弐
京都の正門である羅城門のすぐ近くに森で提灯の火が燃え盛り、権兵衛という酔っ払いの男が焼き殺された。辺りには異臭が漂う。誰がやったんだと犯人捜しが始まるが一向に見つからない。検非違使たちが川の水をバケツで運びながら、消火活動を行っていた。同時進行で放火の犯人捜しに川沿いや、森の中を捜索するが、何の手がかりも見つからなかった。
「隊長、どないしますか?」
「そら、引き上げるとするか……」
「解散だ、解~散~!!」
横にいた副隊長は部隊を集めて、整列させる。結局のところ、犯人も見つからないまま、真っ黒に燃えた木々の上を歩いて帰った。権兵衛を焼き殺したのっぺらぼうは、拾った権兵衛の提灯を持ちながら、高い杉の木の枝の上で足をプラプラしながら、釈然としない検非違使たちの後ろ姿を見送った。
「どーせ、あたいのことなんて、見えてないんだろうに……あーおかしい、おかしい」
何もない顔の口辺りを手でおさえて笑っていた。そこへ、検非違使の列に紛れこんでいた土御門 康成に憑依した迅が後ろを振り向いた。
ただ一人、森の出入り口付近で、じろりと怖い目つきでのっぺらぼうを睨む。視線が痛い。
「お前が犯人だとは誰も知らないだろうが、この俺には見えているんだからな……」
「な、なに……?!」
血相を変えて、背筋がぞわっとした。土御門 康成は、着物の中からお札を一枚取り出した。札にふっと息を吹きかけると、紙で出来た白い鳥がふわりと浮かび、翼を広げて飛び立つ。木の上で足を揺らしていたのっぺらぼうの提灯に、お札の式神鳥が触れた。その瞬間、提灯が粉々に舞い散った。
「あたいの大事なもんがぁ、なんてことをしてくれんだい!? 勝手に人のものを壊しちゃいけないって教わらなかったんかい!? あぁ?!」
のっぺらぼうは突然、豹変する。頭から大きな角を2本生やし、爪は鋭くて長く伸びていた。さっきまで無かった顔が次々と現れ始める。
「あたいをおちょくると大変なことになるの知らないっていうのかい!?」
のっぺらぼうの体がぐんぐん2倍に膨れ上がる。姿、形はもうのっぺらぼうという優しいものではない。人間より数倍大きい赤い鬼に変わっていた。口から大量のよだれが噴き出す。
「しばらく、人を喰ってなかったからねぇ。お腹が空いてたまらないんだよぉ。さぁ、最初にお前さんを食べてやろうかぁ!?」
身軽にその場をジャンプした。誰もいなくなった森の中、数メートル先には羅城門。土御門 康成は、また新しいお札を懐から取り出した。女の姿をした赤鬼は、長い爪の両手を広げて威嚇する。
「俺はこの時代には合わない味をしてるかもなぁ?!」
「はぁ?!」
言ってることが理解できない赤鬼は、油断する。
「オン アビラウンケン シャラクタン ソワカ……」
札を目の前に出し、目を閉じた。空気が一時的に変化した。赤鬼は身体を動かすことができない。
「業火の刃」
目を見開くと、札から次々と赤い炎が飛び出し、鋭い炎の刃が赤鬼の体に目掛けて次々と突き刺さる。燃えるような暑さに鋭利な刃物が肌をくい込んでいく。体中、あっという間に燃え広がった。
「ぐぎゃぁあああぁあーーーー」
赤鬼は、首元を押さえながら、天に手を伸ばすが、黒焦げになって見るも無惨な姿だった。灰になって風で飛ばされていく。土御門 康成は、火が燃え移らないよう、お札をまた取り出して、四神の青龍を呼び起こした。天から舞い降りた青龍は広がった炎を大量の水で消し去った。
篝火の光を頼りに羅城門付近を歩くが、真っ暗な道に足が震える。
「ちくしょ……暗すぎて前が見えねぇなぁ」
『現代の者には分からんだろう。平安時代の明るさなんてなぁ……』
ふわりと浮かぶ土御門迅の祖先であるが幽霊となって話しかける。土御門 迅(康成の肉体)は、指をパッチン鳴らして式神カラスを呼び寄せた。
「呼んでよいと言った覚えはない……」
式神カラスの獼猴桃は、不機嫌そうに土御門 迅(康成の肉体)の肩の上に乗った。
『あーあ。呼ぶタイミングを間違っておるわい。今はやつどきだ』
「やつどき?! 土器でも作るのかよ?」
『おやつだ、おやつ。時間も分からんのかい!」
「今、丑の刻だけど……」
『そ、それは、寝る時間か……』
「もうよいか。寝るぞ」
獼猴桃は、土御門 迅(康成の肉体)の肩の上で目をつぶる。
「俺が呼んだ意味がねぇじゃんかよ!」
「知らん」
「じいちゃん、どうにかしてくれよ!」
「ん、無理じゃな」
「役に立たん式神だわ!」
土御門 迅(康成の肉体)は苦虫をつぶすように獼猴桃を肩に乗せたまま、薄暗い羅城門を恐る恐る慎重に歩いた。




