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第四十三章 子供たち


 子が生まれた。

 男の子。——日子八井命ひこやいのみこと

 泣き声が——大きかった。五瀬命いつせのみことのように。宮じゅうに響いた。

「声がでかい」

「良い子です」

 イスケヨリヒメが汗だらけの顔で笑った。音が増える笑い方で。——子供の泣き声まで音の一つにして笑った。

 抱いた。——左手で。右手も添えた。薬指と小指がだいぶ動くようになっていた。両手で抱ける。

 温かかった。——子供は温かい。生まれたばかりの体は全部が温かい。どこの血が、ではない。全部の血が混じって、温かい。

 もう一人生まれた。翌年。

 神沼河耳命かむぬなかわみみのみこと

 こちらは——静かだった。泣き声が小さい。目を開けて、じっと周りを見ている。

「この子は——あなたに似ている」

「俺に?」

「聞いている顔をしている。——生まれたばかりなのに」

 聞いている顔。目を閉じて、首を少し傾けて。——吾平津媛あひらつひめが「聞いてる顔が好き」と言ったあの顔。息子がしている。

 二人の子供に——五つの血が入っている。

 天。ニニギの血。天から降りた者の血。

 地。コノハナの血。花の名の女の血。短い命の血。

 海。豊玉姫とよたまひめの血。海の底の女の血。

 地の道。大国主命おおくにぬしのみこと和魂にぎみたま大物主おおものぬしの血。イスケヨリヒメを通して。

 そして——人の血。吾平津媛あひらつひめの血は直接には入っていない。しかし多芸志美美たぎしみみの中にある。多芸志美美たぎしみみはこの子たちの兄だ。同じ父の子だ。——兄の中にある海人あまの血が、この家系の一部になっている。

 全部が——一つの家にある。

 年月が流れた。

 子供たちが走った。盆地を。畝傍山うねびやまの麓を。田のあぜを。水路の端を。

 日子八井ひこやいは——声がでかかった。走りながら叫ぶ。何を叫んでいるか分からない。意味のない声で。しかし明るい声で。——五瀬命いつせのみことの声に似ていた。会ったことのない大伯父の声に。

 神沼河耳かむぬなかわみみは——静かだった。兄の後ろを走る。兄が叫ぶのを聞いている。聞いてから動く。——俺に似ている。末の子の走り方。聞いてから動く走り方。

 多芸志美美たぎしみみが——子供たちと遊んでいた。

 異母弟たち。年が離れている。——多芸志美美たぎしみみは父というより叔父のような距離で子供たちに接した。肩に乗せて歩いた。船の操り方を教えた。水路に笹の葉の船を浮かべて競争させた。

 良い兄だった。——あの複雑な顔は、婚礼の夜だけだったのかもしれない。あるいはまだ奥にあるのかもしれない。——分からない。息子の心は、父には聞こえない。

 聞こえないことを——受け入れる。全部は聞こえない。全部は聞こえなくていい。

 国が——動き始めた。

 田が増えた。水路が伸びた。道が——長くなった。

 大国主命おおくにぬしのみことが作った道の上に、新しい道が重なった。足跡が重なった。——俺の足跡。兵だった男たちの足跡。降った者たちの足跡。

 長髄彦ながすねびこうねは——残っている。踏まなかった。誰かが続きを耕し始めた。降った兵の一人が。長髄彦ながすねびこうねの隣に、新しいうねを作った。——続きから。

 あの男が聞いたら何と言うだろう。「信じられるか」と言うだろうか。——分からない。分からないが、うねは増えている。

 橿原宮かしはらのみやの前に——木を植えた。

 日向ひむかから持ってきた枝。コノハナの木の若枝。丘の上の木から、出発の前に折って持ってきた。十八年間、船に積んで、山を越えて、ここまで持ってきた。

 枯れていなかった。——枝を水に差しておけば、根が出る。花の血を持つ木は、しぶとい。短い命だが——根を出すのは速い。

 植えた。宮の前に。——根を出した枝を、大和やまとの土に。

 日向ひむかの木が——大和やまとに根を張る。曾祖母そうそぼの木が。花の木が。

 子供たちが木の下で遊んでいた。まだ小さい木。花はまだ咲かない。何年か経てば咲くだろう。

「この木は何?」

 日子八井ひこやいが聞いた。声がでかい。

曾祖母そうそぼの木だ。——日向ひむかから持ってきた」

「花が咲くの?」

「咲く。——薄桃色の花が。もう少し待て」

「待てない。——早く咲いてほしい」

「待て。——花は急がせても咲かない」

 神沼河耳かむぬなかわみみが木の幹に手を当てていた。黙って。——何かを聞いている顔で。

「何が聞こえる」

「……分からない。でも——温かい」

 聞こえている。——この子にも。

 足の裏が温かい。毎日。

 温かさの意味が分かっている。——道が温められている。大物主おおものぬしが。大国主命おおくにぬしのみこと和魂にぎみたまが。

 その温かさの上に——子供たちの足跡が重なっていく。

 重なっていく足跡が——国になる。

〈第四十三章・了〉


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