第7話 全部やれ
攻城まで、あと二十一日。
王都から届いた命令書は、机では広げきれなかった。
エドは椅子をどけ、床に置いて読むことにした。イルマとローデンも、命令書を囲んでしゃがんだ。
「長いですね」
財務官補佐のイルマが言った。
「陛下の期待が大きいのだ」
父ローデンはうれしそうだった。エドは読み上げた。
「第一。アーデル王女を無傷で帰国させること。第二。グレンを直ちに王都へ出頭させること」
そこまでは分かる。もっとも二人とも、居場所が分からないが。
「第三。グレン自ら現地で防衛を指揮し、国境への侵入を阻止すること。いずれも直ちに実行せよ」
エドは二番目へ指を戻した。
「王都へ来いと言った直後ですよ?」
「城主様が二人必要です」
イルマが帳簿へ書こうとしたので、エドは止めた。
「増やすな増やすな」
さらに読む。
「第四。戦争は避け、両国の友好を維持すること。第五。アーヴェル城を死守し、城壁の石一つ失わないこと」
「よいお心掛けだ」
ローデンがうなずく。
「まだあります。援軍は出さない。追加の費用も認めない。増税はするな。交易を止めるな。来月の税収も減らすな」
エドは父を見た。
「中央軍を動かせば、我が国も全面戦争の準備と受け取るでしょう」
訪ねてきたレグナード使節ルーファスが、援軍の話を聞いて言った。
「こちらが兵を呼ぶと、そちらも兵を増やすのですか」
「両国とも、防衛のためだと説明します」
「それでは、何のために話し合うんですか」
「どちらが先に手を出したか、記録を残せます」
エドは返事をしかけ、床の命令書へ目を戻した。
「……戦争を止める話ですよね?」
「………………はい」
たっぷり間を取られた。
「城の修繕費は?」
イルマが尋ねる。
「今ある金で何とかしろ、と」
「王女殿下の捜索費は?」
「同じだ」
「城主様を王都へ送る旅費は?」
「同じだ!」
イルマは帳簿を閉じた。
「では、不足分は陛下の私費で」
「追加の費用は認めないそうだ」
「国庫ではなく、陛下のお財布からです」
「国王の財布を勝手に予算に入れるな!」
父は床の命令書を眺め、感心したように言った。
「国王陛下も苦労されている」
「これを全部やる私には?」
「期待している」
「同情をください」
最後にもう一行あった。
「なお、結果は一枚の報告書にまとめよ」
イルマが細字用のペンを出した。
「書く道具はあります」
「できる仕事が最後しかない!」
*
中庭には、命令を聞くため城兵たちが集まっていた。
新米兵ロッテの鎧はぴかぴかだった。彼女は胸当てに映った自分の顔を見て、前髪を直している。
「鏡にするために磨いたのか」
エドが声をかけると、ロッテは胸を張った。
「武勲を立てれば、絵を描いてもらえるかもしれません!」
「もう顔を作ってるのか」
隣の兵が、ロッテへ横顔を見せた。
「俺はこっちから描いてほしい」
「注文は絵描きに言え」
エドは王命のうち、防衛と戦争回避に関する部分を伝えた。
若い兵たちは「城を死守」のところで目を輝かせた。戦争を避ける話になると、少し肩を落とす。
ロッテが城兵隊長ドーガンへ手を挙げた。
「敵を十人倒したら、城主様と手合わせできますか!」
「城主様を勝手に賞品にするな」
エドは集まった兵たちを見た。
「勝つ準備ではなく、全員で帰る準備をする」
ロッテが顔を上げた。
「まず、怪我をした仲間を運ぶ練習だ。治療所までの道も確かめよう」
ドーガンは短くうなずいた。
「二人組になれ」
薬箱を抱えた治療師セラが、建物の入口を指した。
「怪我人を運び込む場所は、ここです。治療は私が担当します」
「寝床と布は私が用意するよ」
マルタが答えた。
通路に積み重なった交易品の山が邪魔で仕方なかった。
*
部屋へ戻ると、机にパンが置いてあった。
エドが書類へ手を伸ばすと、イルマがパンをその手に押しつけた。
「先に食べてください」
「指示を書いてから」
「倒れたあなたを運ぶ人員は、予算に入れていません」
彼はパンをかじった。イルマはその隙に、担架の費用を書き込んだ。
ローデンが床の命令書を巻き直そうとして、手を止める。
「余白に陛下のお言葉がある」
エドはかがんで余白を読んだ。本文とは違う筆跡だった。
ガレスの息子を連れて帰れ。城も残せ。
父の指が、先代の名のそばに触れた。
「あの子が帰ってくる城は、残してやらねばな」
エドはうなずいた。
無茶な命令だ。それでも、グレンを見つけて城を守る。その二つは、命令されなくてもやるつもりだった。
「城主様は必ず連れ戻します。次は逃げられないようにします」
イルマが新しい紙を出した。
「帰還後の予定も決めましょう。事情聴取、王都への出発準備、修繕作業です」
「最後は?」
「人を雇えないので、石は城主様に運んでいただきます」
そこへ、ロッテが駆け込んできた。
「見張りから報告です! 東の街道に二人組が現れました!」
エドは立ち上がった。
「城主様か?」
「まだ確認中です!」
廊下にいたドーガンが、その声を聞いて入ってきた。
「グレン様なら、今度は逃がさん。門の両側に兵を置く」
ローデンも席を立った。
「後ろにも必要だ。私が回ろう」
続いてマルタが顔を出した。
「あの子なら、私が正面に立つよ。まず泥靴を脱がせる」
セラも薬箱を持ってやってきた。
「診察するまで通しません。いつも怪我を隠しますから」
「私は右から」
イルマが帳簿を抱えた。
「未払いの伝票に署名をいただきます」
ロッテは左右を見て、空いている場所を探した。
「では、私は左を!」
エドは、各自の立ち位置を決め始めた家臣たちを見た。
「出迎えを包囲戦にするな!」




