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無能な陰陽師 ー平安時代 編―  作者: 餅月 響子
第 弐 章 ― 妖の出現―

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8/22

伍

 遠くの森の方からフクロウの鳴き声が聞こえていた。辺りは松明をつけなければ、何も見えないくらい真っ暗だ。目を凝らしてようやく、山にある神社の篝火が見えてくる。冷たい風が平安京の健礼門を吹きすさぶ。風に流されて、焦げ臭い匂いが漂ってくる。鼻が捻じ曲がるような嫌な臭いだ。


「どこからだ……」


 土御門康成に憑依した迅は、草履をこすり、辺りを見渡した。唇に人差し指をつけて息をふきかけた。杉の木に羽根を休めていた一羽のカラスが物音ひとつさせずに近づいてきた。


「何用だ……」

「何用って……俺の式神様でしょうよ」

「……おぬしの式神になった覚えがない」


 肩に両足を乗せて、羽根を整えるカラスは、機嫌悪そうに真っ暗な夜空を見上げた。


「じいちゃん、話が違うぞ」

『――――ああ?』


 宙に浮かぶ土御門康成の霊は鼻をほじほじさせて、あぐらをかいていた。


「このカラスはじいちゃんの式神だろ?」

『そ、そうだったかなぁ……』

「康成は妾《わらわ》の中でただ一人しかいない」

「肉体は康成だわ! 中身は違うけどよぉ。なぁ、じいちゃん」

『少々、扱いづらい式神でよぉ。すまん』

「ちゃんとしつけてくれよぉ」

『まぁ、待て……』


 康成の霊は、小川にぷかりと流れ浮かぶスズメの死体をフワッと念を使って浮かばせた。それを見た式神カラスは興奮のあまりに旋回する。


「それは妾のか?! 妾のものなのか?!」


 さっきまでの冷静さはどこに行ったのか。式神カラスは、目をハートにしてひょいっと飛んできたスズメの死体を美味しそうにかぶりついた。


「げー……気持ち悪い。しばらく、焼き鳥は食べられないな」

『そもそも、この時代で焼き鳥は食べていないだろうが……とりあえず、あいつはそれを食べたら落ち着くだろう』


 康成は、ため息をついて宙に浮かんだまま、様子を伺っていた。松明を持っていた迅は、式神カラスの食事姿を見つめて、嗚咽した。見たくもない姿を見て、衝撃だった。


『普段からニワトリ食べていただろう。スズメくらい似たようなものだろう』

「人間はスズメ食べないって。じいちゃん、勘弁してくれよ」

「康成……そやつは何者じゃ」


 げっぷをしながら、式神カラスは、満足したようで、霊の康成に声をかける。迅が憑依していることに少々納得ができていない。


『そいつは、わしの孫の孫だ。未来から連れて来たんだ。迅、そやつは式神カラスの獼猴桃《キウイ》だ。優しく扱っておくれよ』

「未来から……理解不能だ。頭の良い妾でも考えがつかない」

「お前、いけすかねぇやつだな……」

『まぁまぁ……』


 式神カラスの獼猴桃を手なずけてまた左肩に乗せると、ジロジロの迅の顔を拝み、頭をつんつんつついた。


「な、なにすんだ。痛いだろ?!」

「どれだけ頭が空っぽか確かめてただけだ」

「な、何をぉーー。お前とは仲良く喧嘩ができそうだな!? こら、待て。逃げるんじゃない」


 康成に憑依した迅は、頭をくちばしでつつく式神カラスの獼猴桃を右手をあげて追いかけた。すると、さっきまで真っ暗だった空間が橙色の炎で包まれていた。森の中から次々と炎が巻き上がっている。焦げ臭いは、これが原因だったのかもしれない。


「な、ど、どこから炎が来たんだ?! お前とじゃれ合ってる暇なかったって、じいちゃん、早くに気づいてくれよ!!」

『わしの嗅覚も衰えて……って、肉体はそっちだろうって!』

「ちくしょ……迂闊だった。火を消さないと!」


 目を閉じて、懐から一枚の札を2本の指で取り出し、念を唱え始めた。水の精霊である龍神を手の中から出し始めた。屋敷の高さよりも巨大な龍神は、大きな森を全て覆いかぶさった。あっという間に燃え広がった炎を抑え込むことができた。風が強く吹くと、火の粉があちこちに飛び散った。火元はまだ消えていない。森の奥の奥、炎が消えても何かがガザゴゾと音が聞こえてくる。


「――この音、まだ終わっていない……?」

『迅、気をつけろ!! 怪物だ!』


 土の中からじわじわと現れたのは、蛇のようなツチノコのような大きな体格の妖怪の野槌《のづち》である。令和時代でも見たことのある妖怪だ。平安時代の野槌は身体は大きいもののどこかシワが多く、おじいちゃんのようだった。動きが鈍いが、力はめっぽう強くて、周りの木々たちを倒していく。そばにいた動物たちはつぶされて、体全部を大きな口で飲み込んでいた。


「くっ……まさか、ここでも会うとは思わなかったわ!」


狩衣《かりぎぬ》姿の迅は、動きにくそうに袴を持ち上げて走った。再び、札をはさめて、目を閉じた。


『疾風の舞・弐』


 青白い光が魔法陣を作ると、地面から風が強く沸き起こった。襲いかかってくる野槌の身体が、ふわりと浮かんだが身体をうねうねさせながら迫ってくる。


「おいおいおいおい! 風じゃ効かないってか。令和のあいつよりも強いって、マジかよ!」

『迅、簡単に考えるんだ。あいつは大地を司る妖怪だぞ! 五行陰陽説を思い出せ』

「ああ、あれね。えっと……水は火に強くて、火は金より強い……金は木に勝てる? あとは――」

『思考力が遅いぞ!! ささっと念を唱えろぉ』

「え、待ってって。今、考えてるんだって。だから、大地は土だから、木に強い!!」


 顎に指を置き、今更ながらに綺麗な星空を見上げて考える。式神カラスの獼猴桃は焦りもせずに木の上に止まっていた。そうこうしているうちに、野槌は地面を這いつくばって迫ってくる。足元に緑色に光る魔法陣を浮かばせた。迅は、指2本でお札を構えて、顔の目の前で念を唱える。


『急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》』


 地面から天に伸びる木々たちの根が次々と野槌の身体を縛り上げていく。ぎーぎーとしめつける音が響きわたった。パンっと手を叩くと、一瞬にして砂のように消えていった。風がびゅーっと吹き抜けていく。


『やっと終わったな……』

「あ、まだ終わってない! 火の粉が森にまだある!」

『なに!?』


 康成の体に憑依している迅は、狩衣姿にも慣れて、手際よく水の龍神を出して、炎を消していった。


「ん? ちょっと待てよ。野槌を倒しても事件になってる妖怪はまだ見つけてないんじゃ……」

『わしは知らん』


 式神カラスの獼猴桃はカァと寂しく鳴いて森の中に入って行った。フクロウも鳴く声がした。


 まだまだ終わらない妖怪退治に落胆する土御門 迅だった。


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