第11話 誘拐じゃなければいいと思うな
攻城まであと二十一日。
「修繕費は、扉一枚で済むんだな?」
エドが確認すると、グレンは胸を張った。
「おう! 持って逃げなかったから、なくなった物はないぞ!」
「なくならなければいいと思うな」
応接室の机には、財務官補佐イルマが帳簿を広げていた。隣では、記録官兼情報係のコレットが、膝の上の記録帳に羽根ペンを走らせている。
「蝶番は、いくつ壊れましたか」
コレットの質問に、グレンが答えた。
「全部だ!」
コレットは『全部』と書いた。エドはその頁を指さす。
「それじゃ数が分からないだろ」
「グレン様も数を答えていません。記録は正確です」
正確に、役に立たない記録ができた。
イルマが帳簿へ目を落とした。
「扉自体が無事なら、再利用できます。廃棄処分と決めつけて請求されたら、こちらが損です」
「そうだろ! いい扉だったんだ!」
グレンが嬉しそうに手を広げた。その手を、アーデルが真顔で押し下げる。
「実演は不要だ。ここの扉まで外したら、修繕費が増える」
「姫様、止めてくださって――」
「決闘前に腕を疲れさせるべきでもない」
礼は途中で引っ込めた。
グレンが腰を下ろすと、出口にいたドーガンが椅子を指さした。
「もっと机に寄れ。椅子が離れすぎだ」
「ここなら剣を抜けるぞ!」
「ここで抜くな。寄れ」
城主の椅子が机に近づくまで、事情聴取は始まらなかった。
*
レグナード外交官ルーファスは、机の中央に白紙を置いた。
「損害は王宮側にも確認します。その前に、姫様が自分の意思で同行されたことを記録しましょう」
ようやく話が進む。
エドはコレットへうなずいた。彼女は新しい頁を開き、机上の白紙を見た。
「表題は」
「王女殿下の同行に関する確認だ」
グレンが身を乗り出す。
「『王宮からの脱出』のほうが分かりやすくないか? 姫の道選び、見事だったんだぞ!」
「順路が適切だっただけだ。グレンの力があれば、正門を突破する案も取れた」
アーデルは茶器を動かし、皿を正門、湯飲みを近衛兵の配置に見立てた。
「こちらを誘導すれば、兵の列に隙間が――」
イルマが空いた場所へ茶菓子を置く。
「そこはエドの皿です」
「では、この兵を移そう」
「その湯飲みもエドのです」
イルマは皿と湯飲みを取り戻し、エドの前に食事の陣地を築いた。
ルーファスが、静かに白紙を縦から横へ回す。
「図面なら横向きのほうが描きやすいですね」
「協力しないでください!」
「王宮の警備上の問題も把握できますので」
「なるほど。なら一枚だけ――」
エドは紙を押さえ、手を止めた。
違う。事情聴取だ。侵入経路の検討会ではない。
コレットのペンだけは止まらなかった。
「『エド、図面一枚を許可しかける』」
「そこは記録しなくていい!」
「そこだけ削ると、グレン様ばかり悪く見えます」
公平さが、腹立たしいほど正確だった。
「姫様。連れ去られたのではなく、ご自分で同行を決めた。それで間違いありませんか」
エドが尋ねると、アーデルは茶器の並べ直しを諦めた。
「間違いない。私が外へ出たいと言った。ここへ来たのも、自分で決めたことだ」
「おう。俺の城なら、広い中庭があるからな!」
「問題は、その中庭がまだ使えていないことだ」
「まず、外交問題を片づけてください」
エドは二人の言葉を記した紙を、本人たちの前へ置いた。
*
内容を確かめたグレンが、ペンを取った。
「よし、俺が責任を取る!」
グレンが勢いよく署名した。エドは続きを尋ねる。
「からの?」
「細かいことはエドに頼む!」
アーデルも署名して、ペンを置いた。
エドは別の紙を引き寄せた。修繕の確認、通行証の調査、姫の帰国。順に仕事を書き出す。
ルーファスがその手元を見た。
「頼まれて、引き受けるのですね」
「誰かがやらないといけませんから」
「城主様ご本人という選択は?」
「王宮へ修理に行かせたら、もっと壊して帰ってきます」
イルマがうなずいた。
「旅費と修繕費が両方増えます。エドに書類を作らせるほうが安いです」
「次の無断外出を止めるほうが先では?」
ルーファスが尋ねると、エドは力強くうなずいた。
「もちろんです。だから次は同行します。鞄には詫び状と、修繕の見積書を入れておきます」
「止める準備ですか、それ」
イルマが棚から書類袋を出し、『次回外出用』と書いた。
気づけば、仕事も茶菓子もエドの前に集まっていた。
ドーガンがグレンの署名を見て、腕を組んだ。
「出かける前にも、これくらい書け」
「書き置きは残したぞ。留守を頼んだ!」
「行き先、帰る日、誰に会うか。三つ足りん」
「決まってなかったんだ。強い相手を探してたからな!」
「なら、決まってから出ろ」
「出ないと見つからないぞ?」
ドーガンはコレットから紙を一枚もらった。
「まず、強い相手を探しに行くと報告する。その相手が決まったら、帰って報告しろ」
「また出るのか?」
「出る前に、もう一度報告だ」
アーデルが感心した顔でうなずく。
「往復で足腰が鍛えられる。理にかなっているな」
「隊長、外出一回に何回帰らせるんですか」
「報告できるまでだ」
それでもドーガンは、グレンの曲がった襟を直し、湯飲みを手元へ寄せた。
「飲め。茶が冷める」
グレンは嬉しそうに茶をすすった。エドまで少しほっとした。帰ってきた。いつもの小言を受ける場所へ。
その横で、コレットが紙に『外出前報告・再外出前報告』と見出しを書いていた。
規則になるのが早い。
*
ルーファスは二人の署名を確かめた。
「これで、本人の意思による同行だという説明を報告できます。ただし、姫様の帰国、通行証の記録提出、グレン様の正式な説明は必要です。攻城予告は解除されません」
エドは、残り二十一日の文字へ目を落とした。
「まず、姫様の無事と意思を兄君へ伝えましょう。同時に会談を打診したいのですが」
「賛成です。文面は一語ずつ確認しましょう」
ルーファスは白紙を縦に戻し、端をぴたりとそろえた。
「『王宮を出た』と『王宮を破った』では、受け取る印象が違います」
「どっちも合ってるぞ!」
「だから確認するんだ!」
コレットが新しい頁を開いた。
「今日の記録は、こちらで終わりですか」
エドがうなずくと、グレンが覗き込んだ。
「姫が追手をかわしたところ、ちゃんと書いてくれたか?」
「記載しています」
「よし! 塀を越えたところも頼む。あれは二人でないとできなかったからな!」
アーデルが厳かに付け足す。
「決闘は未実施だ。そこを落とすと、目的を達成したように読めてしまう」
コレットは迷いなく表題の下へ書いた。
――王宮脱出成功。決闘未達成。
「事情聴取を武勇伝にするな!」




