1-2 「頑張れ」っていうのはやめようぜ
「ここがブラス王子の部屋だな……」
しばらくして私は王子の部屋の前に到着した。
(ん、誰だろう)
そこには1人の女が複数人の兵士を連れてドアを何度も叩いていた。
見たところ 彼女が多分セドナが話していた婚約者だろう 。
(なるほど、彼女もブラス王子を励ましに来たんだな。偉いじゃんか)
私は物陰に隠れてその様子を伺った。
「ねえ、まだ出てこないのですか、ブラス王子?」
「うるさいな、話しかけてくるなよ!」
ドアは開かないまま、そんな少し幼さの残る声が聞こえてきた。
(うほ、結構いい声じゃんか...こりゃ、楽しみだな)
私は思わずそう思いながらも、その光景を見守る。
「みんな、王子のこと心配してまのよ? そんなふうに引きこもってばかりで、将来どうするのですか?」
「黙れって言ってるだろ! 兄様がいるから問題ないだろ、この国は。僕がいなくてもね……」
「そんなことありませんわ! 私はブラス王子の力に期待しているんですから」
そう彼女は言いながら、そっと諭すように扉に体を預ける。
「ねえ、まずはこの扉だけ開けてくれませんか? 一歩ずつ、頑張りましょうよ?」
「もう、僕は……頑張るのは嫌なんだよ……」
「けど、頑張って剣や学問を修めないと、どんどん周りにおいてかれますわ? そうしたら、ゴルド王子も悲しみます。それに、天国のお母様にもなんと顔向けするのです? 恥ずかしいと思われますわよ?」
ゴルド王子とは、ブラス王子の兄だ。由来は真鍮に対する黄金だろう。
ゴルド王子は非の打ち所のない『完璧な兄』として知られており、それが彼のコンプレックスになっていると、セドナは言っていた。
だが、扉の向こうからは、ドン! という音と共に怒号が響く。
「死んだ母様のことをお前が口にするな!」
「ですが、お母さまが生きていらしたら……私と同じようにブラス様に言います! もっと、兄に追いつけるよう頑張れって!」
「そうですよ! あなたの剣才は、我々も認めてるんです!」
隣りにいた騎士団長と思しき男性もそう叫んだ。
セドナいわく、ブラス王子の剣才は兄のゴルド王子も凌ぐというのは本当らしい。
「王子はやればできるんです! まずは素振りから再開しましょう!」
「勉強も周りに追い抜かれる前に再開しましょうよ! ほら、教科書も用意したんですから!」
そう隣りにいた教授のような男性も叫ぶ。だが、
「いいからもう、帰ってくれ! 今は誰とも話したくないんだ!」
そう王子は叫んだ。
その声に彼女は一瞬たじろいだが
「もう……。けど、ブラス王子のこと、私は期待していますから……。きっと、いつか私の言うことが正しかったとわかりますから……行きましょう、みんな」
「はっ!」
そう言うと彼女はこちらにやってきた。
「あら、あなたは確か……」
「サチカって言うんだ。あんたと同じ婚約者候補だな」
「そう、なんですね。あなたも王子のもとに?」
「まあそんなとこだな」
「そうですか。ですが、どうせあの方は、あなたなんかには心を開きませんよ、まだ。それではごきげんよう」
そう言うと彼女は去っていった。
(な、なんていい人なんだ...)
彼女のその慈悲深さに、私は感激した。
兄王子への劣等感に苦しむブラス王子を見捨てず「頑張れ!」と励ましてくれる。
そして、大勢の仲間を連れて、「あなたに期待しています!」と声をかける。
さらに「このままだとあなたは将来苦しみますよ」と事実を伝え、鍛錬を促す。
(私は馬鹿だから分かんねえけど……絶対ブラス王子にはあの女がふさわしいよな)
こりゃ、私がいなくてもブラス王子は幸せになれるようだな。
そう思った私は遠慮なく、王子に嫌われて「断罪エンド」を狙っても問題ないと判断した。
そう思いながら私は王子の部屋の前に立つ。
「まだなにか用があるのか? 悪いけど、今日はもう...」
「おい、王子! そこを下がってな!」
「え?」
「うおりゃああああああ!」
そう叫びながら、私は扉の蝶番に対して、力任せに剣を振り下ろした。




