第17話 避難訓練で住み始めるな
攻城まであと十九日。
城門の前で、グレンが箪笥を背負っていた。
「城主様。今日は避難訓練です」
「分かってる! こいつは重いから、俺が運ぶ!」
後ろには布団を抱えた住民と、鍋を積んだ荷車。箪笥の角が門に引っかかっている。
掲示には『避難訓練』。門前には、参加者の家財一式。
「城主様、少し傾けてください」
「俺をか?」
「箪笥です!」
箪笥を傾けると、門が空いた。引き出しも開き、鍋が三つ、ガランガランと転がり落ちた。
「鍋を止めろ!」
持ち主が鍋を追い、一人が布団を広げて受け止めた。続く荷車が、布団の端を車輪に巻き込んだ。
「車輪が動かない!」
「俺の布団を踏むな!」
「よし! 俺が持つ!」
グレンは箪笥を門内へ下ろし、荷車を持ち上げた。
「城主様、うちのも!」
「順番だ!」
頼もしい。門を塞いだ本人でなければ、もっと素直に感謝できた。
「大きな家具は持ち込まないでください!」
袖をまくった住民が、荷車の鍋を守るように両手を置いた。
「これは家具じゃありません」
「鍋なら結構です」
「よかった。食器棚も、中身は全部鍋です」
「中身が鍋でも、食器棚は家具です!」
*
受付台では、マルタが持ち物を確認していた。
「布団はよし。鍋は家族で一つ。通路の荷物は、こっちで移すよ」
大きな鍋を差し出されたマルタが、両手で受け取った。
「これで何人分作るんだい?」
「一家五人の一食分です」
グレンが鍋をのぞき、嬉しそうにうなずいた。
「俺の一食分も入りそうだ!」
「人んちの鍋を使う算段までしなくていいよ」
エドは、別の家族に割り当てた部屋を指した。
「受付の済んだ方は、あちらの部屋へ。入口で立ち止まらないでください」
毛布を取りに戻る者と、入ってくる者が鉢合わせした。二人が同じ方へよけてぶつかり、鍋の蓋を取り落とした。
ガァン! 蓋が石床で跳ね、さっきの鍋より大きな金属音が通路中に響いた。
「飯の合図だ!」
待っていた住民が、空の鍋を持って受付台へ集まった。
「まだ受付です! 鍋を出しても飯は出ません!」
「城門から部屋へ向かう者は、この壁側。荷物を取りに戻る者は、反対の壁側を通れ」
アーデルが通路の端に立ち、住民の流れを指した。
「荷物は壁際だ。部屋番号を確かめてから持っていけば、引き返さずに済む」
マルタが、彼女の腕へ毛布を積んだ。
「姫様。この束を奥の部屋へ頼むよ」
「私は全体の指揮を――」
「運びながら、よく見ておくれ」
王女の威厳は、毛布を八枚載せても崩れなかった。前だけが見えなくなった。
「一枚減らせ」
グレンが上の一枚を取った。現れたアーデルの顔を見て、笑う。
「おう。これでお前の合図が見える!」
「私の合図で、荷車を一台ずつ通せ」
「任せろ。お前の指示なら迷わん!」
アーデルの口元が緩んだ。すぐに顎を引き、厳しい顔へ戻す。戻す途中の、妙に嬉しそうな顔をエドは見てしまった。
指示に従うと言われただけであの顔か。俺には、返事のついでに次の仕事を頼むくせに。
けれど、グレンも彼女の目を見て合図を待っている。いつもなら、話の途中で荷物を持って走り出す男がだ。
グレンの辛抱も、相手次第で長くなるらしい。エドは少し感心し、普段からそうしてくれと思った。
荷車が順に進み、毛布を抱えたアーデルが先導する。グレンは幼い子の手を引く住民から、残りの荷物をまとめて引き受けた。
「布団も鍋も、俺が持つぞ!」
「城主様、空いた手で椅子も――」
「椅子は置いてきてください!」
*
部屋へ入った住民を、ドーガンが家族ごとに確かめて回った。
名を呼ばれた少年が、小さく返事をする。
「背筋を伸ばせ。顔を上げろ。腹から声を出せ」
「はい!」
ドーガンは満足そうにうなずいた。
「よし。もう一度だ」
「隊長。返事はできています」
「今の声を覚えさせる」
少年の顔が誇らしげになった。父親も顎を上げる。
「お前は上げすぎだ」
父親の顎だけが、すっと下がった。
ドーガンは少年の荷袋の紐を結び直し、階段では両手を空けろと言い添えた。
エドは受付台へ戻り、名簿と部屋ごとの人数を照らし合わせた。終わりが見えた途端、記入のない欄ばかり目についた。
どこかで数え漏らしていないか。帰った者はいないか。自分が合っていると思うことと、全員を確かめることは違う。
横から、イルマの帳面が差し出された。
「家族ごとの人数と、配る食事の数です。こちらでも照合してください」
「助かる。あれ、お前の席は?」
受付台に、彼女の帳面を置く場所だけがない。
「部屋を回って数えますので、不要です」
エドは自分の書類を半分まとめ、台の隣へ椅子を寄せた。
「戻る場所は要るだろ。ここを空けておく」
イルマが椅子を見た。そのまま、少し黙った。
「戻るまで、待っていてくださいますか」
「一緒に確認するんだから、当たり前だろ」
彼女はうなずき、台へ帳面を一冊残した。
それだけなのに、戻ってくるのが急に待ち遠しい。エドは名簿へ目を戻した。
業務上の都合だ。たぶん。
ドーガンが、最後の部屋の人数を知らせに来た。名簿と一致している。受付から案内まで、全員を通せた。
寝具の積み方と、荷物の置き場所は直す必要がある。それでも、もう入口で押し合う者はいない。
箪笥を運び込む主君を見たときは、全部中止してしまいたかった。今は、訓練で問題が分かってよかったと思う。本番で門を塞がれたら、もっと困る。
エドは、次に直す箇所を書き留めた。受け入れの手順が整ったら、今度は城兵の防衛訓練だ。
*
「では、訓練を終了します。荷物を持って、お帰りください」
エドが告げると、住民たちは部屋を見回した。
「もう布団を敷いたんですが」
「畳んでください」
「鍋も出しました」
「しまってください」
マルタが、敷かれた布団へ手を当てた。
「寝心地はまだ確かめてないね」
エドは顔を上げた。嫌な予感がする。
「確認するのは、部屋まで移れるかどうかです」
「ここで眠れるかも大事だろ。一晩泊まってみれば分かる」
「一晩」
戻ってきたイルマが、昼食の数の下へ『夕食』『朝食』と書き足した。
グレンが手を打つ。
「よし! みんな泊まれ! 足りない荷物は俺が取ってくる!」
住民の一人が、ぱっと顔を輝かせた。
「では、寝台もお願いできますか」
「任せろ!」
城主の満面の笑みを見て、エドは朝の箪笥を思い出した。まだ持ってくる家具が残っている。
次の訓練の前に、主君へ『帰宅』の意味を教えなければならない。
マルタが仕事の一覧を開いた。
「泊まる人は、明日の掃除当番も決めておくれ」
鍋を抱えた住民が、隣の部屋へ頭を下げた。
「今日からお隣です。末永くよろしく」
「訓練で住み始めるな!」




