最速の矛(ほこ)フェルディナント(その一)
試合時間は追加時間を残すだけとなった。
芝の上をボールが走る。
南米の巨大サッカー場が大歓声に揺れていた。スタンドからの熱狂的な応援が、熱帯豪雨のようになって、フィールドに降り注いでいる。
試合は大差がついていた。四点差だ。もはや勝敗は覆らないだろう。
それでも、劣勢のチームは最後の攻撃に出ていた。
いかに敵地とはいえ、なすすべなく負けるわけにはいかない! 自分たちを応援してくれるサポーターたち、このサッカー場まで遠征してきてくれたサポーターたちのために、何が何でも一点をとる!
ここにきて、電光石火のパス回しだ。サッカーボールが面白いようにつながる。前線へと白い稲妻が突き進んでいく。
この試合中ずっとそうだった。ゴールへの道はそこまで険しくない。味方が放ったシュートは、三〇本以上だ。
なのに、得点がまったく入らなかった。
なぜなら、相手ゴールの前には奴がいる。
赤いフェイスガードをつけた男。元ドイツ代表のゴールキーパーで、今年から南米のチームに加入した。
「サイバッハ! サイバッハ!」
攻められている側のサポーターたちが、満面の笑みで叫んでいる。
このゴールキーパーは数年前、サッカーの試合中に大怪我を負った。そのあと長いリハビリ生活に入り、今年ようやくフィールドに帰ってきたのだ。
復帰の噂が出た時、このサッカークラブが一番に動いた。で、獲得に成功。
この守護神がいる限り、味方のゴールは難攻不落だ。
今シーズン、ここまで無失点を続けている。そのことが相手チームに、かなりの心理的重圧を与えていた。
「サイバッハ! サイバッハ!」
その声に負けじと、アウェーチームのサポーターたちも全力で声を出す。
すでに今日の勝利はあきらめた。が、とにかく一矢報いてくれ。一点だ、一点!
芝の上をボールが走る。ゴールに向かってひた走る。
ただし、そこにはサイバッハがいる。その異名は『皇帝巨神』。
試合中にわかった。この『皇帝巨神』に、小技は通用しない。こざかしいテクニックは無意味だ。
あの男から得点を奪いたければ、正攻法でいくしかない。力勝負だ。
とにかくゴールに近づく。
限界まで近づいてから、渾身の一撃を放つのだ。あの難攻不落の番人を、全力で打ち破る!
立ちはだかる『皇帝巨神』。
その威圧感にひるまずに、相手チームの選手は限界まで近づいた。
(ここだ! ここが限界!)
全力疾走からの、渾身の一撃を放つ。
だが、次の瞬間、サッカーボールは『皇帝巨神』の左手にあった。
しかし、完全な捕球ではない。その左手からボールがこぼれる。この試合中に一度もなかったことだ。
力勝負に持ち込んだかいがあったらしい。これはチャンスとばかりに、相手チームの足が殺到する!
が、一番速かったのはサイバッハだ。
今のシュート、完全捕球しなかったのには、理由がある。
――この試合は、五対ゼロで終わらせたい。
「うちのエースの顔が、そう言ってるんでな」
サイバッハの蹴ったボールが、相手ゴール前へと飛んでいく。
そこに突き進むのは、若い黒人選手だ。
こちらも今シーズンから、このチームに加入した。ただし、サイバッハと違って「新人」だ。
――まずは、地元でがんばるよ。
そう言って、世界中からの高額オファーを断ると、このチームに入ったのだ。
そのため、スタンドには今もいる。世界中から集まったスカウトたちだ。彼らの目が光っている。フェルディナントに熱い視線を向けていた。
いかにサイバッハが鉄壁でも、サッカーは「守備」だけで勝てる競技ではない。
このチームの「攻撃」の中心が彼だ。若手選手のフェルディナント。
快足からの高速シュートに加えて、変幻自在のプレイスタイルで、フィールドを颯爽と駆け回る。その異名は『大地の風神』。
相手チームのディフェンダーは、懸命に足を伸ばした。
が、軽やかにかわされる。
たまらず手が出た。反則覚悟で止めにかかる。
が、つかんだのは風の残滓。
風の分身を置き去りにして、フェルディナントが相手ゴールを目指す。
サポーターたちは熱狂した。
「フェルディー! フェルディー!」
さらなる得点を狙って、『大地の風神』が疾走する。
シュート体勢はほんの一瞬だった。
次の瞬間には、突風がゴールを吹き抜けている。相手キーパーはまったく反応できない。
五点目が決まった。
試合終了のホイッスルが高々と鳴り響く。最終スコアは五対ゼロだ。その全得点を、この『大地の風神』が叩き出した。
けれども、今日の見せ場は、これで終わりではない。
フィールドの中央で、『大地の風神』は『皇帝巨神』とハイタッチをすると、
「さて、次の予定だ」
フェルディナントには、サッカー選手とは別に、もう一つの顔がある。




