第14話 城主は工具ではありません
攻城まであと二十日。
城壁修繕技師ネリアは、図面に描かれた起重機を消し、その上に『グレン』と書いた。
「これで機材の手配が済みました」
図面を覗いたイルマが、見積もりの一行を消す。
「借り賃が不要になりますね」
「おう! 俺なら、もう来てるぞ!」
城主は胸を張った。エドは図面を取り上げる。
「城主を備品に数えるな」
「分かりました。工具とは別の欄にします」
ネリアは余白へ『大型』と書き足した。
分類の問題ではない。
*
城壁の内側には、資材と職人が集まっていた。傷んだ石の継ぎ目には印が付き、その前でドーガンが腕を組んでいる。
ネリアが、腰の小袋を軽く叩いた。
「脆い部分を爆薬で落として、新しく積み直します」
「鑿で落とせ。隣まで崩れたらどうする」
「隣も新しくなります」
「工事を増やすな!」
エドは、図面の補修箇所を指で追った。印は城壁のあちこちにある。全部を積み直していては、期限までに終わらない。
アーデルが、エドの隣から図面を押さえた。
「城門と、崩れそうな箇所から直す。私が攻めるなら、この継ぎ目を狙う」
彼女は図面と城門を見比べ、グレンへ向き直った。
「梁で門を叩いてみよう。耐えれば、補修の手間が省ける」
「おう! 何回だ?」
「壊れるまで。弱点は徹底して調べる」
梁へ向かいかけたグレンの前を、エドが塞いだ。
「補修前に攻城するな!」
アーデルは、はっとした顔をした。
「なるほど。直したあとに攻めればよいのか」
「攻めなくていい!」
最初の攻め手が、すでに城内にいた。
「では、まずこの三か所ですね。隊長、支えを入れてから石を外す方法で、間に合いますか」
「資材が揃えばな。運ぶ者が足りん」
「グレン、石は私へ投げろ。受け止めて運ぶ。鍛錬も兼ねられる」
アーデルが両手を広げた。グレンは石の山を見渡す。
「大きいほうがいいか?」
グレンが両腕で抱えるほどの石を指すと、アーデルは顔を赤らめた。
「そこまで私の力を認めるか」
エドは石と姫を見比べた。花束でも渡されたような顔をしている。
エドは二人の間に図面を差し込んだ。
「石は手渡し。置く場所はネリアに聞く」
「運ぶ者なら、揃ってます」
ネリアがグレンを指した。
グレンも自分を指し、うなずいた。本人の同意が一番早い。
ドーガンは、ネリアの小袋へ手を出した。
「それはしまえ」
「まだ試していません」
「だから言っておる」
ネリアは袋の口を結び直し、渋々、道具箱へ納めた。
「では、梁を先に運んでください。城主様、長いので壁に当てないように」
「任せろ!」
グレンが太い梁を肩へ担ぐ。ドーガンがその前に立った。
「待て。端を揃えろ。腰を落とせ。持ち上げる前に声を出せ」
「今、出したぞ!」
「持ち上げてからでは遅い。置け。やり直しだ」
城主が梁を下ろした。隊長は肩当ての布を折り、グレンの肩へ載せる。
「よし。もう一度だ」
*
次は、城壁内部の空洞だ。
先代ガレスが掘り始め、途中で飽きた穴だ。入口から差し込む明かりの先に、削りかけの石と土が残っている。
ネリアは灯りを掲げ、天井と壁を確かめた。
「支えを足して床を均し、奥を中庭側へつなげましょう。資材置き場から回り道をせずに済みます」
「兵も早く移れるな。外へ抜かず、城内の通路にしよう」
アーデルがうなずく。エドは入口の位置を図面へ書き込んだ。
「しかし、先代は何のために掘ったんですか」
「家臣に見つからず、城下へ遊びに行くためだ」
後ろから答えたのは、筆頭家老ローデンだった。
「立派な志だな!」
グレンが穴の奥を見つめる。父の遺志を継ぐ顔だった。
「途中で飽きたのですから、そこまで立派ではありません、城主様」
「俺が完成させる!」
「完成しても城の中ですよ」
「門の近くまで、見つからずに行ける!」
アーデルも図面へ指を置いた。
「私がマルタを引きつける。グレンはこの道から中庭へ出ろ。私もあとで合流する」
「合流して何を?」
「手合わせだ」
「禁止の札を立てましたよね?」
「だから作戦が要る」
敵軍より先に、エドの指示が攻略の対象になっていた。
ローデンはグレンへ作業の図面を渡した。
「では、私も先代の無念を晴らすために働こう」
エドが顔を上げると、父は穴の入口へ戻り、椅子を置いた。
「何をするんですか、父上」
「城主様が工事の途中で飽きて逃げないよう、見張る」
脱走用の穴を、逃げられない環境で完成させるらしい。
グレンが運び込む梁を、職人たちが組んでいく。ネリアは継ぎ目を確かめ、ドーガンは入口付近の資材を片付けさせた。アーデルも石を運んだ。ひとつずつ、手渡しで。
*
午後、最後の土を運び出し、中庭側の口が開いた。
ドーガンの指示で兵が通り、次に資材を積んだ手押し車を通す。入口で、車輪が床の段差に引っかかった。
「俺が持ち上げる!」
グレンは車ごと抱え、荷を一つも落とさず通り抜けた。
「通れたぞ!」
「城主様が毎回いないと、使えません」
エドが入口を指すと、ネリアは段差へ板を渡した。グレンに車を戻してもらい、兵がもう一度押す。今度は軽く進んだ。
ネリアが図面へ『グレンの常設は不要』と書いた。エドは見なかったことにした。
エドも通路を歩いた。建物を回り込まず、すぐに向こうへ出られる。
「これなら、食料も楽に運べますね」
イルマが図面に線を引いた。
「運ぶ手間は減ります。食べる量も減れば、なお助かるのですが」
彼女の視線の先で、グレンが三つ目のパンを受け取っていた。
「まだ運べるぞ!」
「城主様の食事は、機材費ではなく食費に残しました」
「そこは人間扱いなんだな」
エドへ自分の分のパンを渡してから、イルマは帳簿を開いた。
「昨日の毛布、助かった。ありがとう」
「次は寝台で使ってください」
イルマは帳簿へ目を落としたまま、エドがパンを食べるのを待った。
エドはひと口食べた。頁がめくられた。
「それと、飼料が予定より減っています。旅から連れてきた山羊の分です」
グレンは口の中のパンを飲み込んだ。
「あいつらも働いたからな。途中の村で――」
「まず手を洗いな!」
中庭側の出口から、マルタの声が飛んできた。
グレンがパンを持った手を背中へ隠す。侍女長は水桶を置くと、通路の中を覗いた。
「ずいぶん早く向こうへ出られるね」
「おう! これなら、マルタに見つからず出歩けるな!」
今、本人に話している。
マルタは笑い、グレンの腕を取って水桶の前へ連れていった。
「今度から、あんたを呼びに来るのも早くなるよ」
グレンの笑顔が消えた。通路とマルタを交互に見て、背中のパンをそっとエドへ預ける。
「……もう一度、掘り直すか?」
「手洗いが先!」
「抜け道が説教への近道になってる!」




