4-7 サチカのそれは罵倒ではなく「男の友情」に近い
控室には、そこには意気消沈したブラス王子が悔しそうな表情をしながら座り込んでいた。
私は気取られないようにそっと、扉の影から二人の様子を覗き込んでみた。
「ははは……やっぱり兄様は強いな。また、勝てなかったよ……」
そんなふうに笑みを浮かべる彼を必死でキュプラは励ましていた。
「ブラス王子。今回の試合は残念でしたね?」
「ああ……。やっぱり、サボっていたツケが回ってきたかな……」
力なくそうつぶやくブラス王子に対して、キュプラはハッキリとうなづいて答える。
「そうですわね。まあ努力不足な感じは剣さばきからも感じ取れましたわ」
「……キュプラから見てもそう見えたのか?」
「ええ。特に3試合目、なんとか判定で勝てましたけど、以前の王子なら普通に一本を取れたと思いますもの!」
「そう……だな。やっぱり、少し鈍っていたようだ」
「けど、それだけブラス王子は元々実力があったってことですわ! もっともっと頑張れば、前よりも強くなれますわ!」
彼女の必死の励ましも彼に届かないのか、疲れたような様子でつぶやく。
「もっと、頑張れば、か……」
「そうですわ! 特にあの時の最後の火竜撃の一撃なんて、もう少し踏み込んだら当たるんじゃありません? 明日からもっと練習したらいいですわ?」
「……そうだな」
おお、なるほど。
あのゴルド王子に対して打ち込んだ炎をまとった一撃は『火竜撃』というのか。
流石キュプラ。専門知識を持ってアドバイスをするなんて、やはり婚約者にふさわしい。
「あと、前も言いましたけど、私は王子に期待しておりますのよ! いつかはお兄様に勝てますって! だから今以上に頑張ってくださいね、王子!」
「ああ……」
そして、何よりキュプラは王子の実力を信じているからこそあれだけ言えるのだろう。
あれならきっと、ブラス王子も喜ぶに決まっている。
(じゃ、次は私の番だな)
そう思いながら、私は乱暴にドアを開けた。
ーーーーーーーーー
「サチカ?」
「よう、負け犬」
「な……サチカさん、なんてこというんですか!」
私は開口一番ブラス王子を侮辱してやった。
つかみのジャブは上出来だろう。
「ハハ、そうだな……また、負けたよ……兄様にね」
「だよな? つえーもん、ゴルド王子って」
「本当にね……なんで僕はああなれないんだろう」
んなもん知るか。
……けど、やぱりブラス王子はこうやって苦しんでる顔がよく似合う。
私は思わず彼にぐい、と顔を近づけてまじまじと見つめてみた。
「さ、サチカ?」
「……またいい顔してるじゃん。嫉妬と敗北と劣等感にまみれててさ」
「それは……しょうがないだろ? 僕の気持ちなんてわかるかよ」
「ああ、私みたいな半端なやつにはわからないからな」
「…え?」
「……悔しいんだろ、すっげー。本気で悩んで、苦しんでるやつだけが味わえる痛みだもんな」
「……本気で……か……」
ブラス王子はそういうと、少し考えるような顔をしだした。
その姿を見て、キュプラは隣から声を上げて私の間に入ってきた。
「私には分かりますわよ! 私だってそんな過去ありましたもの!」
「キュプラさんも?」
「ええ! 舞踏会で踊れずに苦労したときがありましてね! そのときに私は思ったんですの。もっと上手い人を真似してみよう、そしてみんなを見返してやろうと」
「あ、ああ……」
「それでまずは先輩に頭を下げて聞いてみたんですの。『どうやったらあなたみたいに慣れますかってね! それで……」
それからしばらくの間、彼女の苦労体験とその克服したときの話は20分ほど続いた。
(おお、なんと優しいやつなんだ、キュプラは)
自分の実体験をもとに的確なアドバイスを送る彼女を見て、私は思わず感心した。
きっと王子も喜んでいるだろう。
「…うん、へえ……」
ありゃ、あまり喜んでいないな。
全く恩知らずなやつだ。
「というわけで、ブラス王子も、私みたいに頑張ってください!」
「うん……」
しばらくしてキュプラの話は終わったと思うと私に顔を向けてきた。
「それでサチカさんは、今日のブラス王子の試合、どう思いました?」
お、私の番だな。
任せろ、私があんたと違って「「只のバカ」だって証明してやる。
「私は馬鹿だから細かいことわかんないけどよ」
「…………」
「一試合目のあの……なんだっけ? 最後のジャンプ斬りとかさ、すっげーかっこよかったじゃん」
「ああ、兎跳波斬のこと?」
そうブラス王子がいうのに対して、セドナも頷いた。
なるほど、そんな名前の技があるのか。
「そう、それそれ! それに二試合目もさ。途中まで負けそうだったけどあのカウンターに出してたパンチもマジよかったぜ?」
「はは……見ててくれたんだね。あれは僕も上手く決まったなって思ったんだ」
おっと、褒めすぎたか? 少しディスらないと。
「だろ? ……けど、決勝戦は負けちまったね。ザマアないな」
「うん。頑張ったんだけどね。次は……勝てるかな?」
そういうと王子は甘えるような顔でこちらを見つめてきた。
(……ああ、たまらない。いい顔だ……)
恐らくだが、ここで『きっと勝てるって!』と慰めるのが素敵な婚約者のだろう。だが、その素晴らしい役はキュプラに譲り、私は悪役になるとしよう。
「さあ、知らねーよ」
「え?」
「王子が勝つか負けるかとか、どうでもいいよ。……んなことよりさ。ケガしてるみたいだけど、これからアイス食えるのか?」
「え、アイス?」
「なんだよ、忘れたのか? これが終わったら一緒に食いに行く約束だったろ? けどよ、負けたんだからブラス、あんたが奢れよ?」
そういうと、ブラス王子はムッとする顔をした。
やっぱ、こういう怒った顔もイケメンだよな、彼は。
「酷いな、こういう時は『残念会に、私が奢ってあげる!』とかいうものじゃないのか?」
へえ、いうようになったな、ブラス王子。
キュプラの時みたいに優しく接してこなくなったのは、いい傾向だ。そう思いながら私は王子の頬を軽く触れながら思い切り罵倒してやった。
「嫌だよ、負け犬のくせに! ばーか!」
「ひどいな、バカとは!」
「だって試合前、負けたほうが奢るって約束だったろ?」
「そんな約束してないよ!」
「したよ! さっき、私の心の中でな!」
「心の中でって、そんなの聞こえるわけないだろ!」
「……んじゃ、先に外で待ってるからな。早く来ないと屋台閉まるから、急げよ?」
「あ、ちょっと! ……まったく……」
よし、完璧だ。
十分に王子をバカにして、負けた奴にアイスまで奢らせるんだ。
これで私の株も一気に下がっただろう。
腹いせに今夜夜這いに来てくれたら最高だが。
そう思いながら私は出ていった。




