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第三十五章 畝傍の麓


 戦後処理が終わった。

 論功を記した。降人を帰した。うねを残した。——次は何をする。

 宮を建てる。

 国を治めるなら——宮がいる。人が集まる場所がいる。総帥の陣ではなく、土地の真ん中に立つ家がいる。

 どこに建てるか。——俺が選ぶ。

 裸足で歩いた。

 草鞋わらじを脱いだ。盆地の土を、足の裏で直接踏んだ。

 多芸志美美たぎしみみが「何をしている」と聞いた。

「場所を探している」

「場所?」

「宮を建てる場所だ。——足の裏で」

「……またか」

「またか、とは何だ」

「父上は何でも足の裏で決める」

「足の裏が一番嘘をつかない」

「…………」

「三日くれ。——三日歩く。一番温かい場所を見つける」

「護衛は」

「要らない。一人で歩く。——足の裏は一人のときが一番よく聞こえる。人が隣にいると、その人の足音が混じる」

「……三日後に死んでいたら」

「そのときは——お前が場所を選べ。お前の目で」

 一日目。

 盆地の南から歩き始めた。磯城しきとりでの下から。北に向かって。

 足の裏に——大国主命おおくにぬしのみことの道がある。太い。日向ひむかの何倍も太い。この盆地の下に、大きな道が縦横に走っている。——国を作った神が歩いた道。まだ温かい。

 しかし温かさにむらがある。均一ではない。場所によって濃い場所と薄い場所がある。道が交差している場所が濃い。道が細くなっている場所が薄い。

 濃い場所を踏むと——足の裏が熱い。薄い場所を踏むと——温かい程度。その差を頼りに歩いた。温かい方へ。もっと温かい方へ。

 盆地の東側は——温かいが、水が少なかった。足の裏で水脈の音が聞こえない。山からの水が地面の下を通っている場所と、通っていない場所がある。水がない場所に宮は建てられない。人が暮らすには水がいる。

 盆地の北側は——水がある。山からの沢が何本も盆地に流れ込んでいる。しかし足の裏の温かさが薄い。大国主命おおくにぬしのみことの道が細くなっている。北の端は——道の端だ。

 二日目。

 盆地の西に入った。長髄彦ながすねびこの陣があった場所の近く。

 足の裏が——重かった。温かいが、重い。長髄彦ながすねびこの足跡がまだ残っている。あの男が何千回も歩いた冷たい層が、温かさの上に乗っている。——ここに宮を建てれば、長髄彦ながすねびこの畑の上に建てることになる。

 踏まない、と決めた。うねを踏まないと。——ここには建てない。

 二日目の夕方。盆地の中央に近づいた。

 畝傍山うねびやま。盆地の中央にそびえる山。低い山だ。しかし盆地の真ん中にあって、どこからでも見える。

 山の麓を歩いた。東の麓。南の麓。西の麓。——北の麓。

 北の麓で——足が止まった。

 温かかった。——今まで歩いた中で、一番。

 三日目。

 畝傍山うねびやまの北の麓に戻った。昨日足が止まった場所に。——もう一度踏んだ。裸足で。

 温かかった。——間違いなかった。

 大国主命おおくにぬしのみことの道が、ここで何本も交差している。南北の道と東西の道が重なっている。道の十字路。——一番太い場所。

 水が聞こえた。畝傍山うねびやまから流れ出る水脈が、地面の下を通っている。冷たくて澄んだ水。——人が暮らせる水。

 風が吹いた。——東から。山の隙間を抜けて、海の匂いを少しだけ運んでくる風。日向ひむかの海の匂いとは違う。しかし——海の匂いだ。母の匂い。遠い海の。

 大国主命おおくにぬしのみことの道と。山の水と。海からの風。——三つが重なっている場所。

 足の裏が——最も温かい場所。

「……ここだ」

 しゃがんだ。土に手をついた。左手で。——右手も添えた。まだ完全には動かないが、薬指と小指が少し曲がるようになっていた。

 土が温かかった。手のひらにも伝わる温かさ。足の裏だけではなく——手にも。

 この土を踏んだ者がいる。大国主命おおくにぬしのみこと。国を作った神。道を通した神。——幽冥かくりよに去った神。

 去ったのに——道だけが残っている。温かさだけが残っている。歩いた者がいなくなっても、歩いた道は消えない。

 ——俺もここを歩く。この道の上に。大国主命おおくにぬしのみことの道の上に、俺の足跡を重ねる。

 長髄彦ながすねびこうねの続きから、ではない。大国主命おおくにぬしのみことの道の続きから。

 陣に戻った。三日ぶりに。

 多芸志美美たぎしみみが立っていた。入口に。——三日間立っていたわけではないだろうが、そう見えた。

「見つかったか」

「見つかった。——畝傍山うねびやまの北の麓。道と水と風が重なっている場所」

「……足の裏で」

「足の裏で」

「いい場所なのか」

「分からない。——温かい場所だ。温かいことが良いことかどうかは分からない。しかし十八年間、足の裏の温かさだけを頼りに歩いてきた。最後もそれで選ぶ」

「…………」

「宮を建てる。——ここに」

〈第三十五章・了〉

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