其之拾壱 1月6日 オレ、逃げ出した後 悪戦苦闘。
全快すると、驚くほどオレの体は軽かった。
ソウと遊ぶのも大事だが、もう少し親孝行してもいいんじゃないか。
そんなことを思ってしまった。
「母さん、何かやることねえ? ちょっと体動かしたい気分なんだけど」
「そお? ムリはしなくていいからね。
じゃあ、本堂の押入れの座布団。陰干ししてくれる?」
オレは頷いて、ソウを無理矢理連れ出した。
本堂に連れて行って平気か少し迷ったが、まだあと四日ある。
今更何か起きることもねえだろ。
大きな押入れの襖を開けると、白い座布団が餅みたいに重ねて積んであった。
「ヤスがこういう手伝い、自分からするの珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「別にどうってことねえよ。新しいゲームを思いついただけだ」
寺特有の長い板敷きの廊下、広縁。
中に入るためのバッファーゾーンみたいなもんだな。
天気がいい日にひなたぼっこをするには、ちょうどいいぜ。
餅がよく膨らむように並べてやると、何か大仕事をしたような気分になった。
板敷きはまだ冷気を靴下越しに伝えてくる。
でも、白い浮島を歓迎しているみたいだった。
座布団が入っていた反対側の押入れには、来客用の布団が半分より上の高さまで積んであった。
「ソウ、こっち来いよ。今日はここでゴロゴロしようぜ」
「えっここで? 後で怒られない?」
「構いやしねえよ。それとも暗いから怖いのか?」
「……そんなことは。ない、よ」
スーッ。パタン。
「やっぱり二人で入ると狭いな。ギリギリだな」
襖の隙間から細く光が差し込んでいるのに、中は真っ暗だった。
セントラルドグマってこんな感じか?
って、おらほは第三新東京市じゃねえけどよ。
「あはは、それは仕方ないよ。俺は背中がちょっとしんどいかな」
ソウは軟弱なくせに、結構身長がある。
ほとんど同じもんしか食ってないはずなんだけどな。
なんでオレはソウより背が低いんだ?
「そういえば、今年はまだ花びら餅食ってねえな。ケンジに作ってもらうかな」
「おらほはくるみ餅も有名だし、和菓子天国だよね。俺はやっぱり、あんこが好きだけど」
「おお、汁粉もいいな。って、ワリィ。食いものの話ばっかりして……」
ソウがあんまりにも普通だから。
オレは、忘れそうになってしまう。
食べられないってことを。
「俺は気にしてないよ。お腹が減る訳じゃないしね。
ああでも、食べられる方法。思いついたかも」
「……お供え以外の方法、あるのか?」
ソウが食べたのは、ばあちゃんにお供えしてあった蜜柑だけだ。
知ってるか?
仏さんっていうのは、香りを食うんだぜ。
じいちゃんから聞いた話だけどな。
たぶん寺の息子じゃなかったら、ずっと知らなかっただろうな。
「ヤスが食べて、口移ししてくれればいけるんじゃない?」
「は? んなこと出来るか、このバカ!」
ポコッ。ポコッ。
「なに想像しちゃってるの? 冗談に決まってるだろ」
「お前の冗談は、冗談に聞こえねえんだよ!!」
ポコッ。ポコッ。ポコッ。
危ねえ、危ねえ。
心の経典がなかったら、オレはコイツに押し倒されていたかもしれん。
オレはノーマルだ。童貞だ。
貞操は守らなくては。
「あ、今。何か聞こえなかった?」
「何も聞こえないぞ?」
チュッ。
「……ソウ。お前、今なにやった!?」
「俺はなにもしてないよ」
「本当か?」
チュッ。
「嘘つけお前ー!!」
ポコッ。ポコッ。ポコッ。
「待って! 俺本当に何もしてないって!」
「……嘘は。ついてなさそうだな」
オレはわりと嘘をつくが、ソウはそういうことはしねえな。
その代わりに、相手が嘘をつけないように巧妙に追い込むタイプだぜ。
どうやってかって?
それはだな。
チュチュッ。
チュッ。
「ネズミだ! ソウ、ネズミがいる!!」
「ちょっとヤス! 急に押さないでよ……!」
ポコッ。ポコッ。
チュッ。
スパン!
ネズミは田舎において当たり前の動物だが、寺においては特級指定害獣だ。
大事な経文を齧られてしまう。
オレは慌ててオカンに教えに言ったが、逆に問い詰められて困った。
押入れなんかで一体、何をしていたのか。
答えられるわけもない。
ポコッ。ポコッ。ポコッ。
オレはその日初めて、心の経典で自分を叩いた。
ソウをこの世に留めるには、するしかないのか。
だとしたら、オレは。やるしかないのか。
ポコッ。ポコッ。ポコッ。
いやいや。
そんなの確証もねえし、幼馴染じゃなくなっちまうだろ。
ソウは家族だと思っちゃいるが、そういう対象じゃねえだろ。
ポコッ。ポコッ。ポコッ。
いやでも、待てよ。
ソウのやつはそういえばどうなんだ。
ソウの口から彼女が欲しいだとか、気になる子がいたとか聞いたことねえな。
男同士でそもそも、あんまり恋愛の話とかしねえしな。
もし、そっちの方だったら。
オレはソウを全然理解してやれてなかったことになるな。
それは、正直あんまり考えたくねえな。
でも一応、聞いてみるか?
……って、聞けるかドアホが!!!
ポコッ。ポコッ。ポコッ。
クソ。
全然、雑念払えねえじゃねえか!
本当にコイツは、代々続く伝家の宝刀なのかよ。
なあ、親父。
オレはその日、デコが膨らむんじゃねえかって気がするまで叩き続けた。
ちなみにソウはお説教が長いと見越して、オレが干した座布団の上でグリコをしていたらしい。
なんでそんなにノーテンキなんだ。
バカバカしくなってやめたのは、その話を聞いた翌朝だった。
そもそもソウが今ここにいるのは、コイツ自身のノーテンキさが成せる技なのかもしんねえな。
だとしたら、オレがやれることなんて何もねえ気もするな。
見よう見まねの祈祷は、効果なかったしよ。
どうすればいいんだ、オレは。
こんな時アンタならどうする?
って、オレはアンタに聞いてばっかりだな。
悪い、気にしないでくれ。
ただ今は、そっとしておいてくれねえか。
真剣に考えたいからよ、悪いな。




