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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 シバコウは身じろぎ一つせずに、「銃。知らない話じゃのう」と青梶に向かって不敵な笑みを見せていた。

 この時点で、僕は「シバコウが悪者ではないだろうなあ」と判断している。

 心から、シバコウを信頼している。というわけではなく、完全にお遊びの延長として、シバコウが芝居をしているように見えたからだった。

 本当にまずいことをしていれば、シバコウの目は簡単に泳ぎ、すぐに言い訳をするはずだ。

 あるいは早足でその場から、モフモフと逃げ出すはずだった。

 でも今、心なしか、シバコウは嬉しそうだ。

 尻尾が、左右に揺れ始めている。

 きっと、どこかで、たまたま本当に銃を拾っただけなのだろう。

「この柴犬。怪しいな」

 まだ青梶はシバコウを悪者として捉え、接し続けている。

「あ、食っちまうぞ?」

 いつもより大きな声量で、ドチグマも柴犬を威嚇する。

「伊藤淳とウサギの一件がおかしい。卒業の仕方が、あまりにも不自然だ。念を通じて、好きな物を出せる柴犬なら、銃も簡単に出せるだろ」

 それは一理ある、と僕も思う。

 青梶はシバコウを問い詰めているはずなのに、どこか僕の表情ばかりを伺っていた。

 推理に自信がないんだろうか、と僕は勘ぐる。

「ふむ。色々と、青梶殿には見透かされているようじゃな。じゃがのう。念は条件さえ整えれば、誰でも簡単にできるぞい。大ちゃんも念のおかげでアジの刺身を食べておったしのう。さっきはなんと、期間限定のさつまいもチップスの袋までをも、念で取り寄せおったんじゃ!」

「お、本当に食っちまうぞ?」 

 ドチグマがシバコウにとぐろを巻き始めた。

「いくら脅されても、ワシは念で銃を出しておらんしのう」

「本当のことだけを言え」

 低い声音で、青梶が唸る。それでもシバコウは動じない。

「ただ銃を拾っただけじゃ。それを持ち主に返しただけじゃよ」

「言い訳に聞こえるぞ」

 青梶は目くじらを立て、シバコウに迫っていく。

「そう言われても、これが真実じゃ」

 青梶から目線を逸らさず、シバコウはそこから熱く、長く、語り始めていった。

「さて。さつまいもチップスの魅力は、どこにあるんじゃろうか。ワシは徹底的に考えたんじゃ。独自調査によるとじゃな……」

 口をぽかんと開けた青梶は、固まる。

 ドチグマも柴犬を痛めつける行為を止めた。完全に呆れている。

「さつまいもとチップスに概念を分けて、考えてみたんじゃよ。するとそこには驚くような秘密が隠されておってのう。さて。その前に大前提として、さつまいもの品種についてじゃが……」

 結局、青梶とドチグマはシバコウの口撃に耐えきれず、おずおずとトイレから辞していった。シバコウの身体が完全に乾ききっていた。

「ふむ。完全勝利じゃ」

 完璧に乾燥した身体を見せつけるかのようにして、シバコウは僕の近くで胸を張っている。

 シバコウ。

 仲良しだけど、時折、見せる謎の威圧感に、僕は少しだけ、畏怖を覚えている。

「あれは密談かのう」

 トイレから教室に戻り、また授業を受け、終わる。

 シバコウの目が妖しく光っていた。

 青梶が教室の前まで行き、桜井先生に話しかけていた。これは非常に珍しい光景だ。

「あんな教室の前じゃ、密談にはならないって」

「青梶殿がワシを見たぞ! おっ、大ちゃんも見た。これでワシらも人気者じゃな」

「いや、なんか人気者を見る視線とは違う気がするよ?」

「なんじゃ。残念じゃ」

 渋い表情をしていた桜井先生の口元が徐々に緩んでいったのは、遠くからでもよく分かった。青梶も満足げに、顎を引いている。

 二人を取り囲むように、周りをうようよと浮遊していたドチグマもどこか嬉しそうだった。

「ワシもお喋りしたいのう」

 さっと、シバコウが桜井先生に近づいていく。それを見越していたのか、青梶が早急に相手との会話を切り上げ、迅速に、教室の後ろの方へと戻っていった。

 ドチグマも、だ。

「さつまいもチップスは、どうしてあんなに美味しいんじゃろうか?」

 大声で、シバコウは言った。

 何も答えず、スタスタと桜井先生は教室を後にしていく。

「無視されちゃったのう」

 自分の席に戻ってきたシバコウは、なぜかやり切ったような顔をしている。

 まるで、質問をすることにこそ、意味があった。そんな顔をしている。

「てっきり銃や念のことを、桜井先生に尋ねるのかと思ってたよ」

「そんなもん尋ねても、面白くないじゃろう?」

 なぜか一気に不貞腐れたシバコウは机に身を預けたまま、動かなくなる。

 次の休憩時間までも、青梶は動いていた。

 シバコウの目が大きく見開き、何度も、何度も、僕の肩を叩いてくる。

「大ちゃん、ピンチじゃ! 青梶殿が裏切っておるぞい!」

「あれは裏切りじゃないよ。ただ他の人と喋ってるだけ」

「シバコウさん。これは静かに見守るしかありませんねえ」

 シバコウの席に座っていたのは、リエルだった。

 蜜柑の皮を剥く速度が、いつもより向上している。

 僕の机の上にいるシバコウも、いつもより過剰に尻尾をぶんぶんと振っていた。

 青梶は教室の後ろの方で、真剣な眼差しで話をしていた。

 相手は、茜だった。

「大ちゃんも、あの輪に加わりんしゃい。二人とも、顔見知りじゃろう?」

「うん。でも、別に話すことがないかなあ」

「これだから大ちゃんは。ワシに任せておきんしゃい」

「ああ、これはこれはシバコウさん。勢いだけの行動はいけませんよ?」

 リエルの忠告など、柴犬の耳にはまるで届いていない。

 あっという間に、茜の肩にまとわりつくようにして、シバコウが二人の会話に参戦している。

「行ってしまいましたね」

「リエルは茜の元に、行かなくていいの?」

「いいんです。あの惨状に突っ込む勇気など、ありませんから」

 すぐさまドチグマが大きな牙を、シバコウに見せている。

 威嚇だ。

 だが、途端に目を輝かせたシバコウは「カッコいいのう!」と賞賛し、そのままドチグマにねっとりと絡み始めた。強面だったはずの龍が、段々と、うんざりとした顔つきに変わる。

 遠くから見守っていた僕に、あのドチグマが目配せをしてきている。

「すぐにでもドチグマはシバコウを回収してほしいみたいだね」

「そうみたいですね。おお、また新参者が。あれは一平さん。珍しい」

 青梶と茜の会話に、もう一人、男子が混じっていた。

 静谷(しずや)一平(いっぺい)

 入学式の際、長々と喋っていた黒髪の男子だ。

 金髪男子と金髪美女の中に黒髪であり、黒縁メガネを着用している男子が混じる。

 容姿は二人に比べ、見劣りこそしない。

 が、それでも明らかに一平だけが、地味だった。

 シバコウは青梶に絡み、茜にまとわりついた。

 ドチグマにも、目を輝かせた。ただ一平に対しては、無関心だった。

「ドチグマ殿の背中の上に、いずれは乗ってみたいのう」

 会話に飽きたのか、モフモフとこちらに戻ってきたシバコウは、僕のバッグをがそごそと漁り始めた。

 当然のごとく、ポーチが床の上を転がり始め、せっせと僕はそれを拾い、机の上に置く。

「シバコウ。一平には、絡まないんだね?」

 さつまいもチップスの袋に、短い手が伸びていき、掴み、袋を開け、また手が伸び、シバコウは口を動かす。

「うむ。絡んではいけないような気がしたんじゃ。さて、今からドロップキックの練習をしなければのう」

 すぐにシバコウはリエルを引き連れて、隣の空き部屋に移動していった。

 意外と辛抱強いんだなあ、と僕はシバコウが残していったさつまいもチップスに、袋留めクリップをして、バッグの中に片付けながら、思う。

「リエル、シバコウはどこに行ったのさ?」

 たまには練習を見学しようと、僕は特訓部屋に入っていた。

 優雅にリエルがちゃぶ台の上で蜜柑の皮を剥いているだけで、柴犬の姿が見当たらない。

「シバコウさんは桜井先生に呼び出されてしまいました。きっと、お説教でしょうね」

 呑気に蜜柑を口を入れたリエルは、絶対にちゃぶ台から離れようとはしない。

「ところで、大ちゃんさんは昔の記憶がどこまでありますかね?」

「ほとんどないかなあ。前から思ってたけど、大ちゃんさんって変な呼び方だね?」

「気にいってるので、この呼び方のままでいきたいんですよ」

「一向に構わないけれど」

 どこかリエルの「大ちゃんさん」呼びも、耳馴染みがあるような気がする。

「ところで記憶の件で最近、思い出したことがあるんですけれどね。以前も、私は神の世界にいました」

 またまた冗談を、と僕はリエルの目を真っ直ぐに見た。

 真剣な目つきで、リエルは僕を見返してくる。

「どうやら本当みたいだね」とだけ、言ってみた。

 リエルは重い首肯を返してくる。

「じゃあその時にも、神知学園はあったの?」

「いえ。当時は立派な大神殿だけでした。ですが魔王と統一神が共同で、神知学園を創設したんです」

「それはどうして?」

「おい。今日は静かに頼むぞ」

 シバコウの首ねっこを掴んだ状態で、桜井先生が僕たちのいる部屋に戻ってきた。

 僕はリエルの顔をじっと見ていた。

 が、リエルは口だけでなく、目も閉じていた。

 この状況では何も話せません、と暗に、リエルは伝えてきていた。

「うむ。分かっておりますぞい。静かに、ドロップキックをすればいいんじゃな?」

「信用ならんな」

 今のリエルの話が、本当だとする。

 じゃあ、ずっと神の世界にいる桜井先生は何者なんだろうか。

 こちらが少しでも質問の口調になってしまえば「それは答えられない」と素っ気なく、桜井先生から返されるのは目に見えている。

 でも、自力で知った情報であれば、ちょっとくらいは反応があるのではないか。

 僕は青色の日記に数多の策を書き連ねながら、授業を受けた。受け続けた。

 策を、練る。

「桜井先生、質問があるんですけど?」

 授業が終わるやいなや、僕は以前の青梶と同じような行動を取っていた。

 茜や青梶から視線を浴びているな、とは、背中の感覚から分かっている。

「質問は受けつけていない」

「じゃあ確認です。リエルから、魔王と統一神が共同で神知学園を創設した、と教えてもらいました」

「事実だ」

 桜井先生はゆっくりと口の端を上げる。

「それしか言えんが」

「十分です。ありがとうございました」

「その調子で、この世界を調べ続けるといい。不利な点も多いからな。精進しろ」

「大ちゃんに不利な点などないぞい?」

 僕の肩にシバコウが咄嗟に飛び乗ってくる。

「シバコウがパートナーであるだけで、他の者に目をつけられる。それは圧倒的な不利だ」

「そんなことはないはずじゃ」

 途端にシバコウが僕の肩に全体重を預けるようにしたまま、項垂れる。

 重い。

「それで話は終わりか?」

 桜井先生は全身を舐めるようにして、僕だけを見ていた。

「はい。事実の確認がしたかっただけなので」

「そうか。ならば残りの休憩時間は、シバコウのドロップキックに付き合ってやるといい」

 あれだけ、うるさい、と桜井先生は怒っていたのに、シバコウの修行自体には否定的ではないんだなあ、と思う。

「大ちゃん。どうしてあんなことを質問したんじゃ?」

 桜井先生がいなくなってから、シバコウは僕の肩をドンドン、とやった。

「桜井先生がこの世界の過去を十全に把握しているっていう言質を取りたかったんだよ。リエルが嘘を言っていない証左にもつながるしね」

「ふむ。なるほどのう」

 シバコウは銃を拾い、持ち主に返した。と、青梶に言っていた。

 その相手が、桜井先生の可能性もある。

 銃の一件は全部、桜井先生が実行していたのではないか。

「ところでどうして、そこまでドロップキックにこだわるのさ?」

「それはの。ワシには約束があるからじゃ」

 シバコウのドロップキックは、日に日に洗練されていた。

 思わず、ちゃぶ台から蜜柑を手放し、立ち上がってしまうほどには、シバコウの技は曲芸の域にまで達している。あのドロップキックをまともに食らえば、一溜まりもないだろう。

「で、それは誰との約束なの?」

「ん、統一神じゃ」

 神の中でも、一番偉い存在にあたるのが統一神と、僕は頭の中で、桜井先生の授業内容を反復する。シバコウが、したり顔をしている。



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