↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/27

第4話 戦争会議は踊らない

戦争を避けるための戦争会議が始まった。


「まず、会議の目的を確認します」

 エドは長卓の端に立ち、集まった面々を見回した。

「レグナード軍と戦う方法を考える会議ではありません。戦争そのものを避けるための会議です」

「承知した」

 ドーガンがうなずく。

「そのために、いつ戦になってもよいよう備える」

「後半だけ聞いていませんでした?」

「聞いた。避けられなかった場合の話だ」

 反論しにくい正論は、だいたい仕事を増やす。


 会議には、筆頭家老ローデン、城兵隊長ドーガン、侍女長マルタ、財務官補佐イルマ、記録官コレットが出席していた。加えて、城壁修繕技師ネリアと、治療師セラが呼ばれている。

 ネリアは小柄な体へ革の工具帯を二重に巻き、椅子に座っても金具を鳴らしていた。隣のセラは淡い色の治療衣に袖を通し、柔らかな笑顔で分厚い紙束を抱えている。


 ルーファスは敵国の外交官なので、同席を断られた。

「当然のご判断です」

 そう言って退室したが、なぜか扉のすぐ外に椅子を置いて座っている。

「ルーファス殿」

「はい」

 扉越しに、はっきり返事が来た。

「聞こえていますね?」

「非常によく」

「もう少し離れてください」

 椅子を引きずる音がした。

 三歩ぶんだけ遠ざかった。

「こちらで?」

「声の大きさが変わっていません」


     *


「では、防衛上の問題から確認する」

 ドーガンが城下の見取り図を広げた。

「敵軍が来る前に、城門前の建物を撤去する。城壁から矢を射る際、死角になる」

「住民の家もあります」

「だから今のうちに移す」

 ドーガンの指が、城壁の外に広がる畑へ動いた。

「外の穀物も、運べるだけ運ぶ。残りは焼く」

 部屋の空気が、わずかに変わった。

「敵に食わせないためですか」

「そうだ。包囲されてからでは遅い」

 ドーガンの声には、冗談の入り込む隙がなかった。

 エドは地図上の畑を見た。昨日まで、来年の収穫を数えていた土地だ。そこへ火をつける相談を、今日はしている。

「撤去も焼却も、まだ決めません。ただし、運び出す順番だけは作ってください」

 ドーガンは短くうなずいた。


     *


「城壁は、一度壊した方が早いです」

 ネリアが言った。

 早速、守るべきものが減り始めた。

「どこの城壁です?」

「北東部です。古い補修材が中で剝がれています。敵の投石で崩されるくらいなら、先に爆破して、土台から組み直します」

「間に合うのか」

 ドーガンが問う。

「人手があれば十二日。爆薬を増やせば十日」

「爆薬を増やすと、早く直せるんですか」

「早く壊せます」

「直す方を聞いています」

 ネリアは少し考えた。

「そこは人手次第です」

「では、先に人手を集めてください。城壁を爆破する許可は出しません」

「小さく試すのも?」

「どれくらい小さく?」

「人が一人通れるくらいです」

「それを城壁の穴というんです」

「この案も記録しますか」

 記録官コレットが尋ねた。

「『却下』と大きく書いてください」

 ネリアは残念そうに図面を巻いた。


「その修繕費は、どこから出しますか」

 イルマが尋ねた。

「まだ壊しません」

「壊さなくても調査費と人件費が必要です。建物を移すなら補償。穀物を徴発するなら買い上げ。焼くなら、その分もです」

「国へ請求する」

 ローデンが言った。

「支払いの確約はありますか」

「これから取る」

「確約を取る責任者は?」

 イルマの視線が、まっすぐエドへ向いた。

 エドはローデンを見た。

「エドが国王府へ書状を出す」

 ローデンが当然のように答えた。

「父上が国へ請求すると言ったんですよね」

「請求先を決めた。交渉はお前の役目だ」

 この野郎と思った。口には出さなかったが。


「負傷者についても決めておきましょう」

 セラが紙束を開いた。

「城兵と住民を合わせた想定数です。軽傷者を含めると、治療室だけでは足りません。食堂を臨時治療室にします」

「食事はどこで?」

「中庭です」

「雨が降ったら?」

「廊下です」

「廊下を担架が通るのでは?」

「では、食事は立って済ませてください」

 笑顔のまま、全員の椅子を奪う治療師だった。

「まだ負傷者を出すと決まったわけではありません」

「出てから決めるのでは遅いです」

 その点では、ドーガンと同じだった。

 柔らかな口調は、内容を柔らかくしてくれない。


     *


「まずは住民へ、正確な説明をするべきです」

 マルタが言った。

 ようやく、ごく普通の意見が出た。

「王女殿下を捜していること。三十日の猶予があること。現時点では、戦争が決まったわけではないこと。順に伝えます」

「そうしましょう」

 エドは深くうなずいた。

「逃げようとする商人は、荷車ごと門前へ並べます」

「それは説明ではなく、足止めでは?」

「身元と積荷を確認しなければ、食料も薬も全部持ち出されます。門を閉じるとは申しておりません。順番に並べるだけです」

「門前に収まらなかったら?」

「二列にします」

「そういうことを聞いてんじゃない」


 ローデンが全員の提案を聞き終え、白紙を三枚、卓上へ並べた。

「仕事を分けよう。外交、城主と王女の捜索、防衛準備。この三班だ」

「賛成です」

 エドは即答した。

 ようやく仕事が減る。

 ローデンは一枚目に『外交』と書き、その下へ責任者の名を記した。

 エドガー・ヘイル。

 二枚目は『捜索』。

 エドガー・ヘイル。

 三枚目は『防衛準備』。

 エドガー・ヘイル。

 仕事は三つに分かれた。

 責任者は一人のままだった。

「父上」

「お前なら全体を見られる」

「それは分けたことになりません」

「補佐は付ける」

「誰を?」

「人選は任せる」

 補佐を探す仕事まで増えた。

「父上は?」

「三班の報告書を受け取る」

「それだけですか」

「問題があれば、お前に差し戻す」

「受け取って返すだけじゃないですか」

 ローデンは三枚の紙をエドへ差し出した。

「期待している」

 期待という言葉は、ときどき命令書より重い。


     *


 会議を終えて廊下へ出ると、新しい鎧を着た若い城兵たちが集まっていた。

 その中心にいたロッテは、まだ傷一つない兜を脇へ抱えている。エドたちに気づくと背筋を伸ばしたが、興奮を隠せていなかった。

「隊長。本当にレグナード軍が来るんですか」

「決まってはいない」

 ドーガンが答える。

「もし来たら、城壁の上へ出られますか。敵の旗を奪ったら、武勲になりますよね」

 隣の兵が、自分は最初の矢を射たいと言った。

 別の兵は、グレンが戻れば一人で千人は倒すと笑った。

 ドーガンは三人の顔を順に見た。

「戦になれば、半分は泣く」

 それだけ言って、歩き出した。

 若い兵たちは、もう笑っていなかった。

 エドも理由を尋ねなかった。


 廊下の向こうから、泥にまみれた伝令が駆けてきた。

「国境の監視所から、報告です!」

 息を切らしながら差し出した紙を、コレットが受け取る。

「東街道で、大剣を背負った大柄な男を見た者がいます。西へ向かって歩いていた、と」

「グレン様か?」

 ローデンが初めて声を強めた。

「顔は確認できていません。同行者がいたかどうかも不明です」

「いつだ」

「報告には、二日前と」

 十日前に消えた男が、二日前には西へ向かっていた。

 城主は生きていた。

 たぶん。

 確かな情報は、それだけだった。

 その夜、城下の商人たちは一斉に荷造りを始めた。

 翌朝、敵軍より先に城門を塞いだのは、逃げ出す荷車だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。