伍
稲荷神社の境内にあるご神木が揺れ動き、山へと続く木々の中に藤の花が垂れ下がっていた。どこからか鈴の音が聞こえる。1本の長い草を口にくわえながら、パチンと指を鳴らす。木の枝に神社の様子を伺っていたのは、煌びやかな藍の着物を羽織り、高貴で純白な布を背中に纏わせた藍色髪の風神がジロリと何かを睨んでいる。横には朱色の煌びやかな着物を羽織り8個の太鼓を背中に身に着けた朱色髪の雷神がむすっとした顔をしていた。
「いつまで~?」
「何がぁ?」
雷神は一刻も早く帰りたくて仕方ない。風神はじっと白狐兎と赫の動きを観察していた。
「もういいだろう!」
「お前、ちゃんと仕事しろよな。赫の行動を観察してこいって言われたのは俺たちなんだぞ。さぼるなよ、全く……」
「だって、見れば分かるだろう。平和そうじゃねぇか。いいだろ、それが分かれば!」
「平和?! どこが平和なんだよ。あの狐みたいなやつにいじられてるじゃねぇか」
「いじり? ただ教えられているだけだろ。何が問題あるんだよ。そんないちいち細かいところまで見てられるかよ……本当に心配なら、ご自分の目でお確かめになったらいいのに、どうして俺たちがここに来なくちゃいけないんだか!」
ぷんすかと不機嫌そうに雷神は太鼓をぽこぽこ鳴らして、暇つぶしをしていた。木の上で何かやっているなぁと風神と雷神の姿を見た通りすがりの女の子が大きな目を見開いていた。
「ちょ、ちょ、ちょおっとぉぉぉぉおx! 何、あれ。太鼓に大きな布持っている鬼かしらぁ。神主さまぁ~~!!」
7歳くらいの女の子は、相当びっくりして、何度も指を差してはぐるぐるその場を回りながら、慌てて神社のお屋敷の中へと向かった。
「やべぇ、気づかれた。お前がちんたらしてるから、見られちまったじゃねぇかよ。どうすんだよ。逃げるぞ!」
「……け。お前が静かにしてれば、何も起こらなかったんだ。何も。ペラペラしゃべるから!」
「うっせーわ。ほら、行くぞ」
雷神は、風神の布を引っ張って、空中をふわりと飛んだかと思うと、一瞬にしてその場から消え去った。逃げ足が早い。近くを歩いていたリスやうさぎの毛も逆立つくらいだった。
「どうした、どうした。そんなに引っ張られては、着物が破れてしまう」
「神主様、ここです。ここ!」
平安時代の氷狐竜は25歳。まだ若い姿で、女の子に連れてこられた先はがらんとした境内だった。風がひと吹きすると、 鳥居にかけられた紙垂が何度も揺れた。
「何もおらんなぁ。何か見たのかい?」
「神主様ぁ、私ね。確かに見たのよ、あそこの木のところに太鼓を背負った人と大きな布を持った人。おっかしいなぁ」
「――じいちゃん、どうかしたのか?」
境内の掃除を終えた白狐兎と赫は騒ぎを聞きつけてやって来た。
「おう。白狐兎、掃除はやってくれたんだろう。助かったよ。赫もありがとうなぁ」
「もちろん。綺麗にしたんだ。こいつと一緒にな」
「いえ、僕は何もしてない……」
「まぁまぁ、やったってことにしてくれよ。指導係の俺の立場がさぁ……」
白狐兎は赫の肩に手を置いて、ぐっと顔を寄せた。
「えー、あー、はい。そういうことで……」
「言われるがままだな。お前……」
「赫、大丈夫か。無理するじゃないぞ? 白狐兎は意地悪だからな。狐に騙されるなよ」
「誰が、狐だ! あ、俺のことか。大きな尻尾が証拠だぞっと!」
白狐兎の尻尾を見せつけると、赫は想像よりも遥かに強い力で白狐兎の尻尾を握りしめた。
「いたたたたた。ちょ、マジで、勘弁して!」
「あ、ごめん。そんなに力入れてなかったんだけど……」
「お前、強すぎだわ。俺様の大事な尻尾がぁ。ふーふー」
赤くなった尻尾を口でふーふーして、痛みを和らげようとするが効果ははっきり言ってない。
「尻尾隠せばいいだろう。大事なら」
「いーだ! 触るんじゃねぇ。俺の尻尾!」
機嫌を損ねた白狐兎はその場から天高くジャンプして木の枝に乗った。風が勢いよく吹いて、赫の長い前髪を揺らした。赤く瞳がきらりと光った。左頬にできた痣が見え隠れしていた。
「ちょっと、休憩!」
白狐兎はそういうと、森の中へと消えていった。氷狐竜は呆れ顔でため息をつく。赫はきょとんとした顔をして、神社の屋敷へと戻って行った。
石畳の上にいた2羽のスズメが空へと飛び立った。




