1-5 「俺、バカだからわかんないけど」は定番ですよね
「いったい、何があったんだよ、ブラス王子に?」
「そうだな……。まず、あいつはサチカ殿に酷く感謝していたよ」
感謝?
憎しみの間違いじゃなくてか?
「どういうことだ?」
「ああ、それは……」
そこまで言おうとしたところで、廊下の奥から何かが走ってくる足音と共に声が聞こえてきた。
「待ってください、兄上!」
「ブラス!」
ブラス王子だ。
昨日よりも少しだけ顔色が良い。……なるほど、キュプラのおかげで立ち直ったのか?
それにしても、今の王子の顔も悪くないな。
「そこからは僕に言わせてください。兄上は、その……」
「ハハ、そうだな。……安心しろ、お前からサチカ殿を奪ったりはしない」
そういうとゴルド王子はそっと一歩引くと、ブラス王子は私の前に立ってきた。
意外なことに、その眼には憎しみはこもっていない。少し照れるような表情で私を見つめてきた。
「サチカさん……昨日はありがとう」
「別に、礼を言われることはしてないけどな」
「フフ……そうだったね」
ドアをぶっ壊してさんざん煽った挙句に、『ぼろ雑巾』とまで言ったんだ。
本当に礼を言われることはしていないのだが、なぜかブラス王子は嬉しそうに笑みを向けた。
「昨日君に言われて分かったんだ。……僕は、自分が兄さんに勝てなくて嫉妬して、みっともない姿を見せて……。そんな自分に対して無理やり『これは成長のチャンスだ』って思い込もうとしていたんだって」
「成長のチャンス? バカじゃねえの?」
闇落ちして苦しんでいる時のキャラのほうが、立ち直ったときの顔よりもそそるのは、美少年ゲーをやったことがある奴なら一度は思うはずだ。
そのことを理解しているのかは分からないが、ブラス王子は薄笑いを浮かべて頷いた。
「ハハ、ほんと、バカだったよね。物語のヒーローみたいに『痛みを乗り越える』ことばかり考えてた。『劣等感は克服するものだ』って……そんなことばかり考えてたんだから」
少し自嘲するようにいいながらも、ブラス王子はどこか憑き物が落ちたような表情で続ける。
「けど、違ったんだよね。兄さんへの劣等感や自己嫌悪。こういうのを否定しなくていい。乗り越えなくてもいい。そんな醜い自分ごと抱きしめて、ただ一緒に歩んでいけばいい。……そうやって生きていくのも良いんだって分かったんだ」
「なるほど、それを教えてくれたのがサチカ殿だったというわけか」
「うん……」
「はあ? ……二人とも何言ってんだ?」
私はそんなことを言ったつもりはない。
私がやったのは、ただ一つ。
「絶望してる『今、ここ』にいるお前が最高! そのまま苦しんでてくれ!」
って感じのクズムーブだったはずだが、どうも誤解されているようだ。
(ははあ……分かったぞ、あれだな……)
小説なんかでよくある展開だ。
多分ブラス王子は、私が『王子のために汚れ役を引き受けた聖女』のように思っているのだ。
……それはそれで悪くないが、やはり私はハーレムエンド……じゃない、断罪エンドが良い。だからここは、私は自分が王子の婚約者にふさわしくないと、ハッキリ示してやることを決意した。
「あのさ、ブラス王子……。私はバカだからよくわかんねえけどさ……」
「なに?」
「ほう……」
普通はこの後に、何か本質を突くような発言をするんだろう。
だが、生憎私はそこまでの知性を持ち合わせていない。そもそも国語は1だったし、授業も真面目に聞いていなかったのだ。
本当にバカなセリフを吐いて周りをドン引きさせてやろう。私は少し息を吸った後ブラス王子の肩をがっしり掴み、兵士たちにも聞こえるように答える。
「ちょ、サチカさん、なに……?」
「……あんたの今の顔もさ。エロくてそそるじゃんか」
「え?」
「……昨日のゴキブリみたいな顔もよかったけどさ、今日の頬にケチャップついた顔も、最高だぜ? こうしたくなるくらいにはさ!」
「え……うわ!」
そういって私は、王子の頬についていたケチャップをベロリと舐めた。
(くく……どうだ、このキモムーブは! あたしは小学校の時にこれをクラスの男子にやって、号泣された挙句学級裁判を開かれた上に保護者まで呼ばれたんだぜ! おかげで私のあだ名は『ウザキモ・ヴァンパイア』だったんだからな! 畜生め!)
あかん……思い出したら泣けてくる。
だが、このセクハラで、私のことを『断罪エンド』するべき相手と分かっただろう。
そう思いながら、私は王子の顔を見てニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「……どうだ、分かったろ?」
「う、うん……そんな……僕は……」
だが、王子は少し顔を赤らめながらも頬を恥ずかしそうに押さえた。
(ん? ……あ、そうか……この世界は貞操観念が逆だった……!)
ということは、私の今の言動も『キモムーブ』とは捉えられなかった?
ブラス王子は恥ずかしそうにしながら、
「……ぼ、ぼぼぼぼ……僕はこれで!」
そういいながら去っていった。
「……流石だな、サチカ殿」
「はあ?」
後に残されたゴルド王子は、そう私に感心したように呟いた。
「……私は今まで、弟が『私の幻影』に縛られずに生きていってほしいと思っていたのだが……そなたは違ったのだな」
「え? あ、いや、私は別になにもしてないけど……」
「謙遜しなくていい。きっと、奴は『私の幻影』への憎しみや劣等感を抱えたまま、そんな自分ごと愛して生きていこうとし始めてる……それもまた、素晴らしいことだ」
ダメだ、やはり何か誤解されてる。
そんな風に思っていると隣にいた兵士達も嬉しそうにゴルド王子に口を開いた。
「そうっすね! ……けどゴルド様、いつか、ブラス王子に下剋上されますよ? 劣等感を抱えたまんまですからね、ブラス王子は!」
「そんで最後は王位を奪われるんですよ、きっと!」
「ははははは! それもまた、楽しみだな! 私が弱っているときに刃を突き立てるのが弟ならば、本望だ!」
なるほど、懐が深い。ゴルド王子が周りに慕われるわけだ。
兵士たちも軽口を叩きながらも、いざというときは命を捨てて彼を守るのだろう。
「……それではな、サチカ殿。そなたが壊した扉の修理をしなければならないのでな」
「お、おう……悪かったよ……」
まあ誤解はされたままのようだったが、まあそれならそれでいい。
誤解が解けた時に『君がこんな奴とは思わなかった!』と、思いっきり断罪されるのだろうから、今はそのままにしよう。
……それにしても、扉の修理も自分もやるとは、このゴルド王子は本当に完璧な男だ。
そう思いながらも、私は去っていく彼の姿……いや……
「うーん……やっぱ、引き締まった男の体はいいよなあ……」
彼のお尻を見ながら、舌なめずりをしていた。




