第22話 冷静に話し合おう
攻城まであと十六日。
今日は、国境検問所でクラウス王太子と会う。日時は双方で確認してある。
正装したグレンは、出発前に腕を大きく回した。
「よし。これなら剣が振れる!」
「会談中は剣を抜かないでください」
エドは資料を革袋へ収めた。黙って立っていれば頼もしい辺境伯なのに、支度が済むと、まず戦えるか確かめる。
軍服姿のアーデルが、グレンの隣でうなずいた。
「肩が動かせる服はよいな」
「会談の服を褒めてください。戦いやすさ以外で」
城に残るイルマが、袋の口からはみ出した書類を奥へ入れた。
「会談から戻ったら、内容を私に話してください。各部署への報告は、私がまとめて伝えます」
エドは袋の紐を結びながら、彼女を見た。
帰城後の報告まで引き受けてくれるのか。会談の支度だけで手いっぱいだった。イルマになら、聞いた内容を安心して預けられる。
「じゃあ、戻ったら最初にお前のところへ行く」
イルマが顔を上げた。
「お待ちしています」
事務的な返事のはずなのに、彼女が目を逸らさないので、紐を結ぶ手が一度止まった。
グレンが扉から呼んだ。
「エド、できたか!」
「できた。お前はその腕を下ろせ」
まだ、剣を振るつもりで確かめていた。
エドは結び目を締め、イルマにもう一度うなずいてから部屋を出た。
*
国境検問所へ着くと、レグナード側の街道に護衛の列が延びていた。
一千人。書状で人数は知っていた。それでも、武装した兵がずらりと並ぶ姿を前にすると、エドは革袋の紐を握り直した。
グレンの顔は、逆に明るくなった。
「ずいぶん鍛えてるな!」
「話しかけるなら、挨拶だけにしてください」
その列の前へ、レグナード王太子クラウスが出てきた。外套を整え、背筋を伸ばした姿には、妹が語った応援席の兄とは違う威厳があった。
「護衛はここで待機させる。検問の通行を妨げぬよう、街道を空けろ」
兵たちが道の脇へ移ると、待っていた荷車が動き始めた。
エドは息を吐いた。検問を止めずに会談を始められそうだ。
「ルーファス。双方の資料を用意してくれ」
「はい、殿下」
会談室に入ったのは、クラウスとルーファス、グレンとアーデル、そしてエドの五人だった。護衛はレグナード側に残る。
クラウスは長机の向こうへ座り、妹の顔を確かめた。
ルーファスが王太子の隣へ座って資料を広げる。グレンとアーデルは、その向かいへ並んで腰を下ろした。
「顔色はよいな」
「よく食べ、よく眠っている」
それを聞いた王太子の目元が、少し緩んだ。
エドもグレンの隣に座った。グレンを挟んで、アーデルとは反対側だ。向かいの王太子は怖い相手だが、話を聞く前から怒鳴る人ではなさそうだ。
「今日は、本人の意思と、王宮を出た経緯を先に聞く。帰国と通行証については、そのあとだ」
クラウスは机に置かれた記録を見た。
「会談に応じたことで、要求と攻城期限を撤回したわけではない。その点は確認しておこう」
「承知しております」
エドが答えると、王太子は妹へ向き直った。
「アーデル。お前の意思を聞きたい」
*
「私は自分で王宮を出た。グレンに連れ去られたのではない」
アーデルは、兄の目を見て話した。
「彼と城へ行くことも、私が決めた」
クラウスは途中で遮らなかった。ルーファスが記録を取る間も待ち、それからグレンを見た。
「王宮の壁を越えて侵入したのは、君だな?」
「ああ。勝手に入ったのは俺だ。理由も俺から話す」
グレンは胸を張って自慢せず、まっすぐ答えた。
エドは用意した経緯の記録を机へ置いた。通行証四一七の発行記録は、まだ見つかっていない。王宮へ侵入した理由や、アーデルが同行を決めた経緯なら、二人から直接説明できる。
クラウスは記録へ目を落とし、確かめるべき箇所に指を置いた。
「妹が自分で同行したことは分かった。君が壁を越えた理由は、君から聞こう」
グレンは、王宮を訪ねたのはアーデルとの勝負が目的だったこと、壁を越えて彼女に会ったことを、順に話した。
説明を聞き終えた王太子は、妹へ尋ねた。
「では、今も自分の意思で城にいるのだな」
「そうだ。稽古も城の仕事も、自分で選んでいる」
「無理なことを引き受けてはいないか」
「城の仕事は、私が自分で引き受けた。グレンも、私の意見を聞いてくれる」
グレンはアーデルの説明を聞き、話し終わるのを待ってうなずいた。
「アーデルが話したいことは、アーデルから聞いてくれ」
アーデルはグレンを見て、ほんの少し口元を緩めた。
クラウスの指が、記録の上で止まった。
「……グレン、と呼び捨てにしているのか」
「名前だからな」
王太子の眉が、片方だけ上がった。エドもペンを止めた。
「君も、妹を呼び捨てにしているのか?」
「ああ。アーデルだ!」
グレンは、当然だろうという顔で答えた。アーデルも、うなずいている。
クラウスは二人の顔を見比べ、口を半ば開いたまま、次の質問を忘れたように黙った。
*
「妹の意思は尊重する。冷静に話し合おう」
クラウスは背筋を伸ばし直した。エドも姿勢を正す。
「それほど城を気に入った理由は?」
「グレンとは気が合う」
アーデルは迷わず答えた。
「私がどんな勝負をしたいか聞いてくれる。私に勝つつもりで、次の稽古を考えている」
「今度は俺から仕掛けるぞ!」
グレンが言うと、アーデルの頬に赤みが差した。
「待っている。私の得意手も見たのだろう?」
「ああ。お前の槍は、次は俺が止める!」
王女は目を伏せたが、口元の笑みは隠せていなかった。
エドは、クラウスも笑ってくれればと願った。妹が無事で、楽しそうにしている。それを喜んでくれれば、もう少し話しやすくなるはずだ。
クラウスは記録から手を離し、妹の隣に座る男を見た。
「妹と、どれほど頻繁に稽古を?」
エドは、会談が始まった気がした。
「兄上。その話も私が答える」
アーデルが身を乗り出した。
「勝負をするかは、私が決める。グレンには、遠慮せずに来てほしい」
クラウスはグレンへ険しい視線を向けた。グレンはその顔を見て、身を乗り出した。
「殿下も俺と勝負したいのか?」
「そうは言っていない!」
王太子が初めて声を上げた。
エドはグレンの袖を引いた。グレンは、王太子の怒りを挑戦だと受け取ったらしい。
「手合わせの申し込みではありません」
「そうか。じゃあ、俺たちの稽古を見てくれ!」
「兄上、見ても構わないが、止めないでくれ」
アーデルは兄を見て、念を押すようにうなずいた。
クラウスは二人を交互に見た。妹は楽しそうで、グレンはもっと楽しそうだった。最後に、妹へ向き直る。
「アーデル。そんな危ない稽古、お兄ちゃん、許さないからね!」
エドは思わず叫んだ。
「王太子に戻ってください!」




