第4話 戦争会議は踊らない
戦争を避けるための戦争会議が始まった。
「まず、会議の目的を確認します」
エドは長卓の端に立ち、集まった面々を見回した。
「レグナード軍と戦う方法を考える会議ではありません。戦争そのものを避けるための会議です」
「承知した」
ドーガンがうなずく。
「そのために、いつ戦になってもよいよう備える」
「後半だけ聞いていませんでした?」
「聞いた。避けられなかった場合の話だ」
反論しにくい正論は、だいたい仕事を増やす。
会議には、筆頭家老ローデン、城兵隊長ドーガン、侍女長マルタ、財務官補佐イルマ、記録官コレットが出席していた。加えて、城壁修繕技師ネリアと、治療師セラが呼ばれている。
ネリアは小柄な体へ革の工具帯を二重に巻き、椅子に座っても金具を鳴らしていた。隣のセラは淡い色の治療衣に袖を通し、柔らかな笑顔で分厚い紙束を抱えている。
ルーファスは敵国の外交官なので、同席を断られた。
「当然のご判断です」
そう言って退室したが、なぜか扉のすぐ外に椅子を置いて座っている。
「ルーファス殿」
「はい」
扉越しに、はっきり返事が来た。
「聞こえていますね?」
「非常によく」
「もう少し離れてください」
椅子を引きずる音がした。
三歩ぶんだけ遠ざかった。
「こちらで?」
「声の大きさが変わっていません」
*
「では、防衛上の問題から確認する」
ドーガンが城下の見取り図を広げた。
「敵軍が来る前に、城門前の建物を撤去する。城壁から矢を射る際、死角になる」
「住民の家もあります」
「だから今のうちに移す」
ドーガンの指が、城壁の外に広がる畑へ動いた。
「外の穀物も、運べるだけ運ぶ。残りは焼く」
部屋の空気が、わずかに変わった。
「敵に食わせないためですか」
「そうだ。包囲されてからでは遅い」
ドーガンの声には、冗談の入り込む隙がなかった。
エドは地図上の畑を見た。昨日まで、来年の収穫を数えていた土地だ。そこへ火をつける相談を、今日はしている。
「撤去も焼却も、まだ決めません。ただし、運び出す順番だけは作ってください」
ドーガンは短くうなずいた。
*
「城壁は、一度壊した方が早いです」
ネリアが言った。
早速、守るべきものが減り始めた。
「どこの城壁です?」
「北東部です。古い補修材が中で剝がれています。敵の投石で崩されるくらいなら、先に爆破して、土台から組み直します」
「間に合うのか」
ドーガンが問う。
「人手があれば十二日。爆薬を増やせば十日」
「爆薬を増やすと、早く直せるんですか」
「早く壊せます」
「直す方を聞いています」
ネリアは少し考えた。
「そこは人手次第です」
「では、先に人手を集めてください。城壁を爆破する許可は出しません」
「小さく試すのも?」
「どれくらい小さく?」
「人が一人通れるくらいです」
「それを城壁の穴というんです」
「この案も記録しますか」
記録官コレットが尋ねた。
「『却下』と大きく書いてください」
ネリアは残念そうに図面を巻いた。
「その修繕費は、どこから出しますか」
イルマが尋ねた。
「まだ壊しません」
「壊さなくても調査費と人件費が必要です。建物を移すなら補償。穀物を徴発するなら買い上げ。焼くなら、その分もです」
「国へ請求する」
ローデンが言った。
「支払いの確約はありますか」
「これから取る」
「確約を取る責任者は?」
イルマの視線が、まっすぐエドへ向いた。
エドはローデンを見た。
「エドが国王府へ書状を出す」
ローデンが当然のように答えた。
「父上が国へ請求すると言ったんですよね」
「請求先を決めた。交渉はお前の役目だ」
この野郎と思った。口には出さなかったが。
「負傷者についても決めておきましょう」
セラが紙束を開いた。
「城兵と住民を合わせた想定数です。軽傷者を含めると、治療室だけでは足りません。食堂を臨時治療室にします」
「食事はどこで?」
「中庭です」
「雨が降ったら?」
「廊下です」
「廊下を担架が通るのでは?」
「では、食事は立って済ませてください」
笑顔のまま、全員の椅子を奪う治療師だった。
「まだ負傷者を出すと決まったわけではありません」
「出てから決めるのでは遅いです」
その点では、ドーガンと同じだった。
柔らかな口調は、内容を柔らかくしてくれない。
*
「まずは住民へ、正確な説明をするべきです」
マルタが言った。
ようやく、ごく普通の意見が出た。
「王女殿下を捜していること。三十日の猶予があること。現時点では、戦争が決まったわけではないこと。順に伝えます」
「そうしましょう」
エドは深くうなずいた。
「逃げようとする商人は、荷車ごと門前へ並べます」
「それは説明ではなく、足止めでは?」
「身元と積荷を確認しなければ、食料も薬も全部持ち出されます。門を閉じるとは申しておりません。順番に並べるだけです」
「門前に収まらなかったら?」
「二列にします」
「そういうことを聞いてんじゃない」
ローデンが全員の提案を聞き終え、白紙を三枚、卓上へ並べた。
「仕事を分けよう。外交、城主と王女の捜索、防衛準備。この三班だ」
「賛成です」
エドは即答した。
ようやく仕事が減る。
ローデンは一枚目に『外交』と書き、その下へ責任者の名を記した。
エドガー・ヘイル。
二枚目は『捜索』。
エドガー・ヘイル。
三枚目は『防衛準備』。
エドガー・ヘイル。
仕事は三つに分かれた。
責任者は一人のままだった。
「父上」
「お前なら全体を見られる」
「それは分けたことになりません」
「補佐は付ける」
「誰を?」
「人選は任せる」
補佐を探す仕事まで増えた。
「父上は?」
「三班の報告書を受け取る」
「それだけですか」
「問題があれば、お前に差し戻す」
「受け取って返すだけじゃないですか」
ローデンは三枚の紙をエドへ差し出した。
「期待している」
期待という言葉は、ときどき命令書より重い。
*
会議を終えて廊下へ出ると、新しい鎧を着た若い城兵たちが集まっていた。
その中心にいたロッテは、まだ傷一つない兜を脇へ抱えている。エドたちに気づくと背筋を伸ばしたが、興奮を隠せていなかった。
「隊長。本当にレグナード軍が来るんですか」
「決まってはいない」
ドーガンが答える。
「もし来たら、城壁の上へ出られますか。敵の旗を奪ったら、武勲になりますよね」
隣の兵が、自分は最初の矢を射たいと言った。
別の兵は、グレンが戻れば一人で千人は倒すと笑った。
ドーガンは三人の顔を順に見た。
「戦になれば、半分は泣く」
それだけ言って、歩き出した。
若い兵たちは、もう笑っていなかった。
エドも理由を尋ねなかった。
廊下の向こうから、泥にまみれた伝令が駆けてきた。
「国境の監視所から、報告です!」
息を切らしながら差し出した紙を、コレットが受け取る。
「東街道で、大剣を背負った大柄な男を見た者がいます。西へ向かって歩いていた、と」
「グレン様か?」
ローデンが初めて声を強めた。
「顔は確認できていません。同行者がいたかどうかも不明です」
「いつだ」
「報告には、二日前と」
十日前に消えた男が、二日前には西へ向かっていた。
城主は生きていた。
たぶん。
確かな情報は、それだけだった。
その夜、城下の商人たちは一斉に荷造りを始めた。
翌朝、敵軍より先に城門を塞いだのは、逃げ出す荷車だった。




