4-1 キュプラ編 セドナの会話に主語がない
それから数週間が経過した。
キュプラは、楽しそうに化粧を行いながら、鏡の前の自分に笑みを浮かべてみせた。
「ふんふんふん……うん、今日の私もかわいい!」
そして隣でお茶を淹れていたセドナに微笑みかける。
「万事いい調子ね、セドナ」
「ええ、そうっすね」
「最近はブラス王子も剣の稽古を再開したみたいだし、そろそろ社会復帰も近そうよね」
「ええ、それもこれもみんな、キュプラさんが頑張ったおかげっすね」
「ふふん。まったく、あの木偶の坊の尻を叩いた甲斐があったわね」
ちなみにこの場合の社会復帰とは「社交界に戻れるようになること」を指す。
あれからブラス王子は勉強や剣の稽古といった修行は再開しているが、まだ身内以外の人間とは会話することに気後れがある。
だが、彼は以前よりも他者への物腰も柔らかくなってたことが周囲からも評価されており、社交界への復帰は時間の問題だとも思われている。
だが、キュプラは少し不安そうにつぶやく。
「けど……ブラス王子、最近は、あの女……サチカとばかり遊んでいる気がするのよね……」
「そうっすね。一緒に買物に行く姿をよく見かけやす」
「へえ……ちなみにどこに言ってるの?」
「近所の屋台に行って買い食いをされてるそうっす」
「ふうん。ったく、そういうのは全部使用人に買いに行かせればいいのにねえ」
「あはは、そうかもしれませんが……」
そういいながら、キュプラは焼き鳥を頬張る。
無論これはセドナに買いに行かせたものだ。
「あのお二人……特にブラス王子は『一緒にサチカさんと買いに行く』っていう過程そのものを楽しんでいらっしゃるのかと思いやすが」
「過程ねえ。けど、私が誘われるなら、それならもっと楽しいところにいきたいものね」
「楽しいところ?」
「ええ、オペラとかレストランとかそういうところのほうが素敵じゃなくって? 私も誘っているのに、あまり関心をもってくれませんし……」
「まあ、しょうがないっすよ。ああいうところは知り合いの貴族にも会うかもしれないんすから、やはり気後れするんすよ。気を使わない場所で二人で過ごすほうが楽しいんだと思いやす」
そうセドナがいうと、はあ、と呆れたような声を出しながらキュプラはため息をついた。
「そんな貧乏くさいデートをやっても楽しくないじゃない。サチカも、よくまあ付き合ってあげてるものね」
「はは……ならキュプラさんは、どこに行きたいとかあるんすか?
「もちろん、港ね。秋の新作の化粧品がまた出たみたいだから、買ってほしいのよ」
「なるほど……キュプラさんらしいっすね」
この時代の化粧品は、輸送コストも相まって非常に高価だ。
そのため、庶民の数年分の予算にも匹敵する。
セドナはキュプラが食べ終わった串を片付けながらつぶやく。
「けど……。このままじゃ、危険っす」
「え?」
「もし、これ以上サチカさんとブラス王子の関係が進展したら、婚約者の席は奪われちまいますよ」
サチカも不安そうに頷いた。
「ええ……それは私も心配しているのよね」
「……ですよね。そこで、相談なんすけど……」
そういうと、セドナはぽつり、と独り言のようにつぶやいた。
「もし彼女が、今暴漢に襲われたらどうなると思いやすか?」
「え?」
「彼女のご両親はこう思うはずっす。『婚約者候補一人守れないような国に、娘は嫁がせることができない! と」
「あ……」
「しかも、それがゴルド王子の企みだとしたら……。彼は廃嫡されやすよね。そうすれば必然、ブラス王子が王位継承者になりやすから一石二鳥ってわけっす」
「な……」
「実はあっしにはつてがありやす。なんで、場合によっては……」
だが、それを遮るように大声でキュプラは叫んだ。
「なんてこと言うのよ、セドナ!」
「ひえ、すいやせん!」
思わずそう驚いた素振りを見せるセドナに、邪悪な笑みを浮かべてキュプラは答える。
「なんでそんないいアイデアがあることをもっと早くいわないのよ!」
「え?」
「何よそれ、最高じゃない! あの堅苦しいゴルドの奴を追っ払って、あの気の弱いブラスを王位につける? そうしたら私はあれよね! 王妃として好き放題できるじゃない! ああ、なんて素敵な計画!」
そういうと、キュプラは嬉しそうにドレスを翻す。
「前から思っていやせんでしたか? ブラス王子はゴルド王子への劣等感を抱えていることはすでに承知のことっすよね? だから、そこを刺激してやるんすよ。『兄を乗り越えて、そして自分が王として成り上がるチャンスだ』ってね」
「いいじゃない、それ。そうすれば私は手を汚さずに、ゴルド王子を排除して、そしてあの邪魔っけなサチカも痛めつけて叩きだしてやれるってわけね……早速やって、セドナ?」
「へっへっへ。そういうと思って、もう手はずは整えていやす。金で雇ったならず者なんすけどね。慎重な性格な連中なんで、裏社会じゃ信用の厚い連中っす」
「流石、手際がいいわね」
ふうん、とその顔を歪ませながら、キュプラはセドナの肩を抱いて笑いかける。
私が王妃になったら、あんたのことも使用人じゃなくってもっといい職に付けてあげるわよ?」
「そいつはどうも。この作戦が上手くいけばキュプラさんの願いを叶えることができやす。『王子をひきこもりから立ち直らせる』っていうね」
「つまり、この事件解決で王子に自信を付けさせるってことなのね。よしタップリ恩を売っておいて、結婚後も逆らえないようにしなくちゃ!」
そのセドナが念押しをするのに対してキュプラはパン! と手を叩く。
セドナも、それを見て一瞬寂しそうな表情を向けたが、すぐにいつものニコニコした笑顔に戻る。
「ええ、その意気っす。この作戦の目標は『邪魔になる人間を排除すること』っすから。思いっきりブラス王子に声をかけてつかあさい」
「勿論! それならあんたに汚れ仕事は任せるわね! 作戦の結構はいつ?」
「明日の昼下がりにやるんで、キュプラさんはあっしのいう場所でスタンバってくだせえ」
「わかったわ。……頼んだわよ、セドナ」
そう伝えるキュプラに、セドナはフフ、と笑いかけた。




