第21話 兄上は一人で来られない
攻城まであと十七日。
兄の返書を取り出すと、封筒の中にまだ紙が残っていた。
アーデルは一枚目を机へ置き、残りも抜いた。束になっている。
エドがその厚さを見て、背筋を伸ばした。
場所は城の執務室。ルーファスが届けた返書を、グレンとイルマも囲んでいる。
「まず、会談についての回答を読みます」
ルーファスが一枚目を取った。
「『国境検問所での会談に応じる。アーデル本人の意思と同行の経緯を聞き、帰国および通行証の調査について協議したい』」
説明の順番は、こちらの提案どおりだ。
確認できた事実と、まだ調べていることは分けて示す。双方の記録を持ち寄り、食い違う箇所から確かめる。返書には、その進め方まで整然と書かれていた。
「必要な資料も、これなら用意できます」
エドの眉間の皺が消えた。ペンを持つ手も軽くなり、会談の準備用紙へ項目を書き足す。
「会談の進め方は、すぐに決まりそうですね」
「兄上は、こういう相談なら早い」
アーデルは二枚目を見た。
心配なのは、何を確かめてから妹の話を聞くつもりか、だった。
「なお、会談への同意は、帰国などの要求や攻城期限の撤回を意味しません」
ルーファスの補足に、エドがうなずいた。
「承知しています。まず、直接説明する機会を作りましょう」
アーデルもペンを取った。会うことには応じた。それだけでも、兄の顔を見て話せる。
*
二枚目の表題は『アーデルの生活状況について』だった。
食事の回数、献立、食べた量。寝具の種類と枚数、部屋の寒暖、着ている服。項目ごとに、回答を書くための空欄まで付いている。
アーデルは紙をめくった。
まだ、生活状況だった。
「会談の議題は一枚で済んだのに」
エドは、消えたばかりの眉間の皺を戻した。
兄の安否確認を、ルーファスが机の上へ一枚ずつ並べる。
ルーファスが睡眠と服装の質問用紙も広げたので、エドは会談の用紙を横へずらして場所を空けた。質問用紙はさらに増え、とうとうエドは会談の用紙を机の隅へ移した。
「献立と食材の記録は、こちらで確認します。食べた量は、ご本人に」
財務官補佐イルマが、食事の紙を引き寄せた。
「寝具と部屋については、マルタさんに確認を」
「眠れていることなら、私が答えられる」
アーデルは『睡眠』の欄に、よく眠っている、と書いた。
その下には、『夜間に目が覚めた回数、その理由』。
次は、『毛布がずれた場合、誰が掛け直すか』。
「私だ」
ルーファスがうなずき、記入欄を指した。
自分で掛け直す、と書く。一行で済む回答のために、兄は半頁の空欄を用意していた。
エドが次の紙を読み、ペンを止める。
「城主様の部屋までの距離……食卓の席順も?」
グレンが、自分の隣の椅子を引いた。
「俺の隣でいいぞ!」
「今、座る場所を決めているんじゃない!」
エドの声に、グレンは椅子を戻した。せっかく場所を空けたのに、という顔だ。
アーデルは唇を引き結んだ。笑うと、自分まで賛成したことになりそうだった。
「兄上は、お前と私がどれくらい近くで過ごしているか知りたいのだ」
「稽古なら、槍が届く距離だ!」
「槍が届く距離を、食卓の回答に書かせるな!」
エドが席順の紙を伏せ、会談の用紙を自分の前へ取り戻した。
*
アーデルは『一日の予定』を手元へ寄せた。
起きる時刻、食事、稽古、城の仕事。実際にやっていることなら書ける。だが、予定を伝えることと、兄に一日の過ごし方を決めてもらうことは違う。
兄を安心させたい。だからこそ、危ないことは何もしていない、と嘘をつくのも嫌だった。自分が望む勝負まで隠したくない。
「私の欄は、私が書く」
「もちろんです。姫様のお言葉を、そのままお伝えします」
ルーファスが空欄の紙を渡した。
グレンは、稽古の項目をのぞき込んだ。
「俺との手合わせも書いてくれ!」
「兄上は、怪我をしない稽古を勧めてくるだろうな」
「でも、お前がやりたいのは、本気の勝負だろ?」
グレンは、当たり前のことを確かめる顔をした。
アーデルはペンを止めた。
兄も彼女の強さを知っている。それでも、戦う予定があれば、防具と付き添いを増やす。グレンは、彼女がどんな勝負をしたいかを先に尋ねる。
「そうだ。私を倒すつもりで来てほしい」
「任せろ! 俺も、お前に手加減されたら困る!」
アーデルは目を伏せた。頬が熱い。勝ちたいと言われ、自分にも本気を求められる。それが、こんなに気楽だったのか。
「実施する日時は、会談準備と調整します」
エドが言うと、二人とも顔を上げた。
「今、やろうとしてませんよね?」
「まだ日時を書いていない」
アーデルが答えると、エドは黙って別の予定表を持ってきた。
イルマは食事についての質問を、献立と食材の二組に分けた。献立の分をエドへ渡す。
「献立は、厨房に確認を頼んでいただけますか。私はこちらの帳簿を調べます」
「ああ。日付ごとに出してもらおう。厨房への依頼は俺が出すから、お前は帳簿に集中してくれ」
イルマの手が、紙から離れる前に止まった。
「助かります。終わったら、私も会談の資料を見ます」
「頼む。お前が見てくれると安心だ」
エドが渡された紙を自分の前に揃えると、イルマは椅子を寄せて、エドの隣に座った。帳簿を開いた彼女の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
こちらは護衛も指示書もなく、自然に隣へ座るのだな。アーデルは、自分の予定へ目を戻した。
*
ルーファスが、会談の出席者についての回答を読み上げた。
「『少人数との提案を受け、私と随員一名で臨む』」
エドが顔を上げ、ようやく笑った。
「二人ですか。そこも、提案に応じてくださったんですね」
アーデルは書状の続きを指した。
「最後まで読む」
「『ただし、警護の者は随員に含めない。護衛の編成については別紙を参照されたい』」
グレンが身を乗り出した。
「護衛は誰が来るんだ? 強い奴か?」
「会談に来る人たちです。手合わせの相手を探さないでください」
エドは答えながら、別紙を広げた。
アーデルは、自分が書いた予定を折った。
「兄上には、私が直接話す。無事かどうかだけでなく、ここで何をしたいかも聞いてもらう」
補佐官二人に説明を任せれば、また安全の確認だけで話が終わりかねない。選んで来た場所については、自分の言葉で伝えたい。
エドが別紙の末尾へ指を滑らせた。
護衛総員、一千人。
その下には、兄の筆跡で『充分に抑えた人数である』と添えてあった。
エドの笑顔が消えた。
「会談に千人の付き添いを出すな!」




