第25話 綴じる場所が違いました
攻城まであと十五日。
「四一七の発行記録、見つかりました」
記録官コレットが、執務室の机へ帳簿を置いた。
エドは椅子から立ち上がった。昨夜も探して見つからなかった記録だ。誰かが隠していたのではないかと、疑い始めていた。
「どこに?」
「旅費の帳簿です」
イルマが横から、開いた頁を押さえた。
「通行証の発行記録が、旅費の領収書と一緒に綴じられていました」
エドは口を開けたまま、領収書を見た。
裏切り者がいるかもしれないと身構えていた。ところが、発行記録の隣には、馬の餌代の領収書が綴じられていた。
廊下から顔を出したグレンが、エドを見る。
「見つかったのか! よかったな!」
「おう……よかった」
「よくなさそうな顔だぞ」
「喜ぶ前に、力が抜けたんだよ!」
*
イルマが見つけたのは、旅費の支出を確かめ直していたときだった。領収書の間に、費用の書かれていない紙が一枚あった。
知らせを受けたコレットが、通行証の台帳を開いた。四一六の次は四一八。新しく見つかった紙の番号は、間に抜けていた四一七だった。
受取人の欄には、グレン・アーヴェル。
発行日は、今回グレンが城を出るより前だった。担当者の署名も、ほかの記録にある署名と一致していた。
「城主様へ、以前、正式に発行された通行証です」
コレットが番号を指した。
「本当は、この台帳に綴じるはずの紙でした。旅費の領収書に紛れて、別の帳簿に綴じられていたんです」
「だから、通行証の台帳だけを調べても見つからなかったのか」
イルマがうなずいた。
エドは椅子へ座り直した。肩から力が抜け、背もたれに頭まで預けそうになった。
正規に発行したことを示す記録は、最初から城内にあった。保管する帳簿を間違えていただけだ。城の者を疑わずに済むと分かって、胸のつかえが取れた。
ただの綴じ間違いだった。
グレンが受取人の欄を覗いた。
「その番号が、俺に渡された分だったか!」
「ああ。四一七がお前に正規発行されたと、これで証明できる」
エドは、発行記録を外さずに帳簿を閉じた。
「帳簿ごと、殿下に見てもらおう。どこに紛れていたのかも説明する。写しはコレットに頼む。イルマも一緒に来てくれるか」
「はい。支出の記録と混ざっていたことは、私から説明します」
いつもの落ち着いた声だった。エドはその顔を見て、ようやく笑えた。
「助かった。本当に」
イルマも、少しだけ口元を緩めた。
「国境での説明も、二人で済ませましょう」
見つかった紙を見るより、彼女の返事を聞いたときのほうが、ほっとした。
*
エドは検問所へ使者を出し、記録の発見を知らせて面会を頼んだ。その日のうちに、帳簿と写しを持ってクラウスたちの待つ検問所へ向かった。
エドとイルマは、王太子とルーファスの向かいに座った。イルマが机に帳簿を開くと、グレンとアーデルもエドの後ろから覗き込んだ。
クラウスは発行記録を読み、ルーファスは検問所に残る通行証の控えを机へ並べた。
ルーファスが、書類番号、発行日、発行元を、一つずつ指で追って比べた。
エドは黙って待った。自分たちが見つけただけでは終わらない。相手にも確かめてもらう必要がある。
「番号も発行日も、検問所にある控えと一致しています」
ルーファスが顔を上げた。
「国境で使われた四一七は、辺境伯府がグレン様へ正規に発行した通行証。その発行記録も確認できました」
クラウスもうなずいた。
「この記録を添えれば、父上へ通行証の件を報告できる」
エドは両手を膝の上で握った。何日も見つからなかった証拠が、今、机の真ん中にある。
ルーファスが発行記録の写しを受け取り、確認した内容を書面にまとめた。エドも読み、二人で署名する。
クラウスは、発行記録の写しと、双方が署名した確認書を、追加の報告として王宮へ送るよう命じた。
「攻城を取りやめるよう、改めて求めよう」
そこで初めて、エドは長く息を吐いた。
グレンが王宮へ無断で入った件まで、解決したわけではない。その経緯を記した書面は、昨日、王宮へ送った。アーデルの帰国と、帰国後の自由についても、まだ国王の返答を待っている。
四一七の発行記録については、これで報告できる。
「兄上。帰っても閉じ込めず、望まない結婚をさせないと父上が約束してくださるなら、私も帰って話したい」
アーデルが言った。
グレンはすぐに彼女へ顔を向けた。
「そのときは俺も行く。王宮に入ったのは俺だ。お前だけに説明させん」
アーデルが一度、瞬きをした。
「一緒に父上と話してくれるのか」
「おう!」
彼女は槍を持つ手を緩めた。グレンを見る目が、さっきより柔らかくなる。
「では、頼む。私の望みは、私から話す」
「分かった!」
クラウスも妹を見て、うなずいた。
「お前が話せるよう、私も父上へ伝える」
エドは報告書を重ねた。攻城まで十五日。期限は変わらないが、国王へ届ける書類は、ようやく揃った。
*
城へ戻ると、エドはコレットへ帳簿を返した。
「発行記録は、いったん旅費の帳簿に綴じたまま保管しよう。通行証の台帳にも、四一七がどの帳簿にあるかを書いておいてくれ」
「はい。四一七の場所を記しておきます」
コレットが帳簿を抱えて出ていくと、イルマも自分の机へ向かった。
「まだ、備蓄の注文は取り消しません。正式に中止が決まるまでは、必要ですから」
「分かってる。国王陛下の返答が届いたら、先にお前へ伝える」
彼女は椅子の背へ手を置いたまま、エドを見た。
「昨日のお約束も、覚えていますか」
「城下を歩く話か。覚えてる」
「それなら、よかったです」
イルマは微笑んで座った。エドも自分の机へ戻りかけ、もう一度振り向いた。
「店も見たい。お前が仕事で寄るところじゃなくて、行きたいところを」
イルマのペンが、まだ何も書かないうちに止まった。
「……考えておきます」
エドはうなずいた。彼女が何を選ぶのか、今から知りたかった。
そこへグレンが、アーデルと並んで入ってきた。
「次に出かけるときは、行き先と帰る日を書くぞ!」
「そうしてくれ。王宮へ行くことになっても、今度は前もって皆に知らせるんだ」
エドは、行き先と日付を書く欄のある用紙を渡した。自分から連絡を申し出るとは、さすがに今回は懲りたらしい。
「日付は、出発が決まってからでいいぞ」
グレンは『行き先・レグナード王宮』と書き、その下でペンを止めた。
「父親と話したあと、お前はどうする?」
アーデルが考える。
「父上との話が済んだら、この城へ一緒に戻ろう。続きの勝負がある」
「おう! 一緒に帰ろう!」
グレンは晴れ晴れとした顔で、『帰還予定日・アーデルと一緒』と書いた。
アーデルも満足そうにうなずいた。帰還予定日の欄を見ても、直すように言う気配はない。
「予定日の欄に相手の名前を書くな!」




