3-7 確かにサチカは『王位』には関心がないのは事実だが
「僕の裸が見たかった、か……ハハ……」
その夜。ブラス王子はそのサチカの言葉を反芻していた。
「あんな嘘をつくなんて、サチカは……本当に優しい子なんだな……それにしても、あんなに楽しかったのは初めてだったな……」
そういって彼女の肖像画を見ながらぽつりとつぶやく。
ブラス王子は、そもそもお坊ちゃま育ちで、また周囲の女性は貞淑なタイプが多かった。
「僕がサチカのことをどう思ってるかなんて、サチカはとっくに見抜いてたんだな……しかもそれを笑って受け入れてくれるなんて、本当に嬉しかったな……」
また、ブラス王子は当然『サチカの貞操観念が自分たちとは逆である』ことを知らない。
……それゆえ、彼女の先ほどのセクハラ発言は『自分がサチカに性的な目を向けていることを見抜き、自分も同類であると嘘を言って励ましてくれた』と誤解している。
もっとも『ブラス王子には、どんなエロい目を向けられてもサチカにとってはウェルカム』という部分に変わりはないので、ある意味誤解ではないのだが。
「しかも、ギャンブルではイカサマしてたけど……万が一のことが起きた際のリスクまで背負ってくれて……」
当然、彼女がイカサマした動機も『流石に王子の前で裸は見せたくない』という貞淑さによるものと考えている。
「やっぱり、彼女は……素敵な人だよね。それに比べたら僕なんてダメだな……」
そう呟きながらも、ブラス王子は窓から空を見上げながらフッと笑った。
以前のような劣等感を持つ自分を蔑む言い方ではなく、そんな自分をそのまま受け入れるように拳を握る。
「けど、だからこそ……僕はダメなまま、サチカに少しでも報いなきゃな……!」
そして、近くに置かれていた写本を読み返し始めた。
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それから少しののち、こんこんとノックが聞こえてきた。
「ん、こんな遅くに誰だろ……」
「まだ起きているみたいだな」
「……あれ、兄様?」
そこにはゴルド王子がいた。
いつものように弟を気遣うような優し気な笑みを見せながら、菓子を片手にやってきた。
「夜遅くにすまない。邪魔していいか、ブラス」
「うん」
そういうと、彼は部屋に入り、ブラス王子が読んでいた本をチラリと見つめる。
「勉強していたのか、こんな遅くまで」
「うん。……あんなに僕を一生懸命励ましてくれるサチカとキュプラに少しでも報いないと」
「そうか……ほら、差し入れだ」
そういうと、ゴルド王子は少し考える様子を見せた後に手に持っていた菓子を手渡す。
それは以前サチカと一緒に食べたナポレオンパイだった。
「お前はこれが好きらしいな」
「あれ……どうして知ってるの?」
「サチカ殿がそう言っていたのをセドナを通して聴いたんだ」
「そうだったんだ……」
嬉しそうにそれを受け取って一口かじるのをほほえましく見つめた後、ゴルド王子は優しく語りかける。
「サチカ殿は……本当に素敵な方だな」
「うん。あんなバレバレの嘘までついて、僕を励ましてくれたからさ……」
「そうだな。それに彼女は毎日、兵士たちの体を隅々まで観察している。ケガの有無を確認しているのだろう」
無論そんなわけがなく、サチカはただその肉体を見つめているだけなのだが。
だが『男の体を無遠慮に性的な目で舐めるように見つめる』ような真似をする女性貴族はゴルド王子の周りにもいない。そのことが彼の判断をも狂わせている。
「そう、なんだね……」
「ハハハ、また嫉妬しているんだな、兵士たちに。まったく嫉妬深いのも大概にしたらどうだ?」
「む……。そうだけどさ……それは、僕の性分だからしょうがないだろ?」
「……そうだな……フフ、前よりいい顔になったな、ブラス」
ブラス王子がむくれた顔を見ながら、ゴルド王子は楽しそうに笑った。
「ところでな、一方のキュプラの方だが……お前はどう思う?」
「どう……か……」
そういうとブラス王子は少し悩むような表情を見せた。
「正直……最近はちょっと怖いって思うんだ」
「怖い?」
「うん。いつも僕を『外に連れ出したい』って言ってくれるのは嬉しいんだけど……それがちょっと重荷に感じることが多くてさ……」
「……重荷に?」
「正直に言えば……。彼女は、僕のことじゃなくって、僕の後ろにある『王子としての地位』を見ている気がするんだ」
そう呟くブラス王子に、ゴルド王子は当然とばかりに頷く。
「だが、私たちはそういう立場だからな。それについては文句を言えるわけではあるまい」
「確かにね。けどさ、サチカは……彼女は違うよね?」
「そうだな。……彼女と話していてわかるが、サチカ殿は『お前そのもの』を常に見ているようだ。セドナや王宮の物からも裏を取っている」
ゴルド王子は、自身の印象だけで他者を判断することはせず、必ず周囲の人物からも情報を合わせて確認するようにしているため、人物評は極めて正確になる。……無論『相手が、通常の貞操観念を持つ人間』であることが前提だが。
「サチカ殿は言っていたそうだ。もし、お前が庶民になったとしても……毎日お前と暮らせるから幸せだ、とな」
「そ、そうだったんだ……」
「仮に嘘だとしても、それを堂々と言えるのだから、大したものだよ、彼女は」
実際にはサチカはブラス王子を性的対象としか見ていない。
その意味でいえば、確かに『王位の座に関心がない』ことも『ブラス王子(の肉体)そのものに関心があること』も間違いではない。そのニュアンスが決定的に違うだけだが。
「だが、キュプラは違う。……セドナから話を聴いた」
「セドナ? ああ、あの使用人の人のことだよね。彼が何か言ってたの?」
「ああ。……あの女は……王妃の座を得た後に何をするかもな……」
そういうと、ゴルド王子は彼女が今までセドナから聞いたことを全て話し始めた。
彼女が、王位を手に入れた後贅沢三昧をして過ごすことを考えていること。
愛人を各地に持っており、彼らを自国に招き入れようとしていること。
そして……。
「使用人……つまり平民のセドナをも寝所に誘ったようだ。『妊娠しても、ブラス王子が責任を取るから』ともな」
「……そんな……キュプラが……そうだったのか……」
驚いたような表情をするが、その反面どこか落ち着いた様子で頷くブラス王子に少し驚いたような表情を見せる。
「思ったより驚かなかったな」
「……うん……。だって、僕なんかを好きになってくれる人って、そういう人だと思ったから……」
「僕なんか、か。……サチカ殿も『そういう人』だと思ってるのか?」
試すような口ぶりに、ブラス王子は少し悩んだ後答える。
「……そうかもね……。彼女は素敵すぎるから。……いくらなんでも、僕にはあまりに釣り合わないから、僕を騙しているのかもしれないとは思うよ。けどさ……」
少し間を置いた後、ブラス王子は答える。
「彼女だったら、騙されても良いかなって思えるから」
その発言に、ゴルド王子も興味深そうに頷く。
「ハハ、それほど、熱をあげるとはな」
「だってさ。彼女は……一人で泣いていた『今の僕』をまっすぐ見てくれたから。……凄い嬉しかったんだ、それがね」
「……そうだったな……私も『未来のお前』に期待ばかりかけていたな。すまない……」
深々と頭を下げるゴルド王子にブラスは首を振る。
「ううん、それはいいんだ。けどさ、もし彼女がいなかったら……僕はこうして兄さんとパイを食べていなかったからさ」
「そうだな……。それに、こんな音楽も聴かなかった、だろう?」
ゴルド王子はそう笑いながら、近くに遭った魔道板を軽く指ではじく。
これはブラス王子が昼間にサチカと聞いていた曲の中でも特に彼が気に入ったものをゴルド王子が貸してあげたものだ。
「うん。……これだけ、僕の力になってくれたから……。だから、彼女がどんな本心であっても、僕は彼女を愛したいんだ」
まあ、どんな本心なのかを聴いたら確かに彼はある意味喜ぶだろうが。
ゴルド王子はそれを聴いて、安心したように笑みを浮かべる。
「フフ……。安心しろ。もしお前が色香に負け、民を傷つけるようなことをしたら……」
「うん、その時は僕を遠慮なく斬ってほしい」
「ああ。……まあ今は、サチカ殿がそんな方ではないと信じよう。それよりキュプラの件はどうする?」
「どう、か……」
言うまでもないが、この世界において王族をだまして行う『托卵』は重罪に当たる。
そのような発言を『故意に行った』だけでも、十分彼女に刑罰を与えることは可能だ。
だが、ブラス王子は首を振る。
「ううん、ちょっと待ってほしい」
「待つ?」
「うん。仮に動機がどうでも、彼女だって僕のために頑張ってくれたんだから……。だから、折を見てもう少し僕が話し合ってみるよ」
「話し合う?」
「うん。婚約者には迎えられないけど、せめて彼女の故郷だけでも立て直すための力になれたらいいと思うから」
「……そうか……では、今度の週末にセドナやサチカ殿とともに正式な会談の場を儲けるとしよう」
「ありがとう、兄さん」
「それとな、ブラス」
「何?」
ゴルド王子は少し恥ずかしそうな表情をした後に、ぽつりと答えた。
「今度のダンスは、私も一緒に参加していいか?」
「兄さんが?」
「ああ。社交界の窮屈なダンスには少し飽きてしまってな。お前たちの話を聴いて、私も混ぜてもらいたくなったんだ」
「勿論! 王宮の他の人たちも一緒に、こっそりみんなで楽しもう?」
そういうと、ブラス王子も楽しそうな表情で笑みを浮かべた。




