第1話の3 「誰かしら…」
代わりに行った掃除が終わる頃、ココットのお腹の虫が、美味しそうな香りに反応して鳴き声を上げました。
見れば朝食を載せたトレイを持って、再びハンブが現れました。
「はい。お待たせ」
今日の朝食は、小分けされたプレートの上に二つの三角形に切り分けられた玉子トーストサンドと、厚めの焼きベーコンが一枚、ドレッシングのかかった少量の野菜サラダ、そしてマグカップはコーンスープで満たされていました。
「ありがとうございます。いただきます」
差し出されたトレイを受け取ると、ココットは大きく、胸いっぱいにその匂いを吸い込みました。
そのまま身体の隅々まで香りが浸透していくようでした。
「いつもとても美味しそうな香りですね! 私なんて、これだけでお腹がいっぱいになっちゃいそうですよ!」
ココットは今朝の朝日のような明るい笑顔を浮かべました。
「いやいや。私は大したものは出していないよ。妻と違って簡単なものしか用意できないし、妻に言われた通りにしか調理していない。単純に食材を食べられるようにしているだけだよ」
「またまた、ご謙遜を~」
などと、何気ない会話を二人は続けました。
「あっ、そう言えば昨日の夜ことなんだが…。ココット、君を探している者がいるらしいと、客の一人から言われたんだ。一応、伝えておいて欲しいとね」
そう言って、ハンブは少し伸ばしている口の周りの髭を適当に撫でまわしました。
「私を? 誰かしら…」
直ぐに思い当たる顔が見当たらなかったココットは、小首をかしげました。
「その客も誰かからのまた聞きだったから、良くはわからなかったみたいだけどな。そのうち、誰かが君を訪ねてくるかも知れない。けど今は物騒な世の中だからね。頭のおかしなやつだっている。何かあったら直ぐに声を上げて、助けを呼ぶんだよ? 私や他の住人たちが直ぐに駆けつけるから」
「はあ、その時はよろしくお願いします…」
何だか腑に落ちないココットは一応軽く頭を下げました。
そんなやり取りをしていると、二人の間にロープに括りつけられた四角いバスケットが降りてきました。
中にはココットと同じようなプレートと、数枚の貨幣が入っています。
見上げると、この建物の三階の住人が、窓越しに降ろしているのが目に入りました。
「お~い! うちにも朝食セット、同じやつをお願いね~!!」
垂直落下のように、少し寝ぼけた感じの女性の声が聞こえてきました。
「ものぐさせんで、降りてこ~い!!」
そう応答しつつも、ハンブはロープから籠を外しました。
「じゃあ、私、戻りますね。どうもありがとうございます」
ココットは軽く頭を下げると、トレイを持って自分の暮らす集合住宅に戻っていきました。
★
簡素な食卓に運んだばかりのトレイを置き、物入れの上から旧友のフォトフレームを取ってきて、そのそばに置きました。
「いただきます」
ココットは旧友の写真と朝食を載せたトレイ、交互に手を合わせてから、まだ暖かい朝食を食べ始めました。
先ほどハンブに言われた話を頭の中で何度か繰り返しました。
「私を探しているって…、何かのお仕事依頼かしらね? ひょっとして、音信不通のあなたからのお届け物? なんてね…」
はむはむと咀嚼を繰り返しながら、そんな言葉を投げかけました。
(つづく)




