弐
平安京の寝殿造住宅の庭園に鮮やかな赤みを帯びた黄金色のヤマブキが咲き誇り、木々で羽根を休めていたカワセミが時折、楽器のように鳴いていた。
平安京の内裏の中に天皇が日常的に暮らした建物である清涼殿があった。子どもを世話することもあって、毎日が慌ただしく動いていた。
一条天皇と藤原定子の長女である脩子内親王は小さな体で大人たちから逃げ回るのが楽しい時期だった。中関白家に近い女房たちと清少納言が必死になって追いかける。
「鬼さん、こちらにおいで。ここですよ!! キャハハ」
細長を着用していた脩子内親王は袖をぐるぐると振り回して、屋敷の中を走り回っていた。
「内親王様~。お待ちになって! あまり走りまわるとお怪我をしますよ!」
「やーだ、やーだ。捕まらないわよぉ!」
脩子内親王がそう言っているうちにトンッと背中が何か当たった。両肩を優しくおさえたのは、土御門 迅が憑依する康成だった。屋敷の中の見回りに来ていたところに通りかかった。隣には安倍晴明と賀茂光栄の姿もあった。屋敷の見回りと言っておきながら、最近の土御門 康成の行動に不審な動きは無いかと監視されていた。
「お気をつけてくださいませ」
初めて会う土御門を見た脩子内親王はマジマジと顔を見つめ、目にハートを作り始めた。
「だれ、だぁーれ。この人。見たことない人だわ!」
「内親王様、何をおっしゃるのですか。いつもいらっしゃる方ですよ? ん?」
清少納言は、脩子内親王の後ろから背中をおさえながら言うと、土御門康成の顔をじっと見つめて、動かなくなった。
(こんな顔の殿方がこの屋敷にいたかしら……確かに見ないお顔ね)
「こちらで走り回るのは危ないので、お気を付けてくださいね」
「そうです。最近は、子どもを狙う妖怪も増えてきておりますよ」
「あら、いやだわ。小さい子を怖がらせる気ですか!」
「とんでもないです。本当の事お伝えしただけであって……」
「貴方の顔に免じて許してあげましょう。内親王様、お庭で毬杖しませんか? 最近、新しい絵柄のものを用意できましたよ」
「……へ? 私の顔ですか」
土御門 康成はなぜそんなことを言われたのか見当もつかない。憑依しているのは康成である高高祖父であり、自分自身の顔ではない。全然似ても似つかないはずだった。その反応に頭の上で浮かんでいた康成は、怒りを見ていた。
(お前の顔のことじゃない。わしの顔だ。わしの!)
「うっさいわ。静かにしてくれ」
「どうかしたか?」
独り言を言っていた康成に声をかけたのは、賀茂光栄だった。
「いえ、何でもありません……あの、あれは何ですか?」
「あれか? ムクロジの種を板で叩いて遊ぶんだ。知らぬのか。内親王様が大好きな遊びだ。本来ならば、正月に遊ぶのだが、季節問わずに遊ぶらしい。変わったお方だ」
「毬杖って言うんですね。まぁ、いいじゃないですか。好きなことはいつしても……」
「まぁ、それが許されるならいいんだろうけども、そうもいかないのが貴族だけどな。自由があるようでないんだ。覚えておけ」
ポンと肩をたたかれて、通り過ぎる賀茂光栄の言葉に重みを感じた。
(あれは現代で言うバドミントンのことじゃな。正月遊びの羽子板でもあるけども、原型はそこから来ているらしいぞ)
「そういうことか……というか、悪寒が感じる。俺、何か、誰かに呪われているんじゃないの?」
両肩をこすって、温めようとするが、後ろから視線を感じた。誰もいない。いつの間にか、清少納言と内親王様に手招きされて、毬杖の遊びに付き合うことになった。現世で学生時代にバドミントン部に所属していた土御門迅は、康成の体で本気の打ち合いに挑んだ。相手は、三歳になったばかりの内親王様だ。ムクロジの種がつく羽根が焦げるほどの勢いで、清少納言と内親王様の二人はもっと面白くなって、沢山の羽根が壊れてしまうほどだった。
「俺にこれを持たせるとは……罪なお方だ」
「初めてにしては力が強すぎますね!」
「楽しい! 楽しい! もっと、もっと」
その様子を屋敷の柱の影から覗いて見ていた安倍晴明は、左腕の裾をまくりあげて、さする。腕に小さかった痣がさらに濃くなっていくのが分かった。
「あいつがここに来てからおかしなことが多すぎる……」
「晴明、どうかしたか?」
賀茂光栄は何かもぞもぞとしている安倍晴明に近寄ったが、何も言わずに立ち去って行った。すぐ横でふわりと浮かぶ土御門康成の霊があごに手を触れて、考える。
(そうか、嫉妬されているのか、あいつは。でも、あの痣。普通にできるものじゃないなぁ……うーむ)
羽根つきの音が園庭に響き渡る。土御門の額から汗が飛び散っていた。




