2-3 賢い奴は「相手も賢い奴」と考えてしまう
例の味気ない昼食のあと、私はポツリと呟いた。
「あんな飯で、満足できるわけないよなあ……」
確かに、キュプラの作った料理は栄養価が素晴らしいものだ。
そもそも不摂生で命を落とした私が偉そうなことを言える口ではないのだが、それでも糖質や脂質に慣れた私にとっては、物足りないものだった。
(もしかしたら、城下町にはもっとうまいジャンクフードがあるのかな……)
そう思った私は部屋を出てセドナの部屋にやってきた。
「なあ、セドナ?」
「へい。おや、サチカさん。なんか用っすか?」
「ああ。城下町になにかうまい屋台とかないか? それを教えてくれ」
「おやすいごようっす。ちっと待ってくださいね」
うん、やはり「お助けキャラ」がいると物事はスムースに進むな。
彼がサラサラとおすすめとされる店舗を書き出すのを見ながらそう思った。
「へい、サチカさん。こいつを」
「お、サンキュ。……ん?」
彼の各文字は一切の誤字脱字がなく、大きさも文字間隔も統一されていた。
異常なほど几帳面なその文字を見て、思わず私は少し違和感を持った。
そもそも、10件近い店舗の名前がこんなにスラスラ出るものか、人間は?
(ま、別にいいか)
だが、私にはそんなことはどうでもいい。
今私の関心事はただ一つ、ジャンクな飯を食うことだ。
そう思って外に向かおうとするとセドナが呼び止めた。
「ち、ちょっと待ってください、サチカさん! まさか、一人で行くつもりっすか?」
「え? ああ。だめなのか?」
「当たり前っす! この時間に出かけたら帰りは夕方になりやすよ? もし悪いやつに狙われたらどうするんすか!」
なるほど、確かにそうだ。
この世界の男たちは乙女ゲームが舞台ということもあり、みなそこそこ整っている。さらに避妊薬も性病の予防薬も完備されているこの世界では、特に貞操の不安自体はない。
……だが、だからといって強盗のリスクを捨て去れるわけではない。
流石の私もこの世界でいきなり理不尽に殺されるのはごめんだ。そう思って私はセドナに尋ねた。
「それじゃさ、セドナ。あんたが一緒に来てくれよ」
「ええ、そうしたいのは山々っすけど、あっしは先約がキュプラさんとあるんす……」
「先約?」
「ええ、ブラス王子の夕食を作るように……じゃない、夕食のレシピで相談を受けてるんすよね」
なるほど、彼女は夕食もブラス王子のために振舞う予定なのか。
よほど王子のことが好きなのだろうな。王子と『ただ、肉欲のままにセックスしたいだけ』の私なんかより、ずっと彼を幸せにしてくれるのだろう。
「明日だったらあっしも時間が取れるんで……明日にしたらどうっすか?」
「嫌だよ、そんなの。私はさ、『今、ここで』ジャンクフードを食べたいんだよ!」
「はあ……サチカさんも、糖質ジャンキーなんすね……」
「うっさいな。そりゃ、今までずっとそういう飯ばっか食ってたんだからしょうがないだろ?」
そんなふうに話していると、隣から声が聞こえてきた。
「面白そうな話をしているな」
「あ、ゴルド王子」
ブラス王子の兄貴、ゴルド王子だ。
相変わらず爽やかな笑みをうかべながら私たちの方に近づいてきた。
「どうやらサチカ殿は、市井の人々の生活に興味がおありなのだな?」
「え? あ、いや別に……たださ、さっきの飯だと少し味気なかったろ? もうちょっとこうさ、ガツンとくるもんが食いたくってさ」
「ふむ……それでどこに行く予定なんだ?」
「ああ、セドナから聞いたスラム街にある、屋台の方に行ってみたいなって思ってんだ。あそこの方がお上品なレストランより私の好きそうなもんも売ってそうだしさ」
「スラム街、か……」
流石に個人的な理由過ぎたか?
そう思ったがゴルド王子は一瞬少し考える様子を見せた。
そしてしばらくして「なるほど、そういうことか……」と、得心したような表情を見せた。
「よし、それであればサチカ殿。それでは私が同行しよう」
「ええええ、ゴルド王子が?」
私より先にセドナが驚いた表情を向けてきた。
まあ、そりゃ多忙な王子が、たかが買い食いごときに同行するわけがないだろう。
「いいのか、ゴルド王子さん?」
「そうだ。……サチカ殿、あなたの護衛は私に任せてくれ」
そう言うと、ゴルド王子は恭しく頭を下げてきた。
(またなんか、勘違いしてそうだな……)
昨日の一件を見て気が付いたが、どうもゴルド王子は頭が良すぎる。
それゆえに『自分以外の人間も、自分と同様に理知的で最善の方法を考える』と思ってしまっている嫌いがあるのだろう。
……まあ、私はただ単にジャンクな飯を食いに行きたいだけだ。
こんな風に買いかぶられても困る。
(なら、いっそのことこれを利用するか……)
だが、少し考えたのち、私は素晴らしいアイデアをひらめいた。
(そうだ。私がここで『ただのバカで、ブラス王子の婚約者にふさわしくない奴』ってことをアピールすりゃいいじゃんか!)
キュプラはどんなときにも王子のために常に健康的な食事を作ってくれる素晴らしい女だ。
きっと彼女は今夜もブラス王子の好感度を高めるために頑張るんだろう。
そんな彼女と引き換え、私はただの『バカで、王子に取って害にしかならない奴』ってことを伝えればいい。
そうすれば私は、美味いもんも食べられて『嘆きの修道院』にも行くことが出来る、まさに一石二鳥の作戦だ。それにキュプラがいるならブラス王子の今後も心配しなくていいから良心の呵責もない。
(よし、決まりだ! 屋台で飯買いまくり作戦、決行だな!)
そう思った私は、
「ああ、悪いな兄王子」
そう言って護衛をお願いすることにした。




