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第三十四章 論功と降人


 戦が終わった。

 終わった、と記す。——正確に言えば「終えた」だ。終わったのではなく、終えた。長髄彦ながすねびこが死んで、抵抗する者がいなくなった。残ったとりでは門を開けた。開けないところは——弟磯城おとしきが回って開けさせた。「もう終わった。開けろ」と。

 大和やまとが——静かになった。

 数える。

 美々みみつを出てから——十八年。四十五で出た。今、六十三。花の血を持つ男の六十三歳。——残りが多いとは思えない。

 兵の数。美々みみつを出たとき八百。途中で増えて千五百。熊野灘くまのなだで減って千二百。宇陀うだで少し増えて千二百五十。大和やまとの戦で——

 今。千二百と少し。宇陀うだから磯城しきまでの戦死七人を引いた数。大きな戦は二度しかなく、一度は謀殺で味方の死者が出ず、一度は数で押した。——損耗が少ないのは、汚い手を使ったからだ。正面からぶつかれば、もっと減っていた。汚さが兵を生かした。そう記すしかない。

 失った者。十八年の全部を足す。

 岡田宮おかだのみやで三人。多祁理宮たけりのみやで十一人。高島宮たかしまのみやで二十三人。浪速なにわで三十七人。血沼ちぬの海で追加はなし。熊野灘くまのなだで百七十人と兄二人。熊野くまのの山で——毒で死んだ者はいなかった。宇陀うだ兄宇迦斯えうかし一人。忍坂おしさかで味方の戦死はなし。磯城しきで七人。長髄彦ながすねびことの最終戦はなかったので——直接の戦死はなし。

 病と事故で十八年間に——散発的に。正確な数は帳簿にある。

 兄。三人。五瀬命いつせのみこと稲飯命いなひのみこと三毛入野命みけいりぬのみこと

 全部足す。——足したくないが足す。記す係の仕事だ。

 論功を記す。

 功のあった者の名と、何をしたかを記す。帳簿に残す。——帳簿に名が残ることが、褒美よりも先だ。まず名を残す。褒美は後で考える。土地が安定してから。

 椎根津彦しいねつひこ。水先案内。

 速吸門はやすいのとで合流。渦の突破を導いた。浪速なにわの入り江を読んだ。撤退戦で操船をした。熊野灘くまのなだを越えた。——十八年のうち最後の三年を共にした。海峡から始めて、盆地の戦後処理まで。

 亀に乗って釣りをしていた男が——軍の目になった。俺の耳と、この男の目で、道を開いた。

 功。最大。——この男がいなければ全員沈んでいた。渦で。

 道臣命みちのおみのみこと。先鋒の長。

 日向ひむかから従軍した古参。弓兵の先鋒を十八年間務めた。忍坂おしさかの宴で——先頭に立って剣を抜いた。汚い仕事の先頭に立てる男は少ない。この男は立った。

 汚い仕事の功を記すのは——矛盾している。しかし記す。やった者の名を記さなければ——やらせた者の名だけが残る。やらせた俺だけが汚れるのは、椎根津彦しいねつひこが言った通り、きれいごとだ。全員で汚れた。全員の名を記す。

 大久米命おおくめのみこと久米くめの兵の長。

 久米歌を歌った男。忍坂おしさかの宴で——歌を合図にした。歌を武器に変えた男。この男の声がなければ、合図は通らなかった。

 歌を汚した。——日向ひむかの畑で歌っていた歌を、殺しの合図にした。この男は歌を汚したことを——何も言わなかった。何も言わない男は、何を思っているか分からない。分からないことは記さない。ただ功を記す。

 弟宇迦斯おとうかし宇陀うだの内応者。

 兄の罠を報せに来た。兄を売って土地を残した。——今は宇陀うだを治めている。南の門を守っている。

 功。門を開けた。——代償として兄を失った。功と代償が釣り合っているかどうかは、本人にしか分からない。

 弟磯城おとしき磯城しきの内応者。

 門を開けた。兄は生きている。畑に帰った。——宇陀うだとは違う結末。

 功。門を開けた。戦後、残ったとりでの門を回って開けさせた。——この男の顔が利いた。「磯城しきの弟が回っている」と聞けば、小さなとりでは抵抗する理由がなくなる。

 石押分之子いわおしわくのこ吉野よしのの山の民。

 飯が尽きた千二百人に魚を食わせた。山道を案内した。——戦には参加していない。しかし飯を食わせた功は、戦の功と同じだ。飯がなければ戦えない。戦えなければ勝てない。

 高倉下たかくらじ熊野くまのの男。

 布都御魂ふつのみたまを運んだ。夢を見ただけの普通の男が、千二百人の命を救った。——神ではない者の功。最も大きく、最も記しにくい。夢を見た功をどう量る。量れない。——ただ記す。この男がいなければ全員死んでいた。

 多芸志美美命たぎしみみのみこと。物見の長。

 俺の息子。——息子の功を記すのは難しい。

 船を作った。物見を率いた。渦の突破で最後尾を守った。熊野灘くまのなだで帆柱の修理を指揮した。山中行軍で飯を管理した。大和やまとで偵察を行った。——全部やった。全部やったが、目立たなかった。目立たないように全部やった。

 息子であり将である者の難しさを記す。

 多芸志美美たぎしみみは——俺の息子だから、功が割り引かれる。「総帥の息子だから重用された」と見る者がいる。——いるだろう。事実ではないが、そう見える。事実でないことが事実に見えることは——止められない。

 だから多芸志美美たぎしみみには大きな領地を与えない。功に見合った分だけ。——息子だから多く与えれば不公平だ。息子だから少なく与えても不公平だ。見合った分だけ。

 この判断が正しいかどうか——分からない。息子が納得するかどうかも分からない。

 降人の処遇を記す。

 長髄彦ながすねびこの兵は——四百いた。長髄彦ながすねびこが死んだ後、全員が武器を置いた。抵抗した者はいなかった。——主が死んで、さらにその主の邇芸速日にぎはやひが従うと言った以上、抵抗する大義がない。

 四百人を——武装解除した。弓と剣を取った。

 そして——田に返した。磯城しきのときと同じように。

「帰っていい。畑に戻れ。——うねはそのままだ。長髄彦ながすねびこが作ったうねは踏まなかった。続きを耕せ」

 うねを——踏まなかった。

 陣の中を歩くとき、兵に命じた。「うねを避けて歩け」と。うねの間の道を歩け。うねの上は——長髄彦ながすねびこの足跡がある。踏むな。

 兵は——従った。怪訝けげんな顔をした者もいたが、従った。うねを避けて歩いた。

 長髄彦ながすねびこの兵が——見ていた。帰る者たちが。うねを避けて歩く敵の軍を。

 何も言わなかった。——しかし、何人かは振り返った。振り返って——うねを見た。主が作ったうねが踏まれていないことを確認して——帰っていった。

 邇芸速日にぎはやひの処遇を記す。

 邇芸速日にぎはやひは——そのまま大和やまとにいる。追わない。殺さない。——天の子を天の子が殺すことはしない。

 ただし——実権はない。もともと実権は長髄彦ながすねびこにあった。長髄彦ながすねびこが死んで、実権の主がいなくなった。邇芸速日にぎはやひは名前だけの主に戻った。——降りたが根を張らなかった男。草を一本握って、屋敷にいる。

 記す。

 論功と降人。戦後処理。

 功のあった者の名を全て記した。——汚い功も、普通の功も、目立たない功も。全部。

 降った者は殺さなかった。田に返した。うねは踏まなかった。

 ——これで正しいのかは分からない。正しい敵を殺した後で、そのうねを踏まないことに意味があるのか。殺した者の畑を残すことが——償いになるのか。ならないだろう。

 ならないが——残す。うねは残す。踏まない。それだけは守る。

 長髄彦ながすねびこ。お前のうねは残っている。——誰かが続きを耕す。お前のうねの続きから。

〈第三十四章・了〉


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