第12話 兄上への手紙が書けません
攻城まであと二十一日。
「『私は無事だ。自分の意思でここにいる。グレンと過ごすのは楽しい』。これでよいだろう」
アーデルが読み上げると、エドとルーファスは同時にペンを止めた。
グレンだけが、満足そうにうなずく。
「おう! 俺も楽しいぞ!」
「それは書き足さないでください」
ルーファスはグレンの手からペンを遠ざけた。
「姫様、何が楽しいのか、具体的に書いていただけますか」
「旅も、グレンの力を見るのも楽しかった。手合わせはまだだが、それも楽しみだ」
「なるほど。では『早く二人で手合わせをしたい』と補って――」
ルーファスが紙に書き、眺め、そっとペンを置いた。
エドはその顔を見た。
「自分で直して、自分で困らないでください」
「どう書いても、お兄様が喜ぶ文面になりません」
敵国の王太子へ出す書状が、最初の三行で止まった。
*
「クラウス殿下は、そこまで妹君を心配されるんですか」
エドの問いに、ルーファスは指を組んだ。
「姫様が王国最強なのは承知しておられます。そのうえで、安全の確認をすべて済ませたい方です」
「すべて?」
「食事、寝具、部屋、予定。姫様が無事だと書けば、次に『どう無事なのか』をお尋ねになるでしょう」
アーデルがうんざりした顔で椅子にもたれた。
「だから無事だと言っているのに。槍を扱う腕も健在だと書けば納得するか?」
「槍を使う状況にいるのか、と心配されます」
「なら、グレンの腕も健在だと添えよう」
「『二人で戦うつもりなのか』と、もっと心配されます」
エドは額を押さえた。無事を知らせたいのに、戦う予定ばかり増えていく。
「よし、俺が書こう! 『姫なら俺が守る。安心してくれ』!」
グレンが紙へ手を伸ばした。ルーファスが押さえる。
「殿下は、そのあなたを最も警戒なさると思います」
「俺が守ってるのにか?」
「だからです」
グレンはアーデルを見た。
「難しいな、お前の兄上!」
「対策はある。私がお前を倒せば、守られる必要はないと証明できる」
グレンが窓の向こうの中庭へ目をやり、アーデルを見た。
アーデルは壁際の槍へ視線を送り、小さくうなずく。グレンがにっと笑った。
今からやるか。望むところだ。
そんな会話が聞こえた気がした。どうして、この相談だけは一瞬で済むんだ。
二人が同時に椅子を引き、立ち上がりかけた。
エドはルーファスと目を合わせ、グレンへ視線を移した。城主はこちらで止めます。
ルーファスはうなずき、アーデルのほうへ向き直った。
エドがグレンの膝へ書類箱を載せるのと同時に、ルーファスはアーデルの前へ便箋を滑らせた。
「座って! 手紙を使って決闘の許可を取ろうとしない!」
「姫様。兄君への説明が、まだ途中です」
グレンは箱を抱え、アーデルは便箋を睨んだ。二人とも、浮かせかけた腰を下ろす。
エドがルーファスを見ると、彼はわずかにうなずいた。今度は、言葉を使わずに礼が言えた。
*
ルーファスが、アーデルの最初の文面を彼女の前へ戻した。
「姫様の意思を変えて書くことはできません。楽しかったというお気持ちも、必要なら残しましょう。ただ、同行の事情と会談のお願いを補ってください」
アーデルは紙へ目を落とし、ペンを取った。
「そこは残す。つまらなかったことにはしたくない」
グレンが笑った。
「俺もだ! 帰ってきてからは、まだ座ってばかりだけどな!」
「それは誰のせいだと思ってる」
エドは紙から手を離した。彼女が王宮を出たかったことも、自分でここまで来たことも、削るべき問題ではない。
アーデルは書き終え、全員へ読んで聞かせた。
「『兄上へ。私は無事で、自分の意思でアーヴェル城にいます。王宮を出たのも、グレンへの同行を望んだのも私です。彼との旅は楽しく、手合わせの約束もしています。事情を直接説明したいので、期限前の会談を望みます。場所と日時は相談させてください』」
ルーファスは一文ずつ確かめた。
「これを、私の正式な報告とともに送ります。帰国などの要求は残るので、攻城予告は解除されません。それでも、話し合うための連絡にはなります」
「俺の約束も付けてくれ。『アーデルは俺が守る。食う物にも寝る場所にも困らせない。兄上にも、安心して任せてもらいたい』!」
エドはペンを止めた。
「……あなたまで『兄上』と呼ぶんですか」
「姫の兄上だろ? 俺もそう呼べば分かりやすいぞ!」
ルーファスは宛名の『兄上へ』と、グレンの顔を交互に見た。
アーデルが真剣にうなずく。
「食事と寝床は重要だ。十分に休んでこそ、全力で戦える。私からも『この人なら安心だ』と添えよう」
エドのペンが、紙の上で宙に浮いた。
財務官補佐イルマは、帳簿に二人の名前を並べた。
「姫様の食費と部屋の費用は、城主様の支出として扱いますね」
「おう! 俺が連れてきたんだ。俺の分と一緒にしてくれ!」
記録官兼情報係のコレットも、記録帳を開く。
「お二人の同意と、兄君に許可を求める件を記録します」
「許可ではなく、了承だ。私とグレンの間では、もう話がついている」
アーデルは迷いなく訂正した。
エドとルーファスは顔を見合わせた。手紙の隣で、二人分の暮らしの費用まで計算が始まっている。
「せめて、グレン様からの呼びかけは『クラウス殿下』にしてください」
ルーファスの申し出に、グレンはうなずいた。
「分かった! 大事なのは、姫を困らせないって約束だからな!」
添え書きの呼称を直し、文面を全員で確認した。二人が署名し、コレットが写しを取る。
ルーファスは正式な報告とともに封じ、廊下へ出て伝令へ渡した。
エドは発送控えを覗き込んだ。
――双方の意思を確認。城主は生活と安全に責任を持つ。兄君の了承を求める。
グレンも覗き込み、満足そうに笑った。
「よし! あとは兄上に会って、俺がどんな男か分かってもらえばいいな!」
「私はもう分かっている。兄上にも認めてもらおう」
アーデルが当然のように答えた。
戻ったルーファスは、伝令を追うように廊下を見た。
エドも同じ方向を見た。
「会談の要求を縁談の報告みたいにするな!」




