第13話 馬鹿が二人
攻城まであと二十一日。
エドは会議の机に、二枚の紙を置いた。
一枚は王女の帰国。もう一枚は、城主の正式な事情説明のための出頭。
アーデルは一枚目を押し戻した。グレンは二枚目を裏返した。
「今は帰らない。まず兄上に私の話を聞かせる。それに、手合わせの約束が残っている」
「俺も行かないぞ。帰ってきたばかりだ! また留守を頼んだら、お前が困るだろ!」
「今、目の前にいても困ってます」
エドは紙を戻した。二人も戻した。
これでは、仕事ではなく紙を使った押し相撲だ。
レグナード外交官ルーファスが、拒否された紙を引き取った。
「では、『帰国に向けて本人と協議中』と報告します」
「はっきり断られましたよ」
「こちらが問い続ければ、協議は続いています」
ルーファスは紙をアーデルへ戻した。姫は、また押し戻す。
「これで、もう一度協議できました」
敵国にも、諦め方を知らない補佐官がいた。
*
グレンが両手を机について立った。
「俺が始めたことだ。なら、俺が城を守る!」
エドはペンを止めた。
今度は、本当に引き受けるつもりの顔だった。家臣だけに危険な仕事を渡して、自分は出ていく。そういう男ではない。
「分かりました。では、防衛の方針を」
「おう! どう守ればいい?」
ペン先から、墨が一滴落ちた。
頼もしい。頼む先が全部こちらであることを除けば。
「城主様。方法がないまま引き受けたんですか」
「お前とドーガンがいるだろ。姫も、道を選ぶのがうまいぞ!」
自分の手足より、家臣の頭を信用している。
城兵隊長ドーガンが、グレンの手を机からどけた。
「話すときは、まず手を上げろ」
グレンは右手を上げた。
「よし。では、城を守る!」
「聞いた。座れ」
宣言のやり直しだけは、完璧だった。
アーデルが城の図面を広げた。
「城門を固め、傷んだ城壁を補修する。食料を確保し、兵が持ち場へ移る通路を空ける。城の強さだけではなく、守る者の疲労も減らすべきだ」
エドは書き留めた。ちゃんとした案だ。こんな話をしたかった。
「攻め手を足止めできれば、時間が得られる」
「その間に会談を進められますね」
「私とグレンの手合わせもできる。兄上には、その間、外で待ってもらおう」
エドは書き留める手を止めた。
「違う。そうだけど、そうじゃない」
「先に試合を済ませれば、私は兄上との話に集中できる。合理的だろう」
「合理的に俺の頭痛を増やさないでください」
グレンが元気よく手を上げた。
「だったら、最初に兄上も誘えばいい! 待ち時間がなくなるぞ!」
ドーガンがうなずく。
「手の上げ方はよい」
「発言の中身も見てくださいよ、隊長!」
*
「会談の返事を待ちつつ、防衛の準備も進めます。姫様は城壁の補修箇所の確認を。隊長には兵の配置と訓練をお願いします」
「分かった」
ドーガンが答える。グレンも手を上げた。
「俺は何をやる?」
「重い資材を運んでください。ただし、どこへ置くかは担当者に聞いてからです」
「おう! 壁が邪魔なら、俺が――」
「壁は残してください!」
財務官補佐イルマが、帳簿の修繕費の頁を開いた。
「取り壊す前に、こちらへ相談してください。直す費用より、壊す費用のほうが増える場合があります」
「壊す相談には乗るんだな」
「見積もりは必要です」
エドはグレンへ指示書を渡した。会議を終えると、二人を連れて中庭へ下り、入口に大きな札を立てた。
太い文字で『決闘禁止』。
「城の修理が済むまで、ここで戦わないでください」
アーデルが札を読んで、うなずいた。
「心配するな。私たちがするのは決闘ではなく、手合わせだ」
エドは『手合わせ禁止』と書き足した。
グレンが、明るく手を叩く。
「じゃあ、練習にしよう! 練習なら毎日できるぞ!」
エドは『練習禁止』も書き足しかけ、筆を止めた。
「名前を変えて殴り合うな!」
*
執務室へ戻っても、机の仕事は終わらなかった。
イルマはエドの隣へ椅子を寄せ、残った書類を二つに分けた。エドの手が空いた隙に、パンと煮込みの皿を置く。
「先に食べてください。費用の計算は私が進めます」
「まだ確認することが――」
「食べながら聞きます」
エドは書類へ手を伸ばした。イルマはその前に匙を置いた。
匙を取り、次にパンを見れば、彼女が食べやすい大きさに割った。
ルーファスが、会談の書類を持って立ち止まる。
「お二人は、いつもこのように?」
「仕事が重なると、こうなります」
イルマは淡々と答え、エドの皿の横に水を置いた。
エドもうなずいた。実務上、非常に便利だ。
ルーファスは何か言いかけ、書類を自分の机へ持ち帰った。
その夜、確認の途中でエドは机に伏せた。次に目を開けたときには、窓が明るくなっていた。
肩に毛布がかかっている。ずり落ちかけた端を引き寄せると、隣の机にはイルマの帳簿がきちんと積まれていた。
エドは毛布を畳み、自分の椅子の背にかけた。あとで、礼を言おう。
翌朝。攻城まであと二十日。
ルーファスが、届いたばかりの正式な通知を机へ置いた。
「クラウス殿下が進発されました。王女奪還軍、兵力一万二千です」
エドは眠気ごと顔を上げた。
「昨日の手紙の返事ではありません。最初の通告に基づく準備です。軍はまだ国内を移動中で、期限前に攻城するという通知でもありません」
ルーファスが、通知の該当箇所を指した。
会談を求める手紙は、今も向こうへ運ばれている。その間にも、兵は城へ近づいている。
図面に書いた補修箇所が、急に重く見えた。
グレンとアーデルも通知を覗き込んだ。
「一万二千か! 兄上、ずいぶん大勢連れてくるんだな!」
「私を迎えに来るのだ。兄上も張り切っているのだろう」
「そうか! 帰り道で姫が退屈しないようにだな!」
「迎え……?」
エドが顔を上げると、アーデルは真面目にうなずいた。
「本人は、そのつもりだろう。私一人を帰らせるだけなら、もっと少なくてよいのだが」
「帰省の迎えに軍隊を寄越すな!」




