『黒仮面』の正体(その一)
謎の『黒仮面』がボウリングの玉で、大量のドミノを破壊する映像は、日本中に衝撃を与えた。
これが『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』。
非難の声も少なくない。
だが、この競技の知名度は確実に向上した。今や日本人の大半が知っている。
その一方で、「ドミノ」も注目を浴びていた。
ドミノはこれまで、主に経済の分野で「ドミノ倒し」などと、悪いイメージで語られることが多かった。まるで「ドミノが次々と倒れていく」ように、「良くない出来事が連鎖していく」。そんなイメージで語られることが多かった。
けれども、『黒仮面』の一件で風向きが変わる。あれがドミノの「良い宣伝」にもなったらしい。
ドミノをやってみようかな。そう考える人が増えている。ドミノを並べて、一気に倒して、爽快感や達成感を味わってみたい。
おかげで、ドミノの売上は右肩上がりだ。日本各地でさまざまな人たちが、ドミノを並べて楽しんでいる。
大都市にあるこの幼稚園でも、ドミノは人気だ。
子どもたちが室内で仲良く、カラフルなドミノを並べている。「小さなお子さま用」のドミノで、床が多少震動しても倒れない。もうすぐ完成だ。
ところが、それをこそこそ見ている者がいた。
男の子だ。この子も園児。
しかし、みんなと一緒にドミノを並べることはしない。
男の子はお面をつけていた。あの『黒仮面』のお面だ。最近では、こういう『黒仮面』関連のグッズも店で売っている。
しかも、この男の子は「黒いボウリングの玉」を持っていた。「小さなお子さま用」で、これも『黒仮面』グッズ。おじいちゃんに買ってもらったのだ。
この男の子は家でくり返し、あの映像を見ていた。並べられたドミノを、『黒仮面』が鮮やかに破壊する映像だ。
ボウリングの玉を投げる場面。
ドミノを破壊して、片腕を突き上げている場面。
(どっちも、かっこいい!)
この男の子の中で、あの『黒仮面』はヒーローだ。
だから、マネしてみたい!
(そろそろかな)
他の子どもたちが並べているドミノは、もうすぐ完成だ。
あれを今から壊しちゃうのだ。このボウリングの玉によって。
そのあと高々と片腕を突き上げて、あの『黒仮面』と同じポーズをする。
そんな自分の姿を想像して、男の子は笑みを浮かべた。
かくれんぼは得意な方なので、今のところ、他の子どもたちは気づいていないと思う。
あとはボウリングの玉を転がすだけだ。
ドミノは一列に並んでいる。あのどこかに当てればいいから簡単だ。それでドミノの崩壊が始まる。
(いくぞ!)
男の子は柱の陰から飛び出すと、素早くボウリングの玉を転がす。あの『黒仮面』がやったようにだ。
他の子どもたちが並べたドミノへと、黒い玉が向かっていく。
ところが、そこで予想外のことが起きた。
黒い玉の進路上にいきなり、先生が横っ飛びしてくる。
ぱしぃぃっっっ!
ボウリングの玉を片手で受け止めると、そのままぐるんぐるんと、先生が床の上で回転した。横へ横へと転がっていく。
男の子は驚いた。
何だ、今の先生の動きは。まるでサッカーのゴールキーパーのような・・・・・・。
他の子どもたちも異変に気づく。
床の上でなぜか、横回転している先生。
少し離れた場所には、男の子がいる。『黒仮面』のお面をかぶっていた。
ここで先生の横回転が終わる。その手には、黒いボウリングの玉があった。
それを見て、子どもたちは考える。今何が起きているのかを。
自分たちはドミノを並べていた。
そして、あの男の子は『黒仮面』のお面をつけていて、先生は黒いボウリングの玉を持っている。
「あ! そういうことか!」
一人の子が叫ぶと同時に、『黒仮面』の男の子が部屋の外へと走り出した。
これが決め手になる。どう見ても、あれは逃走。悪いことをしたから、逃げているに違いない!
男の子の背後から、他の子どもたちによる非難の声が始まる。
この時、幼稚園の外には、謎の人物がいた。
顔には『黒仮面』のお面だ。逃走中の男の子と「おそろい」だが、こっちは青年である。
この青年も「黒いボウリングの玉」を持っていた。
あの『黒仮面』の映像を見て、影響を受けた者は、先ほどの男の子だけではない。他にもいる。ここにいる青年も、その一人だ。
青年は直前まで、頭の中でイメージしていた。
目の前にある壁を乗り越えて、幼稚園の中に突入。園児たちが並べたドミノを、鮮やかに破壊するのだ。
破壊完了後には、片腕を高々と突き上げる。あの『黒仮面』と同じポーズをするのだ。ふふふふ、かっこいいぞ。
しかし、予定が狂ってしまった。まさか、別の人間に先を越されるとは・・・・・・。
そこでちょうど、逃げていた男の子が、先生たちにつかまる。手足をばたばたさせて抵抗しているが、『黒仮面』のお面をはぎ取られていた。
それを見ながら、青年は考える。
ひょっとしたら、これは好機かもしれない。先生たちや他の子どもたちの注目は今、あの男の子が引きつけている。
(つまり、ぱっと行って、さっとドミノを倒してくれば・・・・・・)
そのあとの逃走も含めて、この奇襲作戦は成功するかもしれない。
(よ、よし。三つ数えたらいくぞ。一、二――)
ところが、そこでいきなり背後から、
「やめておいた方がいい」




