最速の矛(ほこ)フェルディナント(その二)
チームのマネージャーからマイクを受け取ると、まずは「サッカーへの愛」、「相手チームへの敬意」、そして、「サッカーファンに向けての感謝」を、フェルディナントは手短に告げた。
その間に、サイバッハがサッカーボールを二つ、彼の足元にセットする。
特別なボールだ。『世界DCB協会』のステッカーが貼ってある。
このフェルディナント、二足の草鞋をはく男だ。プロのサッカー選手であると同時に、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』のプロ選手でもある。
昨年行われた若手の世界選手権では、日本の新星「島原ヒミコ」との激闘を制して優勝している。
だから当然、今度の世界大会にも出場すると思われていたのだが・・・・・・。
「みんなの中には、知っている人もいると思う。今度の世界大会、その南米予選の一つが、この時間に行われている」
なのに、フェルディナントはサッカーの試合を優先した。チームの勝利を優先したのだ。
とはいえ、今すぐ駆けつければ、間に合うかもしれない。
なにせ、予選の会場になっているのは、このサッカー場の隣だ。大きな公園。
しかも、その予選は五分前に始まったばかりだ。
公園中央の高台に並べられた大量のドミノを、多く倒した者から順に、世界大会への切符を得る。
なお、高台のドミノを倒しても、その時点で「勝ち抜け」ではない。
ここで新ルールの登場だ。「五分間の逃走」が必要。
もしも警備員に捕まれば、「失格」になる。世界大会への切符は手に入らない。
このサッカー場の隣にある公園では今、大勢の参加者たちが高台に向かっていた。
すでに予選は始まっている。ドミノは有限。誰が倒すのかは、早い者勝ちだ。
そんな一刻を争う状況なのに、フェルディナントはサッカー場の中央でマイクを握り続けている。
「先日、『世界DCB協会』から連絡があった。『特別推薦枠』の一人が、僕に決まったと」
それなら、すでに世界大会の出場は確定している。サッカーの試合に出ても、まったく問題ない。
「でも、断った」
フェルディナントの意外な発言に、サッカー場がざわつく。
聞き間違いかなと、多くの者たちが考えた。
だって、彼は茶目っ気のある表情をしている。だから、今のは冗談かも。
しかし、フェルディナントが「辞退の理由」を口にする。
「楽しみが減っちゃうからね。せっかくだし、僕は予選から勝ち上がりたい。ただし、『特別推薦枠』を辞退するのと引き替えに、二つの『わがまま』を聞いてもらった」
その一つが、予選の会場だ。このサッカー場の隣にある公園にして欲しい。予選の開始時間も指定した。
で、もう一つが、予選で使用する玉だ。今回はボウリングの玉ではなく、サッカーボールを認めて欲しい。
このような『わがまま』、普通なら『世界DCB協会』に無視されるだろうが、昨年行われた若手の世界選手権で、フェルディナントは優勝している。
そのことが大きく作用したのか、
「僕の『わがまま』に、彼らはつき合ってくれた」
フェルディナントの足元には今、二つのサッカーボールがある。その両方に、『世界DCB協会』のステッカーがついていた。
「じゃあ、挑戦開始と行こうか。本気で集中したいから、悪いけれどみんな、心の中で応援して欲しい」
フェルディナントがボールから距離をとった。
と同時に、サッカー場の大画面に、公園の様子が映し出される。
公園中央にある高台には、大量のドミノが並べられていた。ドミノの一つ一つが、さまざまな国旗だ。どれもサッカーの強豪国ばかり。ただし、この国の国旗はないようだ。
「あそこに並んでいるサッカー強豪国の国旗を、まとめて倒す」
そう宣言すると、芝生の上にマイクをそっと置くフェルディナント。
で、助走を開始した。
見守る者たちは、心の中で応援する。
とはいえ、半信半疑だ。
このサッカー場に来る時、あの公園を通った。国旗ドミノがある高台までは、ここから五〇〇メートルはあるだろう。非常に難しい挑戦だ。
衆人環視の中、助走してきたフェルディナントが、ボールを蹴り上げる。強く、そして、軽やかに。
スタンドの視線が一斉に動いた。サッカー場の外に向かって。
ボールが遠ざかっていく。
それが非常に小さくなると、スタンドの視線は大画面に集まった。
大画面に映し出されているのは、公園の高台だ。大量のドミノが並んでいる。ドミノの一つ一つが、サッカー強豪国の国旗だ。
それらのドミノを守るように、高台の周囲には警備員たちが配置されている。三〇人以上がいた。
この時、予選に参加している者たちは、まだ誰一人として、あの高台にたどり着いていなかった。
勝ち抜ける人数が決まっている以上、共闘するにも限界がある。小集団同士による、「足の引っ張り合い」が起きていたのだ。
そんな下界の争いを無視して、サッカーボールが飛んでいく。
予選参加者たちの一部が気づいた。謎のボールが高台に向かって飛んでくる!
「あれはまさか、フェルディーか!」
この国の『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』において、最強の存在だ。プロのサッカー選手であると同時に、『DCB』のプロ選手でもある。
彼が隣のサッカー場にいること、そこで試合をしていることは、参加者たちの多くが把握していた。
だから、少しは警戒していた。「試合終了後に、この公園に駆けつけてくるのではないか」と。
フェルディナントの異名は『大地の風神』だ。あの快足を飛ばせば、最後尾からの「ごぼう抜き」もあり得る。ひとたび追い抜かれたら、彼を抜き返すことはできない。
それで後方を注意していたのに、まさかの空中だ。フェルディナントによる奇襲!
参加者たちの数人が、思わず足を止めた。
上空のサッカーボールを目で追いかける。美しい軌跡だ。さすがフェルディー。あれを止めるのは不可能だろう。
その判断は正しく、『大地の風神』が蹴ったサッカーボールは数秒後、高台のど真ん中に着地した。
ド派手な衝撃によって、ドミノが吹っ飛んでいく。サッカー強豪国の国旗が無数に、空中を乱舞していた。
ぱっと見にもわかる。フェルディーがやりやがった。残っているドミノは、ほんのわずかだ。
サッカー場の方から、大歓声が聞こえてくる。
とはいえ、新ルールでは、ドミノを倒しても、そこで終わりではない。「五分間の逃走」が必要。
警備員たちの半分以上が、サッカー場に向かって走り出した。




