『黒仮面』の正体(その二)
その声に青年は驚く。危うく悲鳴を上げるところだった。
自分は今、ボウリングの玉を持っている。しかも、『黒仮面』のお面をつけているのだ。
そして、幼稚園の中には、ドミノが並んでいる。
これから何をしようとしていたのかは、明白だろう。あの『黒仮面』の映像は、日本中で流れている。
「『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』だな」
やはり、ばれている。
(どうしよう。今すぐ逃げるか、それとも・・・・・・)
とりあえず、頭の中で逃走経路を考える。
はたして逃げきれるだろうか。
背後からの声は一人分だが、他にも人の気配がする。
つまり、相手は複数だ。
(たぶん逃げきれない)
本物の『黒仮面』はインラインスケートをはいていたが、こっちは普通のスニーカーだ。足の速さには、そこまで自信がないし・・・・・・。
とはいえ、まだ何も「やましいこと」はしていない。園児たちのドミノは健在だ。
しかも、自分は今、お面をつけている。素顔を隠しているので、こっちが何者かはばれていない。
(この格好は冗談だと、そう言い張れば何とか)
どきどきしながら、ふり返る。
声をかけてきた相手を見て、青年は驚いた。
外国人だ。黒い髪で、褐色の肌をしている。
青年と同じくらいの年齢だが、どことなく高貴な雰囲気をまとっていた。屈強なボディガードを二人連れている。
最初は「中東の大金持ちかな?」と思った。
しかし、青年は気づく。
この相手が着ている衣服の模様、そして、額や腕につけている装身具は、どうもエジプトっぽい。前にテレビで見た「ピラミッドの壁画」とかに、あんな感じのデザインがあったような・・・・・・。
(中東ではなく、エジプトの大金持ち?)
そんなことを青年が考えていると、
「もしも君が、あの『話題になっている人物』なら、失礼なことをした。私に構わず、続きをどうぞ」
「・・・・・・いや、あいにくだが、その人物じゃない・・・・・・です」
「だったら、やめておいた方がいい」
そのあと相手はさわやかに笑うと、黒いボウリングの玉を見ながら、
「私も好きだよ。『十柱戯』は」
ボディガードと一緒に、その場を去っていく。
青年は無性に恥ずかしくなってきて、黒いボウリングの玉を急いで、かばんの中にしまった。
少し離れた電柱まで移動すると、その陰でお面を外す。
お面の下から現れた顔は、若いプロボウラーだ。『DCB』のプロ選手。
この日本で半年後、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』の世界大会が開催される。
その予選が近々、世界のあちこちで行われるのだ。
世界大会に出場するためには、いずれかの予選を勝ち抜かなければならない。
とはいえ、日本には「開催国枠」がある。各選手のこれまでの実績などを考慮して、『日本DCB協会』が「日本代表」を選考するのだ。
その枠は三つ。
一方で、国内予選はない。
だから、この若いプロボウラーは考えたのだ。
(何か話題になるようなことをして、世間の注目を浴びれば、ワンチャンスあるかも)
というか、そうする以外に、自分が「日本代表」に選ばれる気がしない。
そんな強迫観念から即日、このお面を通信販売で購入した。
しかし、今はいくらか冷静になっている。
正体を隠して蛮行に及んだとしても、「日本代表」に選ばれるはずがない。正体がわからなければ、連絡先は不明だ。
かといって、正体を明かせば、世間からのバッシングは確実。ヤクザの事務所に押し入っての『ドミノ・クラッシュ』ならまだしも、幼稚園に押し入っての『ドミノ・クラッシュ』だ。印象が悪すぎる。
ここ最近の自分はどうも、冷静さを欠いていたらしい。こんな当たり前のことにも、気づかなくなっていた。
(他の方法を探すか)
世界大会の予選がこれから順次、地球上の各地で開催される。
ヨーロッパの選手は「ヨーロッパ予選」に、南米の選手は「南米予選」に参加するのだ。他の地域の選手は参加できない。
普通なら、日本の選手は「アジア予選」に参加できるのだが、今回は「開催国枠」がある。そのため、アジア予選への参加が認められていない。
では、どうするのか。
一つだけある。
地球上のある場所で、最後の最後に行われる予選だ。
(たしか、あの予選だけは、参加資格が緩かったはず)
さっそくスマホで調べてみた。たしかに緩い。国籍などは不問。それどころか、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』のプロ選手でなくても、参加が可能らしい。参加資格が緩すぎる。
若いプロボウラーは、さっきの外国人に感謝した。もしも止めてくれていなければ、自分は間違いを犯すところだった。
(園児たちのドミノを倒すのではなく、こっちの道から、世界大会の出場を目指そう!)
あの外国人との出会いは、運命の導きかもしれない。そう考えることにした。
さっそく参加を申し込む。
で、スマホから顔を上げた時だ。
視線の先に見つける。
幼稚園の中をうかがっている「不審人物」がいた。『黒仮面』のお面をつけていて、黒いボウリングの玉を持っている。
若いプロボウラーはにやにやしながら、その不審人物にこっそり近づくと、
「やめておいた方がいい」
背後から声をかける。さっきの外国人をマネしてみた。




