エッフェル塔(とう)か、凱旋門(がいせんもん)か(その二)
謎の飛行物体に気づいたのは、エスプーマだけではなかった。
空撮用ドローンを大量に飛ばして、ネット配信している会社もそうだ。この予選の様子をライブ中継していて、その存在に気づいたのだ。
空に何かいる!
視聴者たちも気づいたらしい。この件に関して、ネット上が騒がしくなる。
――ボウリングの玉を持っているようだが。
――あれも予選参加者なのか?
配信会社はすぐに動く。飛行しているドローンの一部を、謎の飛行物体へと向かわせた。
――何だ、あれは?
――飛行機? それとも、ハングライダー?
胴体部分は飛行機っぽいが、翼はハングライダーのように見える。
表面の光沢などから考えて、あの翼は金属でできているらしい。
また、その飛び方などから考えて、胴体部分にエンジンを積んでいると思われる。
謎の飛行物体の真横を飛びながら、ドローンの一機が映像にとらえた。
胴体の中央部分に、透明のカプセルがついている。
あれが、この乗り物の操縦席か?
操縦席にいる人物、その映像がインターネット上に流れる。
視聴者たちは驚いた。
あの『黒仮面』だ。日本で大学生たちのドミノを破壊していった、正体不明の人物。
ただし、その体は明らかに小さい。
どう考えても、ニセモノだろう。『黒仮面』のお面をつけた子どもが、この「金属のハングライダー飛行機」を操縦している!?
その子の方でも、ドローンの接近に気づいたらしい。
操縦桿から片手を放す。最も近くにいるドローンに向かって、手を振り始めた。
そんな様子に、視聴者たちの一部が思い出す。
あの『黒仮面』も大学生たちのドミノを破壊したあと、カメラマンたちに向かって、手を振っていた。まるでファンサービスでもしているかのように。
ただの模倣か。それとも、この子は本物の『黒仮面』と何か関係があるのか。
こうしている間も、「金属のハングライダー飛行機」は飛んでいく。
その先にあるのは、『エッフェル塔』だ。さらに先には、『凱旋門』もある。
今のところ、どちらにもまだ、予選参加者たちはたどり着いていない。
次の瞬間、空撮用ドローンが声をひろった。
「翼よ、あれがパリの灯だ!」
子どもの声ではない。大人の声だ。
声の主は、操縦席にいる方じゃない。この飛行物体にぶら下がっている人物だ。胴体部分の下にある棒をつかんでいる人物。
機体が急降下を始める。
インターネットで視聴している者たちは思った。
この辺りから高度を下げるということは、狙いは『エッフェル塔』か。『凱旋門』までは、まだ距離がある。
謎の飛行物体を追って、空撮用ドローンも次々と高度を下げていく。
カメラの一つが、ぶら下がっている人物をとらえた。
えんび服を着た老紳士だ。白い蝶ネクタイをつけている。レトロなデザインのゴーグルで、両目を風から保護していた。
視聴者たちは思う。あの老紳士、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』の世界で見た記憶がないような・・・・・・。
そんな中、配信会社のスタッフが気づく。大会運営委員会からもらっていた資料に、顔と名前が載っていたのだ。
マイクを通して、インターネット上に直接叫ぶ。
「あの人物も『西ヨーロッパ予選A』の参加者です! フランス人のギルベール卿!」
それを聞いて、フランス人の視聴者たちは喝采を上げた。
このギルベール卿がどういう人物なのかは知らないが、この挑戦に期待する。『エッフェル塔』のドミノを倒すのは、やはり地元の人間であって欲しい。
ギルベール卿をぶら下げた「金属のハングライダー飛行機」が、さらに降下していく。
迫りくる影に、『エッフェル塔』の警備員たちも気づいた。大空からの奇襲に騒ぎ始める。
予選参加者たちは大通りから来るに違いない、そう考えていたので、そっち側の警備は厚いが、それ以外の警備は薄い。そこを突かれた。「金属のハングライダー飛行機」が悠々と低空飛行をしながら、『エッフェル塔』へと向かってくる。
機体が目指す先には、大量のドミノがあった。ここのドミノは、その一つ一つが「世界的に有名な絵画」になっている。全部で二〇種類だ。
さらに高度を下げる「金属のハングライダー飛行機」。
靴底が地面すれすれの位置まで来ると、ギルベール卿が投球体勢をとった。
ただし、体の右半分だけでだ。
左手では握り続けている。胴体部分の下にある横棒を。
通常のボウリングではあり得ない投球体勢だ。
が、これぞ、新ルールの『DCB』。
ドミノを倒したあとの「逃走」を考えれば、左手の横棒は放せない。こうしておけば、すぐに上空へと逃げることが可能。
ギルベール卿の右手から、ボウリングの玉が離れていく。
この直後に、操縦席にいる子どもが、操縦桿を手前に引いた。「金属のハングライダー飛行機」が上昇を開始する。
周囲にいた空撮用ドローンは、二手に分かれた。
一方が、ボウリングの玉を追いかける。
もう一方は、上昇を開始だ。「金属のハングライダー飛行機」を追跡する。
ボウリングの玉がものすごい勢いで、地上を転がっていく。
あんな体勢からの投球なのに、コントロールは悪くない。『エッフェル塔』の真下に並んでいるドミノへ、一直線に向かっていく。
そして、命中!
大量のドミノが空中へと跳ね飛ばされていく。『ドミノ・クラッシュ』開始だ。
最も高く飛んだドミノの一つが、「金属のハングライダー飛行機」がいる場所まで届いた。
ギルベール卿は右手で、それをキャッチする。
空撮用ドローンの方に、取ったドミノを向けてきた。
そこに描かれているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』だ。
地上では、ドミノが次々と倒れていく。すでに七割以上が地に伏せていた。
一方、空撮用ドローンが再び、操縦席の子どもを映す。
片方の手を操縦桿から放して、グーをつくっていた。眼下の『ドミノ・クラッシュ』を喜んでいるらしい。
そのあとグーをパーにすると、いきなり『黒仮面』のお面を外した。
青い目をした美少女が現れる。
彼女はギルベール卿の孫娘、リリエット嬢だ。
両目と口とが、いたずらっぽく笑っている。今日はおじいちゃんの「お手伝い」だ。たくさんのドミノを倒したことだし、これで「おじいちゃんの世界大会出場」は決まったも同然。
リリエットの操縦により、「金属のハングライダー飛行機」が高度を上げながら、『エッフェル塔』から遠ざかっていく。
相手が空中にいるので、地上にいる警備員たちは「お手上げ」だ。
それから一分後。
今度は『凱旋門』で動きがある。
スペインの料理人エスプーマが、『ドミノ・クラッシュ』に成功したのだ。『凱旋門』に一番乗りして、そこにあったドミノの過半数を、ボウリングの玉で蹴散らした。
ただし、ギルベール卿と違って、エスプーマは地上を逃走中だ。
当然ながら、『凱旋門』にいた警備員たちは、エスプーマを追いかける。
彼らの数人が、バイクにまたがった。すぐさま走り出す。
片や、逃げるエスプーマは自転車だ。
スピードの差は明らかで、バイクがぐんぐん差を縮めてくる。
ドミノを倒して、まだ二〇秒も経っていないのに、この有様だ。警備員に捕まれば「失格」になる。世界大会出場は風前の灯火か?
ここでエスプーマは「秘密兵器」を使う。ペダルをこぐのをやめると、これまで温存していたスイッチを押した。
自転車内部のモーターが起動する。
警備員たちの手が、今まさにエスプーマに届こうとしたところで、
「超加速っ!」
自転車が猛烈な速度で直進する。前面にある大きな「かご」、そこに入っている花をまき散らしながらだ。
あっという間に、道の先へと消えていくエスプーマ。
バイクに乗った警備員たちは、唖然とするしかない。
しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
まだ時間はあるのだ。
逃走成功までに必要な時間は、残り四分三十三秒。
すぐさま無線を使って、他の観光地にいる警備員たちに連絡をとる。協力を要請した。
「これはパリ全体を使った『鬼ごっこ』だ。捕まえる対象はエスプーマ。くり返す。捕まえる対象はエスプーマ。『凱旋門』で『ドミノ・クラッシュ』したあと、東へ逃走中だ。先回りを頼む」




