」

「なるほどのう」

「やっぱりあれは夢じゃなくて、過去にあった本当の話なの?」

「さて、どうじゃろうか?」

 僕はシバコウの頬をぺちっと、やる。

「痛いのう。なんじゃ。大ちゃん、やる気かのう?」

 すぐに立ち上がったシバコウはファインティングポーズを取った。

 それを見つけた桜井先生も、戦士が剣を振るう直前のような顔つきに変貌している。

「ここが夢かどうかを確認しておきたかっただけだよ」

「ふむ。大ちゃん、寝ぼけておるんじゃな。そんな時はじゃな。ほれ。さつまいもチップスでも食べて、落ち着きんしゃい」

 呑気にシバコウが、僕のバッグを漁り始め、遂に、桜井先生が大事に持っていたはずの堪忍の尾が切れた。シバコウに高速のチョークが襲いかかる。

「シバコウ。過去のことで僕に何か、隠し事をしてないかな?」

 僕の質問は、戦闘態勢になったシバコウの耳にまでは届いていない。


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