エッフェル塔(とう)か、凱旋門(がいせんもん)か(その一)
フランスの首都、パリ。
先ほど「競技開始の号砲」が鳴った。『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』の「西ヨーロッパ予選A」だ。
パリにある観光地、そのいくつかに現在、大量のドミノが設置されている。
それぞれの観光地にあるドミノの数は、予選参加者たちに前もって公表されていた。
世界大会に進むことができるのは、ドミノを倒した数の多い順に決まる。
ただし、ドミノを倒したあとは、「五分間の逃走」が必要だ。もしも、大会運営委員会が用意した「警備員」に捕まれば、その時点で「失格」になる。
ドミノが複数の場所に設置されていることから、次のようなことも可能だ。「ドミノを倒す」→「五分間の逃走」→「ドミノを倒す」→「五分間の逃走」。
この場合、「逃走」が「別の場所への移動」も兼ねることになる。
そうやって複数の場所を回れば、多くのドミノを倒せそうだが、他の参加者たちも、同じことを考えているに違いない。
だから、「最初に、どの観光地を狙うべきか」が重要になる。
それについて、参加者たちの多くが、今日まで考えてきた。
そして、先ほど「競技開始の号砲」が鳴った。
複数あるスタート地点から、参加者たちが一斉に出発する。パリの街中を車やバイク、自転車で移動し始めた。
三〇秒ほどして、いくつかの方向に散らばっていく参加者たち。
最も多くの参加者たちが向かっているのは、『エッフェル塔』だ。参加者全体のおよそ半分が、そこを目指している。
その理由は単純だ。『エッフェル塔』の真下にあるドミノは、他の観光地の三倍以上。
ただし、多いのはドミノの数だけではない。警備員たちの数も最大だ。ドミノを倒しても、警備員に捕まれば「失格」になる。世界大会には進めない。
しかも、『エッフェル塔』を目指す参加者たちの数は、予想よりも多いようだ。当然ながら、激戦は避けられない。
この「真っ先に『エッフェル塔』へ向かう」という決断。はたして、吉と出るか、凶と出るか。
パリ上空を現在、いくつものドローンが飛んでいる。参加者たちの様子を空撮していた。
突如として、街中に出現した参加者たちの波。それらの波の中で最大のものが、『エッフェル塔』へと移動していく。
しかし、その波がすぐに崩れ始めた。
参加者たちによる激しい戦いが始まったのだ。
そもそも、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』では、ドミノのある場所に先にたどり着いた方が有利だ。
それゆえ、その道中においては、足の引っ張り合いが当たり前になる。
現場に着いてからでは、間に合わないかもしれない。そこにドミノは残っていないかもしれない。
だから、早めに仕掛ける。
そういう者が一人でも出れば、それに続く者たちが連鎖的に増えていく。足の引っ張り合いが加速した。
そんな状況にあって、少しは冷静な者たちもいる。
彼らは選んだ。「一時的に共闘する」という選択肢。
どうせ、『エッフェル塔』の前では、混戦になるのだ。それまでは体力や気力の消耗を、可能な限り抑えたい。ある程度まとまった人数で動けば、いくらかは雑魚を無視できるはず。
また、未だ姿を見せていない『提督』の存在が気になっていた。『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』において、世界屈指の実力者だ。
もしも『提督』が『エッフェル塔』を狙っているとしたら、自分たちが個別に戦っても勝ち目はないだろう。
だから、今は共闘する。これが「最善の選択肢」に違いない。
そう考える者たちが一塊になって、パリの大通りを進んでいく。大きな集団なので、さすがに目立つ。
これが他の者たちに影響を与えた。このままではまずい。あの集団に、「『エッフェル塔』にあるドミノ」を根こそぎ奪われてしまう。
そうはさせない!
すぐさま第二、第三の集団が生まれる。先頭を走る集団を、全速力で追いかけた。
その結果、『エッフェル塔』よりもかなり手前で、集団同士が激突する。
同時刻、一人の男性が路地裏で自転車をこいでいた。
自転車の前面には、大きな「かご」がついている。中には、大量の花とボウリングの玉が入っていた。
(早めに予定を変更して正解だったね)
男性の名前はエスプーマ。スペインの料理人だが、『DCB』のプロ選手という顔も併せ持つ。
エスプーマは最初、『エッフェル塔』を目指すつもりだった。
しかし、スタート直前になって、その予定を変更した。今は『凱旋門』に向かっている。
その理由は「勘」だ。何か妙な予感がする。
こういう時は、自分の勘を信じることにしていた。
だから、『凱旋門』を目指している。そっちの方が、正解のような気がしていた。
路地裏から表通りに出るエスプーマ。自転車のペダルを全力でこぐ。
急いだ方がいい。今や『エッフェル塔』方面は激戦区だ。
となると、必ずこう考える者たちが出てくる。
――このまま『エッフェル塔』に向かっても、大きな成果は期待できない。
そんな者たちが、作戦を変更して次に向かうとしたら、おそらく『凱旋門』だ。そこが『エッフェル塔』から一番近い。
(混戦になる前に、勝負を決めたいね)
しばらくはまっすぐな道が続く。自転車で走りながら、『エッフェル塔』の方へ視線を飛ばすエスプーマ。
あの真下は静かだ。参加者たちはまだ到着していない。
では、先頭集団はどの辺りにいるのか。
それを確かめようとした時だ。
エスプーマは異様なものを見つけた。
空に何かいる。銀色の飛行物体だ。
自転車をこぐスピードを緩めて、エスプーマは目を凝らす。
あれは飛行機だろうか。胴体部分は飛行機のようだが、翼はハングライダーのようだ。
そんな謎の飛行物体に、誰かがぶら下がっている。片方の手で、胴体部分の下にある横棒をつかんでいた。
そして、もう片方の手には・・・・・・。
エスプーマは直感する。
あれは参加者の一人だ。
なぜなら、ボウリングの玉らしき物を持っている!
その狙いは、『エッフェル塔』だろうか。
しかし、『凱旋門』の可能性もある。この二つは距離的に近いのだ。ひょっとしたら、両方を狙ってくる可能性も・・・・・・。
(誰だか知らないけど、急いだ方がいいね)
エスプーマは視線を前に戻す。ペダルをこぐ足に力を込めた。
この競技、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』では、最初に現場にたどり着いた者が有利になる。




