動き出すギャングたち(その一)
ウィンロードとディザスターが見ているのとまったく同じ映像を、アイルランドから遠く離れた場所で、赤い眼帯の男がくり返し見ていた。
画面の中で、シャンパンタワーが破壊される。次にウェディングケーキ。
赤い眼帯の男がいる場所は、アメリカのホテルだ。その客室の一つである。
このホテルで本日、惨劇が起きた。
二つのギャング団による結婚パーティーに、『黒仮面』をつけた男が登場。ボウリングの玉を使って、パーティーを滅茶苦茶にした。
そして、逃走。
(なめたまねを)
赤い眼帯の男、レッドショットは心の中で舌打ちする。
このホテルは、自分たちが所有するホテルではない。別のギャング団が所有しているホテルだ。言わば、他人の庭。
しかし、うちの幹部とそこの幹部による結婚パーティーで、惨劇が起きた。あの『黒仮面』は、このホテルを所有するギャング団だけでなく、うちのギャング団の顔にも泥をぬったのだ。
先ほど二つのギャング団が連名で、奴に懸賞金をかけた。生死は問わない。ただし、生きて捕まえた場合には、死んでいた場合よりも、三倍の金額を払う。
金銭的な意味以外でも、これは大きなチャンスだ。もしも、あの『黒仮面』を捕まえることができれば、両ギャング団の親分や幹部たちに、自分の名前を売ることができる。同格の輩どもから、一気に抜け出すことが可能だ。近い将来の幹部入りも、夢ではなくなる。
映像の中で、またもや『黒仮面』が逃走に成功した。
「おまえはどう思う?」
自分の隣にいる男に、レッドショットは尋ねた。
温和な表情の中年男性だが、その体は大きい。身長は二メートルを超えていて、筋骨隆々だ。
この中年男性の名前はワイルドホイール。
普段はレッドショットのボディーガードだが、別の顔も併せ持つ。
闇賭博のプロボウラーだ。別名『倍速大車輪』。
非公式な『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』が、裏社会には存在している。表の世界で活躍するディザスターと違って、ワイルドホイールの主戦場は裏社会だ。
そんな男が口を開く。レッドショットの質問に答えた。
「かなりの腕前だ」
「おまえよりも上か?」
「上だ。俺は力に特化している。それだけの男だ」
断言するワイルドホイール。
レッドショットは内心で、「そんなことはない」と思った。
ワイルドホイールの実力は、裏社会の『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』で上位に入る。バカ力だけが取り柄のプロボウラーではない。技術もある。
(この謙虚さこそが、ワイルドホイールの美徳だ)
小さく笑うレッドショット。自慢のボディーガードがいる、そんな幸運に心から感謝する。
ボウリングに関して、レッドショット自身は趣味でたしなむ程度だ。『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』の大会はたまに見るが、技術的にどうこうを評価できるレベルではない。
なので、ワイルドホイールの意見はとても助かる。
「この『黒仮面』は、ディザスターよりも実力は上か?」
「ディザスターには及ばない。だが、世界大会でも通用する実力だと思う」
「それほどの実力者か。殺すのは少し惜しいな」
闇賭博のプロボウラーにスカウトすれば、かなりの活躍が期待できそうだ。
話の持っていき方次第では、ギャング団の親分や幹部たちの気が変わるかもしれない。金を生む奴なら、まずは生ませる。この『黒仮面』を殺すのは、こっちの預金通帳が十分に潤ってからでもいい。
(しかし、まずは捕まえないとな)
同じギャング団にいる他の連中は、すでに動き出している。『賞金稼ぎ』たちや『殺し屋』たちに、手当たり次第に声をかけまくっているようだ。
が、レッドショットの考えは違う。
現段階で最も優先すべきは「情報」だ。闇雲に探しても、『黒仮面』を捕まえることはできない。
今のところ、あの『黒仮面』は正体不明だ。つまり、仮面やスーツを脱いでしまえば、簡単に身を隠すことができる。
したがって、この件でまず押さえるべきは、『情報屋』たちだ。『賞金稼ぎ』たちや『殺し屋』たちではない。
レッドショットはすでに、めぼしい『情報屋』たちのネットワークを、いくつか押さえていた。
彼らへの依頼内容は大きく「三項目」。
まずは、『黒仮面』に関する「情報の収集」だ。有力な情報には、その価値に見合った追加報酬を支払う。
次に、他のギャングたちに対する「情報の攪乱」だ。こっちの『情報屋』グループに、あとから接触してきた奴らには、適度にウソの情報を混ぜろ。
とはいえ、血の気の多い連中が相手だから、あまり無理をするな。混ぜるのは小さなウソで十分。
もちろん、このことは秘密だ。口止め料を先払いしている。
(それでも、ばらす『情報屋』は出てくるだろうが)
その情報を聞いた奴は、おそらく黙っている。
そうするだけで、他の連中よりも優位に立つことができるからだ。小さなウソによって、見当違いなところを探している連中に、わざわざ本当のことを教えてやる必要はない。
ゆえに、口止めの事実は広がらない。
そして、三つめだ。
これは特に重要だと、レッドショットは考えている。
自分が押さえた『情報屋』たち。彼らに伝えた。「味方同士で足の引っ張り合いをするな」と。
といっても、彼らの間でライバル意識もあるだろう。仲良しこよしの関係は、最初からそこまで期待していない。
だが、「過度な競争は禁止」だ。これが三項目め。
目に余る『情報屋』がいれば、一回だけは警告してやる。
次に禁止事項を破ればどうなるのか、それを好きに想像しておけ。その貧しい想像力を、悪い意味で裏切ってやる。
レッドショットが見つめる先、画面の中でまたしても、シャンパンタワーが破壊された。次にウェディングケーキだ。
(こんなことが実行可能な奴か)
ワイルドホイールによれば、この『黒仮面』の実力は、ディザスターには及ばないらしい。
(となると、イギリスの提督でもないな)
あの二人の実力は伯仲している。
(そもそも体格からして違うか)
そのあとも、「こんなことが実行可能な奴」について考えてみるが、特に思いつかない。
が、しばらくして、「昔聞いた話」が頭に浮かんでくる。
あれは都市伝説のようなものだし、そんな人物が実在するのかはわからない。
しかし、念のためだ。
「『石版の王』という名前を、聞いたことがあるか?」
レッドショットの質問に、ワイルドホイールは静かにうなずいた。




