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1-3 彼にとっては「今、ここ」の肯定は福音だ

ガアン! と凄まじい音とともに蝶番が軋む。


「ちょ...いったい何をやってるんだ!」

「うるせえよ! 危ないから離れてろって言ったろ!」


そう言いながら私は何度も剣を蝶番に打ち付ける。


があん、があんという音がしばらく響いた後、ついにバキャッと、鈍い音が鳴り響いた。



「おい、なんの音...」

「ちゅおおおおおりゃああああああ!」


トドメとばかりに、私は思いっきり扉に蹴りを叩き込んだ。


ドガアアアアン...というおととともに、ドアが派手な轟音を立てて崩れ落ちた。



「はあ、はあ...」


私は荒い息を弾ませながらも、その部屋の中を見回した。

なるほど、引きこもりというだけにあちこちにゴミが散らかっている。そしてその部屋の奥には、身なりこそボロボロだが美しい容姿の青年がいた。



「い、一体君はなんなんだ! 無茶苦茶なことをするな!」


困惑の顔を浮かべながら、ブラス王子はこちらを見やってきた。

その姿を見て思ったことは一つ。


(う……うっひょおおお! ……なに、このイケメン! 思った以上なんだけど! 超いいじゃん!)


だった。

確かに乙女ゲーの攻略対象と聞いて容姿は優れていると思ったが、予想以上だった。


(なに、この男食っていいの? つーか、この男に私の体を必要とされていいの? マジ? 最高のご馳走じゃん!)


ストレスと栄養失調のためだろう、かなり体はやせ細っており、頬も少しコケている。

だが、私にとってむしろこれくらい見た目に瑕疵がある方が、そそられる。いわゆる※奴隷ヒーローのようなものだからだ。



(※こちらの世界での奴隷ヒロインのようのもの)



「あんたがブラス王子だな?」

「ああ……君は、誰だ?」

「私はサチカ。昨日婚約者候補として、あんたの家に輿入れしたんだよ」

「婚約者候補? ったく、兄様はまた余計なことを……」


なるほど、ブラス王子は私のことを知らされていなかったんだな。

明らかに兄であるゴルド王子の気遣いに苛立ちを覚えているような表情を見せながらこちらに尋ねてきた。


「で、あなたも僕を部屋から連れ出しにしたってことか?」

「部屋から?」

「さっき来ていたのを見なかったか? キュプラさんのようにだよ。君は実力行使をしに来たみたいだけど」


キュプラ? ああ、もう一人の婚約者の方のことか。

どうやら彼女は彼のもとに昔から何度も励ましに通っていたのだろうな。


王子はそういいながら、俯いて卑屈そうな表情で呟く。……いいねえ、その卑屈な顔。世界の全てに申し訳なさそうなその顔、エロい。

彼は卑屈そうな表情で呟く。


「無駄だよ……。僕は……キュプラさんのあんな一生懸命な気持ちにも答えられない奴だから……だからさ、僕を連れ出すつもりだとしても、僕は……」

「はあ、何いってんだ? 私はそんなつもりで来たわけじゃねえよ」


ここから「今の、エロい顔したブラス王子」を連れ出す?

そんなもったいないことするわけ無いだろ。


「そうなのか? じゃあ、なんでドアを壊してまで来たんだ?」


そう言うと王子は少し驚いた顔をした。

どうやら、この世界の女性の喋り方はここまで砕けていないのだろう。

ブラス王子は少し考えたあと、不機嫌そうに尋ねてきた。


「……ああ、分かった。どうせ僕のことを笑いに来たのだろう? 兄に勝てず試験にも落ちて、そして立ち直ることも出来ず……何より、キュプラさんの献身にも答えられない僕をさ」

「アハハ! んなわけねえだろ!」


そう言いながら、私はブラス王子の肩をバンバンとたたく。

普通ならここで彼を励ますべきなのだろう。だが生憎、私は「断罪エンド」狙いなのだ。だから、思ったことをそのまま言うことにした。




「ブラス王子。あんたのその、絶望に苦しんでる顔を見たくて、来たんだよ、私はさ」




「え?」

「ああ、来てよかったよ……。あんたのその絶望的な表情……マジ……たまんないじゃん! もっと見せろよ、なあ!」


そういいながら、無礼とは承知で私はブラス王子の顔を押さえつけて、その碧眼をまじまじと見つめる。美しく透き通ったその瞳を、べろりと舐めてやりたい位だ。


「な、なんだよ……僕の顔なんか見ても、楽しくないだろ?」

「楽しいよ! だってさ……あんたの『今、ここで苦しんでる』顔が最高なんだから!」

「え……?」


うん、王子はまるでわかってない。

ただ単に「かっこいいだけのイケメン」なんて、ゲームではお腹いっぱいだ。


そう思いながら、私は今夜のおかずにするべく彼の顔をじっと見つめながら下卑た笑みを浮かべる。


「そのブラス王子の顔……。ずーーーーっと周囲の期待に応えるために頑張って来て、それなのに結果が出せなかったんだろ? しかも兄貴は結果を出しまくって比較されてた。その顔見りゃわかるよ」

「…………」

「本当はゴルド王子に追いつきたくて必死で努力して、それでも追いつけなくてさ……それで地獄の中でみっともなくもがいて来た、あんたの『本当の苦痛』がさ。すっげー伝わってくるのがそそるんだよ、私にはさ!」

「苦痛、か……」


そういうとブラス王子は、少し驚いたような表情を見せた。


「優秀な兄に負けて悔しがって、婚約者にも迷惑かけて勝手に苦しんで、自己嫌悪して……それで自己嫌悪する……そんなの『ゴルド王子にもできない、あんただけの痛み』だろ? そいつをあんたはずっと抱えてるわけだからさ」

「! 兄上も? ……確かに、そうだな……」

「そういう『誰にも持つことのできない、自分だけの苦しみ』を抱えてる男性ってさあ……くう、マジでたまんねえよ! 私みてーな努力したことない半端モンには一生理解できねえんだ。寧ろ羨ましいくらいだぜ?」



そう言うと私は彼の顔をそっと撫でた。


「ん……な、なんだ?」

「なあ、ブラス王子さあ……」


王子はその私の手を払いのけようとはしなかった。

いいぞ、だいぶ私の言葉が効いてるな、もっとプライドを傷つけてやる。私は王子の「成長」なんて期待していない。ただ怒らせて、私を襲わせたいだけなんだ。


「一言言ってやる。あんたは『立ち直ろう』なんて思うなよ! 『痛みを乗り越えよう』なんて思うなよ! 私は『今のあんたの顔』が好きなんだからさ!」

「乗り越えなくて、いい……?」


そうだ。闇落ちした王子に怒りのままに私の体をもみくちゃに貪られる。

あまりそういう男性優位なシチュは私の世界には多くなかったが、私の最高の憧れなんだ。



「どうせあんたはさ? 『兄貴は兄貴、自分は自分って思いなさい』『痛みを乗り越えたら強くなるから』とかなんとか励まされたんだろ?」

「な、なんでわかるの……?」

「そりゃ定番だからな! ハッ! くっだらねえ!」


私は豪快に椅子を蹴り飛ばしながら笑いかける。


「そんな素敵な言葉、ゴミにでも捨てちまえよ! 兄貴を僻んでうらやむ、みっともなくてダサいあんたが良いんだから!」

「な、くだらない、か……。ハハ、ハハハ...そんなことを言うのは君が初めてだよ……」


よし、怒りのあまり、笑うしかないようだな。

トドメの一撃を食らわせてやろう。




「そうだろ? あんたは今のままさ、嫉妬と劣等感を抱えて悩み続けてくれよ! 今みたいなぼろ雑巾みたいな、クソみたいな顔を見せてほしいからさ!」



「……うん。そうだな……ハハ……その通りだ……」


あ、やべ。 ちょっと涙ぐんでるな。

いや、これくらい言えばきっと王子も私に怒りをぶつけるはずだ。


さあ、今だ!

私を※引き倒せ! 私を上に組み乗せろ!

(※サチカの世界では貞操観念が逆になるため、男性が『押し倒す』『組み伏す』とは逆になる)



……そう思って少し待っていたが、見たところ王子はまだこちらに襲いかかる様子はない。

まあ、栄養不足で体力が欠けているからだろう。そう思って私は捨て台詞を残すことにした。


「じゃあな、ブラス王子。とにかく明日も生きてろよ? そのゴキブリみてーなきったねえ顔、拝みに来るからさ」

「……ああ……」


よし、これだけ王子をバカにすれば問題ないだろ。


きっと明日には、ブラス王子が「嘆きの修道院」に連れて行ってくれるはずだ。


(それで私は男たちに『食われ放題』ってわけだな。ああ、今から楽しみだぜ! ブラス王子も絶対来てくれよな! 絶対抱けよな?)



貞操逆転世界万歳だ。

そう思いながら私は部屋をあとにした。




ーーーーーーーーーーーーーーー


「明日も生きてろよ、か……」


彼女が去ってから、ブラス王子はそういいながら机の棚にいれていたブローチを取り出した。


これは兄であるゴルド王子が武道大会で優勝した際に渡されたブローチだった。無論彼のその行為に他意はなかったのだろうが、ブラス王子にとってこれはコンプレックスの象徴でしかなかった。


彼はそのブローチを胸に着け、鏡の前で笑みを浮かべてみた。


「我ながら、酷い顔だな……けど……」


そして、



「こんな酷い顔と、こんな醜い内面の僕を※優しい笑顔で受け入れてくれるなんて……。サチカさんは……口の悪い振りをしてるけど、本当は優しい人なんだろうな……」


(※彼の目には、彼女の欲情交じりの目がそう見えていたのである)

そうつぶやき、そっとそのブローチを胸に抱いた。

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