第2話 女神さまに生活能力はない
「それではハル。まず食事を用意してちょうだい」
女神さま(自称)が俺の家に降ってきてから、まだ十分と経っていない。
それなのに、この口調である。頼み事というより、生まれた時から俺を雇っていた主人の言い方だ。俺の雇用契約書はどこにあるんだろう。
「俺はもう夕食を食べたんですけど」
「そう。それなら、私の分だけで構わないわ」
「遠慮したわけじゃないんですよ」
「分かっているわ。早くなさい」
「分かってないですよね?」
突っ込みは、軽やかに無視された。
……まあ、いい。食事と寝る場所。この人の目的は呆れるほど分かりやすい。変に親しげにすり寄られるより、百倍ましだ。
だからといって、この態度まで受け入れた覚えはないんだけどな。
「食べたいものはありますか」
「人間の食事であれば、何でもいいわ」
「何でもいいが一番困るんです」
「では、あなたが最も得意なものを作りなさい」
「突然増えた一人分を、あり合わせで用意するんです。期待しないでください」
自室を出ると、女神さまは当然のようについてきた。
――足音が、二人分。
さっきまで俺しかいなかった廊下に、俺のものじゃない足音が重なっている。たったそれだけのことで、自分の家の廊下が、少しだけ他人の家みたいに感じられた。
今夜だけだ。
頭の中でそう区切って、リビングの照明をつける。
女神さまは対面キッチンへ近づくと、紫色の瞳で冷蔵庫、電子レンジ、壁のスイッチを順番に追った。驚いている様子はない。ただ、一つずつ確かめていく視線だけが妙に真剣だ。
なんというか、試験前に教室を下見する転校生みたいだった。
「座って待っていてください」
「私に料理をするところを見られると困るの?」
「困りませんけど、そこに立たれると邪魔です」
「邪魔?」
初めて聞く外国語みたいな反応だった。
生まれてこの方、ただの一度も言われたことがないんだろうな、と伝わってくる「邪魔?」だった。ある意味すごい。
「そこ、冷蔵庫の真正面なんです。扉が開けられないので、どいてください」
「先にそう言えばいいでしょう」
「言いました。邪魔ですって」
「言い方の問題よ」
不満そうにしながらも、二歩だけ横へずれる。腰まで届く銀髪が、さらりと揺れた。
狭いキッチンには場違いなくらい神々しい姿だが、やっていることは冷蔵庫の前からどいてもらっただけである。
中には、明日使うつもりだった鶏肉と野菜が残っていた。冷凍ご飯と、作り置きのスープもある。予定は崩れるが、一人分なら足りる。
予定を組み直せば済む。
こういうことなら、まだ対処できる。
包丁とまな板を出していると、女神さまが冷蔵庫の扉に手を触れた。
「これは食物を低温で保存する装置でしょう」
「知ってるんですか」
「当然よ。人間界について何も知らないわけではないもの」
「使ったことは?」
「ないわ」
即答だった。清々しいほどの即答だった。
「食物は時間とともに劣化する。低温の環境へ置けば、その進行を遅らせられる。原理は理解しているわ」
「原理を理解していて、扉の開け方は知らないんですね」
「必要がなかったもの」
悪びれる素振りもない。
俺が鶏肉を切り始めると、女神さまはキッチンの外から手元を覗き込んだ。
「それを加熱するのね」
「そうです」
「人間は食物をそのまま取り込まず、切断し、熱や調味料を加える。料理という行為でしょう」
「正解です」
「学校や会社へ通い、労働の対価として貨幣を得て、その貨幣で食材を購入することも知っているわ」
「じゃあ聞きますけど、女神さまはお金を持ってますか」
「持っていないわ」
「知識の中で一番重要なところが抜けてるじゃないですか」
むっとした視線が飛んできた。事実なので受け流す。
鶏肉と野菜を炒め、スープを火に掛ける。油の跳ねる音と匂いが広がり始めた頃、背後で小さな音がした。
振り返る。
女神さまが、自分の腹部にそっと手を当てていた。
「どうかしました?」
「……奇妙ね」
「何がですか」
「身体の内側が空になったような感じがするわ。力も少し抜けていく」
「それはたぶん、空腹です」
「これが?」
自分の身体に起きていることなのに、未知の現象を観察する研究者みたいな顔をしている。
「神界では、お腹が減らないんですか」
「食事は生存に必要なものではないわ。宴や交流のために口にする者はいるけれど、私は積極的に参加してこなかったもの」
「水は」
「必要ないわ」
「睡眠は」
「それも必要ないわね」
なんだ、その燃費最強の生き物。
「でも今は、お腹が減ってるんですよね」
「人間界へ降りたことで、こちらに適した身体を形作っているの。どうやらこの身体は、人間のものにかなり近いようね」
「じゃあ、食べて寝ないと駄目じゃないですか」
「そのようね」
心底不本意です、という顔だった。
さっき力を使った直後に身体が揺れたのも、空腹だけが原因じゃないんだろう。本人が澄ました顔をしている以上、どこまで聞いていいのかは分からない。
踏み込む気もない。ないんだが――とにかく、早く食べさせた方がいい。それだけは分かった。
テーブルに、鶏肉と野菜の炒め物、温めたご飯、卵入りのスープを並べる。
普段、俺が一人で食べているものと大差ない献立だ。
女神さまは席に着いても、すぐには箸を取らなかった。皿の上を品定めするように眺める。
「ずいぶん質素なのね」
「突然増えた一人分を用意したんです。文句があるなら食べなくてもいいです」
「食べないとは言っていないわ」
箸の持ち方は知っているらしい。少しぎこちない手つきで鶏肉をつまみ、口へ運ぶ。
その瞬間。
動きが、止まった。
紫色の瞳が、ほんの少しだけ見開かれる。
「どうしました?」
「別に」
「口に合わなかったなら、無理には」
なぜか睨まれた。
「人間の食事としては、悪くないわ」
「そうですか」
「何よ、その反応は」
「いえ。お口に合ったならよかったです」
「合ったとまでは言っていないわ」
言いながら、女神さまは顔を背けるように次の一口を運んだ。
そこからは早かった。
炒め物、スープ、ご飯。食べ方には品があるのに、箸の速度だけが少しずつ上がっていく。よほど腹が減っていたらしい。
俺は向かいに座り、水を飲みながらその様子を眺めていた。
空になったコップに水を足してやると、女神さまは一度だけ俺を見た。礼は言わない。その代わり、すぐにまた口をつけた。
「このスープも、人間の食事としては悪くないわね」
「それ、さっきも聞きました」
「こちらは別の料理でしょう」
「気に入ったなら、素直においしいと言えばいいじゃないですか」
「評価の仕方は私が決めるわ」
最後まで尊大な態度は崩れなかった。崩れなかったが、皿にも椀にも、米粒ひとつ残らなかった。
それなら十分だ。
……と満足しかけて、慌てて自分に言い直す。別に、喜ばせるために作ったわけじゃない。空腹の相手に飯を出した。以上。それだけの話だ。
それだけの話のはずなのに、空になった皿を見て少し得意になっている俺は、我ながらちょっと単純すぎると思う。
女神さまが箸を置いたところで、俺は自分のコップを持って立ち上がった。
「食べ終わったなら、食器をキッチンまで運んでください」
「女神に食器を運ばせるつもり?」
「ここでは食べた人が運びます」
「作ったあなたが、まとめて運べばいいでしょう」
「俺は作りました。洗いもします。運ぶくらいはやってください」
女神さまは、目の前の皿と、キッチンまでの距離を見比べた。
徒歩四歩。
その四歩が、彼女にとっては神の尊厳を賭けた国境線であるらしい。
「私は客人よ」
「今夜だけ泊めるとは言いましたけど、もてなすとは言ってません」
「あなた、女神に対する敬意が足りないのではないの?」
「敬意があっても食器は運べます」
しばらく睨み合った末――先に視線を外したのは、女神さまだった。
渋々、という言葉がそのまま人の形になったような動きで、皿と椀を重ね、落とさないよう慎重に持ち上げる。
そして、きちんと四歩、歩いた。
「ここでいいの?」
「はい。ありがとうございます」
「当然の労働をさせたような顔をしないでちょうだい」
「実際、当然のことなので」
納得はしていない。していないが、食器を投げ出しもしなかった。
この女神さま、人の言うことを何ひとつ聞かないわけではないらしい。
それが分かっただけで、少しだけ、呼吸が楽になった。
洗い物を終えたあと、一晩過ごすのに必要な場所だけ案内することにした。
何も教えずに放っておいたら、さっきの空間の亀裂とは別の意味で家が壊されかねない。悲しいことに、この予感は数分後に的中する。
「これが電子レンジです」
「知っているわ。食物を短時間で加熱する装置でしょう」
「そうです。扉を閉めてから使います」
「それくらい分かるわ」
言いながら扉を開け、開けたまま操作パネルに指を伸ばした。
「閉めてからです」
「内部の構造を確認しているところよ」
「今、スタートを押そうとしてましたよね」
「確認の一環よ」
次に渡したテレビのリモコンは、天井に向けて電源ボタンを押した。
当然、テレビは沈黙したままだ。
「壊れているのではないの?」
「テレビに向けてください。リモコンの先から信号が飛ぶんです」
「……なぜ最初にそれを言わないの」
「リモコンを天井に向ける人を、初めて見たからです」
半信半疑の顔のまま、リモコンをテレビへ向ける。今度はすぐに画面がついた。
女神さまは一瞬だけ黙り、何事もなかったようにリモコンをテーブルへ戻した。
「仕組みを確認していただけよ」
「そういうことにしておきます」
洗面所では洗濯機を指して、使い方が分かるまでは触らないでくださいとだけ伝えた。
そして、浴室の前。給湯器のパネルを説明している、その途中だった。
女神さまが、試すように温度設定のボタンを連打した。表示が一気に最高温度まで跳ね上がる。
「ちょっと待ってください!?」
慌てて設定を戻した。心臓に悪い。
「何をするの?」
「こっちの台詞です。その温度で浴びたら火傷します」
「高温にした方が、早く温まるのではないの?」
「身体ごと煮えてどうするんですか」
「人間の身体は不便ね」
「機械と人体のせいにしないでください」
トイレとエアコンまで説明し終えた頃には、だいたい分かってきた。
この女神さまは、何も知らないわけじゃない。
食事も、睡眠も、家電も、貨幣も知っている。人間が家族を作り、戸籍を持ち、学校や会社へ通うことも理解している。公共の場では服を着ることも、男女で服や下着が違うことすら知っているらしい。
知っている。
ただの一度も、やったことがないだけで。
知識と生活の間に、思っていたよりずっと深い溝がある。教科書を丸暗記しても、自転車に乗れるとは限らない。たぶん、そういうことなんだろう。
「着替えは持ってないんですよね」
「この衣装だけよ」
「下着も?」
「存在は知っているわ。人間の女性はブラジャーなどを――」
「持っているかどうかを聞いたんです」
「身につけたことはないわね」
「……そうですか」
考えるのをやめた。
今の会話で俺の頭に浮かびかけた情報についても、考えるのをやめた。全力でやめた。
服も日用品も、今から心配し始めたら、本格的に長期滞在の準備をしているみたいじゃないか。
明日のことは、明日考える。
ただし、それまでの決まりだけは、今夜のうちに必要だ。
俺は女神さまとリビングへ戻り、テーブルを挟んで向かい合った。
「この家にいる間のルールを決めます」
「なぜ私が、人間の決めた規則に従わなければならないの?」
「事故や騒ぎを起こされたら困るからです」
「私はそのような失態を犯さないわ」
「さっき給湯器を最高温度にした人が、よく言えますね」
「あれは確認よ」
「電子レンジは」
「確認と言ったでしょう」
「なら、これからの確認は俺に聞いてからにしてください。ルール第一号です」
女神さまが不満そうに腕を組んだ。構わず続ける。
「勝手に外へ出ないでください。その格好は目立ちますし、身分を証明する物もないでしょう」
「人間界にも、神界と同じように身分の制度があるのね」
「細かい意味は違うと思いますけど、少なくとも『何者ですか』と聞かれて『女神です』では通りません」
「事実なのに?」
「事実でも通らないんです。だから、他人に女神だと名乗るのも禁止です。説明の方法を考えるまでは、聞かれても言わないでください」
納得のいっていない顔のまま、それでも女神さまは黙って先を促した。
「家の物を勝手に壊さない。俺の部屋には入らない。使い方の分からない家電を一人で操作しない」
「あなたの部屋に入る必要などないわ」
「なら問題ありません」
「物を壊すつもりもないわ」
「守れるなら、それも問題ありません」
一度、息を整える。
ここまでは、安全のための話だ。
次のひとつだけは――俺自身のために、言っておかなければいけない。
「それから。食事や必要な物がある時は、命令じゃなくて、相談してください」
空気が、変わった。
「私はあなたより上位の存在なのよ」
冷たい声だった。
家電を巡るじゃれ合いみたいな言い合いとは、温度が違う。彼女にとって神と人間の上下は、疑う余地すらない世界の前提なんだろう。
紫色の瞳が、まっすぐに俺を見ている。
……いつもの俺なら、ここで引いていた。
曖昧に笑って、揉め事を避けて、あとで自分が我慢すればいい。そうやって済ませる方がずっと楽だし、慣れてもいる。
でも。
ここは、俺の家だ。
学校で一日分の「普通」を演じ終えたあと、誰の顔色も見なくていい場所。何も聞かれず、何も見られず、自分で決めた順番で息ができる、たったひとつの場所。
ここでまで相手に合わせたら。
俺には本当に、逃げ込む場所が、どこにもなくなる。
「それでも、ここは俺の家です」
自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。
「泊まる場所も食事も用意します。でも、何でも命令されるつもりはありません。この家にいるなら、そこだけは守ってください」
女神さまは、答えなかった。
ただ、まっすぐに俺を見ている。
……怒らせた。
そう思った瞬間、肩に力が入った。あの白い指先が、銀色に光るんじゃないか。ペン立てを直したあの力が、今度は俺に向くんじゃないか。
玄関まで何歩だ。テーブルを盾にすれば、数秒は稼げるか。頭の隅で、そんな計算まで勝手に走り出す。
――銀色の光は、来なかった。
やがて女神さまは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。
「……自分の領域でまで意思を曲げるのは、美しくないものね」
俺に言ったというより、自分の中の天秤で何かを量ったような声だった。
「……今夜のところは、あなたのやり方へ従うわ」
「今夜だけですからね」
「それを決めるのは明日でしょう」
「まだ言いますか」
話は微妙にずれたままだ。
それでも――彼女は今、初めて自分から譲った。
俺を見る目から、見下ろす色が完全に消えたわけじゃない。ただそこに、何かを測り直すような慎重さが混ざっていた。
少なくとも今夜、この家のルールは生きている。
今は、それで十分だ。
◇
両親が使っていた主寝室に、女神さまを案内する。
二人が海外へ発ってから、ほとんど開けていない部屋だ。ベッドとクローゼット、最低限の家具だけが残っている。
収納から客用の枕と掛け布団を出し、シーツを清潔なものに替える。女神さまはベッドの脇に立ったまま、俺の手元をじっと見ていた。
「そこまで整える必要があるの?」
「寝る人がいるなら必要です」
「そういうものなのね」
それ以上は口を出さなかった。文句のひとつも飛んでくると思っていたので、少し拍子抜けだ。
寝支度が終わると、女神さまは整えられたベッドを、不可解な物体を前にした顔で見下ろした。
「ここに横になるの?」
「普通はそうします」
「何時間も?」
「だいたい朝までです」
「何時間も意識を手放すなんて、人間は無防備ね」
「寝ないと明日つらいですよ」
「私は神よ」
「さっき眠そうにしてましたけど」
「眠そうになどしていないわ。降臨で消耗した神力を整えていただけよ」
言い返す声から、さっきまでの張りが抜けていた。強がりにまで、疲れが滲んでいる。
「今日はもう休んでください。何かあれば呼んでくれて構いません。ただし、俺の部屋に勝手に入るのはなしです」
「何度も言わなくても分かっているわ」
「家電の時も同じことを言ってました」
「ハル」
「何ですか」
「もう下がっていいわ」
「俺の家なんですけど」
女神さまに追い出される形で、主寝室を出る。
扉が閉まる直前。彼女がぎこちない動作でベッドに腰を下ろすのが見えた。「横になる」という動作の手順を、頭の中で確認しているみたいだった。
リビングの窓、玄関の鍵とチェーン。いつもの戸締まりを順番に確かめてから、自室に戻る。
机の上には、週明けの教科書と学生証。床に落ちたはずのペン立ては、傷ひとつない姿で机の端に立っている。
夢じゃない。
同じ家の中に、女神を名乗る少女がいる。
美少女と一つ屋根の下、なんて浮かれる余裕は、正直どこにもなかった。頭に浮かぶのは、現実的な問題ばかりだ。
明日の食事。着替えと日用品。身分証。両親への説明。近所の目。
そもそも、いつまでいる気なのか。
なぜ、俺の家だったのか。
どうして、すぐに神界へ帰れないのか。
――何を、隠しているのか。
そこまで考えて、首を振った。
聞いたところで、あの女神さまが答えるとは思えない。俺だって、自分のことを話す気はない。お互い様だ。
今夜だけ泊める。それ以上でも、以下でもない。
ベッドに入り、照明を消す。
いつもの夜なら、この家で聞こえるのは冷蔵庫と換気扇の低い唸りだけだ。
今夜は、違った。
廊下の向こうで、かすかにベッドが軋む。少しして、掛け布団の擦れる音。
たったそれだけの音を、耳が勝手に拾いにいく。
誰かがいる。
誰も踏み込んでこないから安全だった俺の城の静けさに、他人の――いや、女神さまの気配が混ざっている。
落ち着けるわけがない。
……そう思っていたのに。
彼女がルールを破って部屋から出てくる気配のないことを確かめるうち、肩に入っていた力が、少しずつ抜けていった。
少なくとも、約束は守っている。
その夜、眠りに落ちるまでにかかった時間は、いつもの倍だった。
◇
翌朝。土曜日。学校は休みだ。
普段より少し早く目が覚めた。
家の中に誰かがいる。その事実を思い出すまで、数秒かかった。寝起きの頭に「女神」「降臨」「今日だけ」と、昨夜の単語が順番に帰ってくる。
自室を出ると、主寝室の扉が薄く開いていた。中に女神さまの姿はなく、掛け布団だけが盛大に乱れている。寝相は、あまり神々しくないらしい。
代わりに、廊下の奥から水音が聞こえた。
「……風呂か」
昨夜の説明を覚えていたらしい。感心しつつ、念のため給湯器の表示を確かめる。温度は、俺が戻した数字のままだった。よし。学習能力はある。
入浴中なら、今のうちに朝食を作っておいた方がいい。
俺はキッチンに立ち、冷蔵庫から卵を取り出した。
フライパンを温めている間も、浴室からはかすかな水音が続いている。
やがて、水音が止まった。
トースターが、焼き上がりを軽い音で告げる。
それとほとんど同時に――廊下の奥で、浴室の扉が開く音がした。




