第18話 演習相手を間違えた
中庭で、敵役のグレンに城兵たちが敬礼した。
盾が一斉に下がり、守るはずの旗の前が空く。グレンは城兵の間を抜け、旗をひょいと持ち上げた。
「隊長! 旗が取られました!」
ロッテの声に、ドーガンが眉を寄せる。
「まだ始めとらん。グレン、戻せ。旗竿は垂直だ」
「おう!」
グレンが旗を立て直すと、城兵たちはまた敬礼した。
「敵役に道を空けるな!」
エドは指示書を握り直した。
中庭に木柵を並べ、城壁の狭い通路を再現した。奥の旗を、砂時計が落ち切る前に奪えば、攻撃側の勝ちだ。
「城主様は攻撃役。アーデル様は防衛側の指揮です。柵の破壊と乗り越え、一騎打ちは禁止です」
「分かった! 俺を止めてみろ、アーデル!」
アーデルは兵たちの盾の間隔を確かめ、グレンへ向き直った。
「速度を落とすな。お前を相手にするために組んだ守りだ」
グレンが嬉しそうに木剣を握る。
「俺だけの作戦か!」
「そうだ」
喜ぶ城主と、満足そうな王女。防衛訓練に、城兵たちが巻き込まれている。
*
グレンが通路の入口へ戻り、ドーガンの笛で演習が始まった。
グレンが盾の列へ迫ると、ドーガンが拳を握った。
「行け、グレン! そのまま抜けろ!」
「おう!」
城兵たちが、ぎょっとして隊長を見る。その隙に、グレンが盾の間へ滑り込んだ。
「よし! よく抜けた!」
ドーガンが手を叩く。ロッテが盾を戻そうとしたが、グレンの手は、もう旗を握っていた。
「取ったぞ!」
隊長は誇らしげにうなずいた。兵たちの顔を見て、ゆっくり手を下ろす。
「隊長、敵を応援しないでください!」
砂時計の上には、まだたっぷり砂が残っていた。
アーデルは唇を引き結び、崩れた隊列を見渡した。
「再演習だ。指示は私から出す。隊長には、笛で合図を頼む」
グレンの顔が輝いた。
「俺ももっと速くしていいか!」
「いい。私も守りを変える」
ロッテの笑顔だけが消えた。
これが難度調整か。
エドは指示書に『合図の遅れ』と書いた。隣に『相手が速すぎる』も書いておきたい。
ネリアが、車輪付きの木柵を二つ押してきた。
「補修現場で使う柵です。道へ押し出せば、盾で守る幅を狭くできます」
彼女が柵を横へ動かすと、通路の半分が塞がった。
「城主様が柵をよける間に、旗の前へ下がって盾を並べ直してください」
「壊せば、真っすぐ行けるな!」
グレンが木柵をのぞき込む。ネリアはぱっと振り向いた。
「壊す試験もやってくれますか?」
「任せろ!」
「今は壊すな!」
エドが止めると、二人とも、褒められると思っていた顔のまま口を閉じた。
ドーガンは車輪を押し、柵が止まる位置を足で確かめた。
「笛一つで手前の柵、二つで奥の柵を出す。柵を押す者と盾を構える者を分けろ」
「はい!」
「ネリア。持ち手が低い。屈まず押せるように直せ」
「それなら、もっと早く出せますね」
ネリアがうなずき、道具袋を開いた。
隊長の指導が、ようやく守る方へ向いた。エドは指示書に『合図役は敵を応援しない』と書き足した。
*
柵の調整中に、エドは旗の近くへ歩み寄った。
グレンが通った隙間を確かめたい。指示書ばかり見ていたら、次も大事な動きを見逃す。
「そこは柵を動かす道です。いったん、こちらへ」
イルマが袖を引いた。エドは、見学者用に張った縄を越えていた。
「ああ、悪い。お前まで入るなよ」
「入りません。あなたを引き戻す分だけ、手が届けば結構です」
イルマは、エドが縄の外へ戻るまで袖を放さなかった。それから、指で布の皺をならす。
帳面を抱えたまま、俺の足元まで見ていたのか。エドは彼女の手元へ目を落とした。
「柵の補修費か?」
「はい。先ほどから、壊す相談が聞こえますので」
「俺も一緒に見張る。修理代を出さずに終わらせよう」
イルマの目が、指示書からエドの顔へ上がった。
「終了後の確認も、ご一緒に」
「ああ。二人で回ろう」
その返事を待っていたように、帳面が閉じた。
自分の仕事を手伝ってもらうことには慣れている。
彼女の仕事へ入る約束は、口にしてから妙に嬉しくなった。終わったあとの予定にまで、隣にいる理由ができた。
ドーガンが開始を告げた。
グレンが踏み込む。アーデルが手を挙げ、ドーガンが笛を一度吹いた。
「手前、出します!」
ロッテの声に、仲間が右から柵を押し出す。グレンが左へよける間に、盾を持つ兵たちが旗の前へ下がった。
「次、奥だ!」
アーデルが奥の柵を指す。ドーガンが笛を二度吹き、今度は左から柵が出た。グレンが右へ回る先で、ロッテたちが盾を揃える。
「ロッテ、左を詰めろ!」
アーデルの声に、ロッテが隣の兵へ盾を寄せた。
グレンが向きを変えるたび、兵たちも旗を背にして動く。盾の端が離れかければ、ドーガンが短く注意した。
グレンがもう一度踏み込もうとしたとき、砂時計の最後の砂が落ちた。
「終了!」
旗は、ロッテの背後に立っていた。
兵たちの肩が落ち、すぐに互いの顔を見て笑った。グレンも木剣を下げ、旗へ届かなかった手を振る。
「止めたな! よくやった!」
ロッテがまた敬礼しかけ、盾を持つ腕を慌てて戻した。
エドも指示書を下ろした。柵で通路を狭め、合図に合わせて盾を並べる。力で城主を止められなくても、その手順で時間を稼げた。
自分があそこに立っていたら、近づくグレンを見て足が止まったはずだ。
ロッテたちは仲間に声をかけ、盾を動かした。上手くできた箇所も、具体的に残しておこう。
明日からも練習を続けられる。エドは次の予定を確かめ、訓練を終えるため顔を上げた。
*
グレンが、アーデルの前で木剣を持ち直した。
「お前の指示、俺が来る場所をよく見てたな!」
「踏み込む前に、肩の向きが変わる。次に走る方が分かる」
エドは二人を見比べた。アーデルは演習中、兵たちを動かしながら、そこまでグレンを見ていたらしい。
「次はお前の動きを読んで勝つ。手加減はしない!」
アーデルが、はっと顔を上げた。頬が赤くなり、木槍を取る手だけは迷わない。
「私を本気で倒すつもりか」
「当たり前だ! お前だからな!」
彼女は嬉しそうに目を細め、一歩下がって槍を構えた。
「一騎打ちはやりません! 全員、休憩!」
エドが告げると、グレンは木剣を握ったまま、晴れやかな顔になった。
「じゃあ、休憩だな!」
アーデルが城兵たちへうなずく。
「よく守った。皆、休め」
ロッテが盾を下ろした。今度は、下ろしていい。エドもようやく指示書を畳んだ。
「俺たちは、その間に一勝負だ!」
グレンの声に、アーデルが槍を構え直した。
「うむ。手加減は要らん」
グレンが木剣を構える。ロッテは、下ろした盾を無言で上げ直した。
エドは畳んだ指示書を握り締めた。
「休憩で開戦するな!」




