肆
人でにぎわいを見せていたのは平安京の東市・西市だ。どこもかしこも買い物客であふれていた。その中でひときわ目立っていたのは、麻素材でできた橙色の小袖を着用した九十九 志鶴花。令和時代の九十九響子の祖先だ。十七歳という若さで体の弱い親の手伝いとして店番を任せられていた。京野菜をメインに売り場を華やかに彩っていた。
「安いよ、安いよ。今なら新鮮な野菜が豊富だよ!」
次から次へと人をかき分けて進む商店街の通路は、混雑していた。
「今日はこんなに人がいるっていうのに、野菜は見向きもしないってのかい!」
「まぁ、そんなときもあるさ。あっちの骨董屋なんて、珍しいものを手に入れたっていうので盛り上がってるんだ。人の心というものは移り変わりが激しいんだよ。ほら、志鶴花、お茶でも飲んでゆっくりしておきな」
志鶴花の祖母である九十九 千代は、湯飲みに入ったお茶を音を立てて飲んだ。今年で八十歳になる。店番はほぼ孫の仕事だ。
「そういやぁ、そうと、お前さん。聞いたかい? 隣の六さんが言っていたんだけどよぉ、事件が起きたそうだよ」
「え? 何の話? そんなの聞いてないわ」
急須で湯飲みにお茶を注いでお盆の上に乗せると、座布団の上に座った。じっと、千代の顔を見る。
「一昨日の深夜におかしな音がしたんだって。くちゃくちゃっていう気持ち悪い音が。真夜中だから、そのまま寝てしまおうと思ったんだろうけど、気になって仕方なかったから、音がする外の畑を見に行ったら、気味の悪い細くて赤い角を生やした鬼が、何かを食べていたそうだ。暗くてよく見えないと思って、持っていた松明を照らすとさ……そこには!?」
「これ、売ってくださらないか」
「えー、今、話の続き聞きたかったのに、お客さんもタイミングが悪いわねぇ。はい、な~に、どれがいいって? ……って、貴方、やんごとなきお方様でないの!」
京野菜である白くて大きなカブを持って、志鶴花に渡したのは土御門 康成に憑依する土御門 迅だった。一昨日の霊的な仕業であった事件を聞き取り調査していた。さらに後ろには安倍晴明たちの陰陽師も列をなして連なっていた。貴族たちがこんなに集まることは滅多にないため、周りの商店は驚きを隠せずにいる。
「い、いや、そのカブが欲しいんだが……その前にさっきの話をもっと詳しく聞かせてくれないか」
カブを買うというのは口実で本当は話を詳しく聞きたいのが本音だ。怪しまれないようにと野菜を買うことにした。お金の流通よりも物々交換が主流の平安時代に、土御門は、反物の二藍の絹を差し出した。あまりにも高貴なもので九十九 千代は目を大きくして驚いていた。
「こ、こんな高級なものを頂いて、カブでいいなんて滅相もない。他の野菜もぜひ持ち帰っていただかないと罰が当たりますわ」
「いや、野菜は何でもいいんだが……さっきの続きを」
「土御門、さっきから何をしておるのだ?」
安倍晴明がお店に近づいて話しているのを気にしていた。ここに来たのは、街のパトロールであって買い物に来たわけじゃない。最近、妖の姿が多く出るという連絡があったためだ。陰陽師たちは辺りを見渡して、邪悪な念が無いか確かめていた。今のところ、何も悪い気はないようだった。
「い、いえ、今、ここの店主に2日前の事件状況を聞いていただけですよ。お気になさらず」
「ほう……」
「それでなぁ、さっきの続きを言うと、内臓を吸い取られたって言う話だ。人間の皮をはぎ取って、赤い鬼が内臓を食べていたんだよ、きっと。そして、そこに白い蛇を埋め込まれていたって話だ。糸で縫い付けられたんだろうかねぇ。気持ち悪くてゲロが出そうだったよ。六さんも自分が襲われるんじゃないかって腰が抜けたらしいんだが、一目散に逃げたっていうんだ」
「それは気持ち悪い! なんで、そんな鬼がいるの」
「うーむ、それは白蛇の妖怪かもしれないな」
「白蛇? そんなのがいるのね。退治してほしいわ。私の内臓なんて食べられたら、このお店の切り盛りやっていけなくなるもの!」
「私も困るわ、そんなことになったら!」
「それなら、ここに一晩泊めてもらうといい。もしかしたら、夜に来るかもしれない」
安倍晴明は簡単に話し出す。目を見開いて、自分の顔を指さした土御門は、何度も手を振ったが、他に代わりのものだと出てはこない。
「決まりね。よろしくお願いします」
「これも修行の一環だ。心してかかれ」
「承知しました。やりますとも、嫌でも」
後ろから曽祖父である土御門 康成が頭をぽかんと叩いた。やる気のなさが表に出ていたことが気になったようだ。
『迅、その態度。安倍晴明様に見せるんじゃない!』
「げ、じいちゃん。なんで、出てくるんだよ。今まで静かだったのに!」
小声で背後霊の康成と会話する迅。その姿はばっちり安倍晴明の目にも映っていた。分かっていたが、何も言わずに遠くから見守っていた。未来から来た二人であるということも薄々気づき始めている。
『いいか? この辺の白蛇は、お稲荷さんが好きなんじゃ。出しておくともしかしたら除霊に有利になるかもしれないぞ』
「お稲荷さんだ? まるで白狐兎みたいなこと言うんだな。あいつ、狐だし」
『白狐兎? 誰の事かは分からないが、稲荷神社が近いこともあるかもしれないなぁ』
―― 一方その頃、平安京から少し離れた稲荷神社にて、白狐兎は酒吞童子に立ち向かえるお札を何枚も作成していた。墨字で書くため、頬にところどころ飛び散っていた。
「ハックョン! ……なんだ。俺の事を噂でもしてるんかな。こんな平安時代で早くも有名になったってことか!」
ニヤニヤと笑いが止まらない。黒の墨字から朱色の墨字に切り替えて、魔法陣を描く。白狐兎は、鼻をこすって満足そうだ。
「さてはて、この時代の酒吞童子様に効いてくれるか」
腕を組んで、口角を上げた。満足そうな顔の白狐兎だった。




