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無能な陰陽師 ー平安時代 編―  作者: 餅月 響子
第 参 章 ―― 忍び寄る罠――

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11/22

参

 平安京から北側に見える船岡山の奥の方にそのお屋敷はあった。最強の鬼とされる酒吞童子が住む屋敷だった。鹿威しがカツンと鳴ると、屋敷全体の空間が歪み、青く晴れた空模様は一気に曇り空に変化する。縁側の隅に座る琵琶法師が音をかき鳴らすと、屋敷の屋根の上の方から歯車がぐるぐるとまわり始める。何かが動く気配がした。


 もう一度、盲目の琵琶法師が音を鳴らした。

  

 カラカラと鳴る歯車の天井から、胡坐をかいた一人の男子が漆の茶碗を持ちながら、降りてくる。酒吞童子のからくり屋敷であった。あちこちに隠し部屋が存在している。


「藍《あお》、何をしておった」


 酒吞童子は大きな盃で酒を飲み干す。脇息に寄りかかり、ジロリと男子を睨みつけた。からくり屋敷で床を移動させたのは、屋敷の奥の方で隠れていた息子である藍という男の子だった。漆黒の狩衣の背中には白文字で『我長男』と書かれていた。


「何ってぇ? 父上が勝手に部屋を動かすからだろう」


 藍は、カラカラと音をさせる。頭からは二本の角が髪の隙間から見え隠れしていた。手元を見ると、雅な茶碗の中に人間の目玉が何個も入っていた。目の中かられんげのようなもので視神経をひきちぎったまま、ビー玉のようにコロコロと転がしている。箸の代わりにしていたのは、人間の右手中手骨だった。


「それは、なんだ? おもちゃか?」


 酒吞童子はカラカラと雑音が耳障りになっていた。藍はそれでも動きを止めない。床板もぐるぐると空間をまわっている。見ているのも億劫になり、目をつぶって静かに聞いた。


「父上様。これが気になるの? 珍しいこともあるものだね。僕が誰を食おうが何をしようが、全然興味を示さなかったのに」

「聞き方が間違いだったな。何人を殺めたんだ?」

「んー? そうだなぁ。数を数えるの忘れちゃった。だって、昨夜の狩りは、めんどくさい奴が出てきたからさ」

「めんどうな奴だと?」

「んー、もう。何だって、いいじゃない。そんなに僕を惨めにしたいの。父上様」


 さっきまで笑顔だった藍の顔が恐ろしいものになった。お椀の中でころころ転がしていた目玉と骨を手のひらから照らす緑の光で粉粉に砕き始めた。壊した後に、藍は悔しい顔を見せる。


「あーーーー、もう。父上様が余計なこと言うから。大事に遊んでいた目玉を小さくしちゃったじゃないか!」

「……藍、気をつけるんだ。安倍晴明よりも強い陰陽師が近くにいる」

「え? それって、父上様も認める最強の陰陽師ってことかな。安倍晴明が強いって前に言ってたけど、どんなやつなのかな。楽しみだなぁ。《《あいつ》》にも見せてやりたい」

「藍!!」

 

 穏やかだった酒吞童子の顔が険しくなっていく。右手が藍の両頬をがっしりとつかんでいた。


「あー、ごめんなさい。言わなくていいことを言ってしまったね。気を付けるよ」

「…………」


 酒吞童子はパッと手を放し、元の位置に体を戻した。藍は、自分の頬がちゃんとあるか再確認する。


「僕の頬が無くなってしまったかと思ったよ」

「……」


 藍は、舌打ちをして、体勢を整えた。ぐるぐると回っていた床は天井近くまで移動して、回ることは無かった。琵琶法師が奏でると、からくり屋敷は元の通常の屋敷に戻っていた。藍の姿はどこにも見ることはできなかった。


 絡新婦は酒吞童子の盃に日本酒を注いだ。


「今夜は満月になるそうですよ……」

「そうか」

 

 酒吞童子は盃に入ったお酒を全て飲み干した。庭園の鹿威しがカツンと鳴った。





 






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