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第9話 姫を拾ってくるな

 攻城まで、あと二十一日。


「城主様。その方はどなたですか」

 エドは城壁の上から、銀髪の女を指した。

「アーデルだ。レグナードの姫らしい」

 グレンは、さっき山羊をもらった村について答えたのと同じ調子で言った。

「姫?」

 女が外套を整えた。泥のついた服でも、姿勢を正すだけで周囲の兵が背筋を伸ばす。

「レグナード王国第一王女、アーデル・レグナードだ」

 城壁の上で、誰も動かなくなった。


 エドはグレンを見た。彼は靴を片手に、山羊の縄をもう片方の手に持っている。

「お前、何を連れて帰ってきた」

「だからアーデルと、山羊だ」

「王女を家畜と一緒に紹介するな!」

 横でルーファスが、ようやく声を出した。

「殿下……ご無事で」

「ああ。お前も変わりないか」

 ルーファスは目を閉じた。

「変わりないのは、殿下だけでございます」


 エドは手すりを握り直した。

「城主様。まさか、誘拐では」

「違う。自分でついてきた」

 グレンが答えるより先に、アーデルが言った。

「私の意志だ。グレンに案内を頼んだ」

 ならば、無事を確認して帰国してもらえる。話をつけるためにも、まず城へ入れよう。

「門を開けて」

 エドが命じると、ロッテが声を張った。

「合言葉はよろしいので?」

「王女殿下を連れて、壁を登られたくないんだ」

 アーデルが城壁を見上げる。

「私は登れる」

「できるかどうかは聞いてません!」


     *


 エドが階段を下りる間に、門が開いた。

 最初に入ってきたのは山羊だった。十二頭が門の中で横へ広がり、兵たちが慌てて縄を受け取る。一人は、グレンが門前に置いた剣も拾った。

 その後ろから来たグレンを、ローデンが抱きしめた。

「よくお戻りになりました」

「心配したか」

「しましたとも」

 父は一度離れ、それからグレンの背中へ拳を入れた。

「次は行き先を書いてください」

「分かった」


 続いてドーガンが、グレンの肩を強く抱いた。

「無事だな」

「見りゃ分かるだろ、ドーガン」

「では、遠慮はいらんな」

 背中へもう一発入った。

 グレンは少し前へつんのめり、笑った。

「相変わらずだな!」

「殴られて懐かしむな」


 エドも、顔を見て言うつもりだった。無事でよかった、と。

 グレンは彼の肩をつかんだ。

「留守、ありがとな」

 言おうとした文句が、一度詰まった。

「……次は連絡しろ」

「ああ」

 何を連れて帰ってきたかまで連絡に含まれるのか、あとで念を押す必要があった。


「そちらのお嬢さん。靴を脱いでおくれ」

 マルタがアーデルの前へ布を差し出した。

「王女殿下です」

 エドが小声で補う。

「聞こえたよ。床を汚す靴の方も、よく見える」

 グレンは脱いであった自分の靴を、素直にマルタへ渡した。

「脱いどけ。あとが長いぞ」

 アーデルは彼の裸足を見てから、黙って靴を脱いだ。

 両国の身分差は、泥の前では役に立たなかった。


     *


 山羊を兵に預け、エドは二人を応接室へ通した。

 アーデルは背筋を伸ばして椅子に座った。肩へ流れる銀髪も、窓の光に照らされた顔立ちも、絵物語の姫君のようだった。黙ってさえいれば、絶世の美少女である。


 アーデルの前へ、ルーファスが片膝をつく。

「ご無事で、本当によかった。皆が殿下を捜しております。どうか、すぐにご帰国を」

「断る」

 ルーファスは顔を上げたまま止まった。

 エドは茶を飲みかけ、杯を机へ戻した。

「理由を伺っても?」

「籠城戦を経験したことがない」

 アーデルは当然のように答えた。

「この城なら、実際に攻められるのだろう」

「攻められないように、帰っていただきたいのですが」

「帰れば、籠城できない」

 グレンが隣でうなずいた。

「そうなるな」

「そこに納得するな!」


 エドはレグナードの正式要求書を広げた。

「王女殿下の帰国、通行証の記録提出、城主様の説明。期限までに果たさなければ、王太子クラウス殿下の軍がこの城へ来ます」

「兄上が指揮するのか」

 アーデルは身を乗り出した。

「よい機会だ。攻城軍がどう動くか、城壁の上から見られる」

「この城を教材にするな!」

「王女殿下が、ご自国の軍と戦うおつもりですか」

「だからこそ、兄上の戦術がよく分かる」

 グレンが深くうなずいた。

「強さを知るには、戦うのが一番だ」

「家族を理解するのに、隣国の城を使うな!」


 彼女は要求書の期限を指した。

「二十一日ある。弱い所を補強し、兵の配置を決める。充分に準備できる」

「準備しても、怪我人が出るかもしれません」

「治療所も必要だ」

「設備を増やせば済む話じゃないんです!」

 グレンがエドへ向き直った。

「そこは俺がやる。俺の城だ。兵だけを前に出したりはしない」

 嘘ではない。この男は本当に、誰より先に危ない場所へ行く。

 だから帰ってきたばかりの今、また行かせる準備をしたくなかった。

「お前も怪我人の一人に数えてるんだよ」

「俺は丈夫だ」

「丈夫でも、お前の代わりはいないんだよ!」


 イルマが扉から入ってきた。山羊の引き取り先を手配していたらしい。帳簿を開き、二人を見る。

「王女殿下をお送りする旅費から、計算します」

「宿泊費にしてくれ。私は残る」

「帰国の話を宿泊予約に変えないでください!」


 ルーファスは立ち上がり、両手を机へついた。

「殿下。城主殿のおかげで、ここまで来られたのでしょう。これ以上、こちらへご迷惑をおかけするわけには」

「俺は構わんぞ」

 グレンは即答した。

「強い兵が向こうから来るなら、探しに行く手間が省ける」

 エドは彼を見た。

 アーデルまで、満足そうにうなずく。

「私は守る側から兄上の指揮を学べる」

「お互い、いいことばかりだな」

「そうだな」

 二人は顔を見合わせた。グレンは笑い、アーデルは真剣だった。どちらも、自分たちがよい結論を出したと確信している。


 一人増えた。

 バカが、一人増えた。

 エドは要求書を机へ叩きつけた。

「戦争を文化交流にするな!」

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