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2-7 未来を人質にして今いうことを聞かせようとしないでほしい

「な、なんでサチカ……ゴホン、サチカさんがいらっしゃるの?」


まあ、そりゃ驚くよな。

深夜にこんな小汚い女が王子のもとで一緒にどんちゃん騒ぎしていたら。


「いいじゃんか、別に! それよりあんたは何しに来たんだよ?」

「えっと……。勿論、王子の話し相手に来たのですわ!」

「手ぶらでか?」

「当たり前じゃない! 王子にはこれからも国を担ってもらうのですもの! お夜食を食べて太ってしまうなんてもってのほか……って……」


だが、そこで私たちが食べていたお菓子やジャンクフードを見て一瞬絶句した後、彼女は叫んだ。


「な、なんですの、この大量のお菓子と庶民の食事は!」



ああ、やっぱりそういう反応になるか。

足元に転がっている大量のジャンクフードの包みを指さして、汚いものでも見るかのような……まあ実際にそうだが……目でこちらを睨みつけてきた。


「ブラス王子もブラス王子ですよ! 『私が』作った夕食を残して、こんな体に悪いものを食べるなんて! そんなんじゃゴルド王子だけじゃない、他の人にも負けてしまいますわよ!」


そういうキュプラに対して、ブラス王子は少し申し訳なさそうな、だがはっきりとした声で答える。


「そうだよね……けど、僕はそれでもいいかなって思うんだ」

「え……?」

「無理に周りに抜かれないようにとか、兄様に追いつこうとか考えても疲れるだけだからさ……」

「何言ってますの? 大丈夫ですよ、ブラス王子なら頑張れば……」

「うん……けど頑張るのは、ゆっくりやっていこうと思うんだ。それより、今はこうやってサチカさんと一緒にいる時間を大事にしたいんだ」


わあ、なんて良いこと言ってくれるんだ。

たとえ嘘でも、単純にそう言ってくれるのは嬉しい。それに私が『王子を堕落させている大バカ者』ということも伝わったのだろう。


「まあ……サチカさん、あなたは王子を堕落させるつもりですの?」

「あはは、まあいいじゃんか! ほら、キュプラ。あんたも座んなよ!」


そういいながら私はキュプラを座らせて、なみなみと酒を注いだ。


「あんたはイケる口なのか?」

「え、ええ。嗜むくらいには」

「そんじゃ、みんなで飲もうぜ! かんぱい!」

「……乾杯」

「乾杯だね」


そういって私はグラスを合わせた。


「ほら、キュプラもなんかつまみはいるか? 甘いもんもあるぜ?」

「わ、私はお酒だけで結構ですわ! 深夜にこんなものを食べたら体型が崩れてしまいますし……サチカさんはそれでいいんですの?」

「え? 別にちょっとくらい太ってもいいじゃんか」


この世界の女たちは体型の崩れを異常なほど恐れているな。

逆に男性たちは筋力を落とすこと過剰に不安視している。まったく、こういうところも女男が逆転してるんだな。



「そうか? ならいいけどな。このチキンもうまいぜ! ほら、王子も一緒に手づかみで行こうぜ!」

「え? ……い、いいのかな?」

「固いこというなよ! ゴルド王子にバレる前に食っちまおう!」

「あ……ああ、そうだな!」


一度手づかみで食べるのに慣れたのか、王子はそのまま油たっぷりのチキンにかぶりついた。


「うまいよな、王子!」

「ああ……。私は……こういうものはあまり食べていなかったが……決して悪くはない味だ」

「だろ! ……うひひ、すこしは 元気出たかな……キュプラ、本当にいらないのか?」

「結構ですわ! そんな油まみれで体に悪そうなもの……!」

「まあな。けど、体には悪いけど心には優しい味だぜ?」

「それは詭弁ですわ! ……それにブラス王子! あまりそうやって脂肪を増やしたら、剣の稽古を再開する際に差しさわりがありますのに……」


また、キュプラも固いことをいうな。

まあそれだけブラス王子のことを考えているということなのだろう。順調にポイントを稼いでいるようで有難い。


私は逆に今のことしか考えてないことをアピールしておこう。そう思ってキュプラを援護するつもりで尋ねる。


「将来? 将来を人質にすりゃ、今を手なづけられんのかよ」

「え?」

「そんなことより『今、ここにいる王子』のことの方が私は大事だけどな」

「む……じゃあサチカさんは、何のための食事を持ってきたのです? 王子の復帰を促すためだったのではないのですか?」

「んなわけないじゃんか。私は単に『王子と一緒にどんちゃん騒ぎしたかっただけ』だぜ? 王子の未来なんて考えてない。私はただのバカなんだよ」

「そ、そうなのか……君は……」


よし、ブラス王子が失望したような目を見せてくれたな。

……バッチリだ。ちょっと寂しい気もするが。


「それにさ。ただの元気な王子様はたくさんいるけどさ。今の『うじうじ悩んでるクソだっせー王子様』って、超レアだし、じっくり見ておきたいんだよな!」


それには流石にキュプラもムッと来たような表情で反論する。


「そんな言い方をするのはあんまりじゃなくって? 王子は、笑顔の王子様が一番素敵ですもの! ねえ?」

「そ、そうだよね……。やっぱり僕は笑ってるほうがいいかな?」

「勿論です! さあ笑って、王子様? 泣き顔なんて王子には似合いませんし!」

「う、うん……努力するよ……こうかな?」

「ええ、そうですわ!」


そう尋ねられて、王子は笑いを浮かべて見せた。

……だが、やっぱりそそらないな。ああいう笑顔は。そう思って私は王子の肩をバンバンと叩いて答える。


「そうかあ? 王子に笑顔なんて似合わねえよ。今のチキン食ってべとべとのきったねー顔や、兄王子に劣等感もって不景気な顔してるほうがお似合いだって!」

「なんてひどいこと言うのですか、サチカさん! あなたは王子のことを何だと思ってますの?」

「ただのイケメンのバカ」

「……え?」


その一言に、流石にキュプラも絶句したようだ。


「最低ですわね、あなたは! ……ったく……。とにかく、私は失礼いたします!」


そういいながら彼女は私のついだ酒を一気に飲み干して、部屋を後にしていった。



ーーーーーーーーーーーー



「ハハハ……私がただのイケメンのバカ、か……」


そう力なく笑う王子を見て、私は少し言い過ぎた気もした。

だが、これも断罪エンドのためだ。そう思って私は肩を叩く。


「そう、あんたはただのバカ。こんな庶民的なもん食って喜んでるくらいだしな」

「まあ、それはそうだけどさ。サチカさんだってそれなら一緒じゃないか」

「だから何? 私はいいの。元々庶民なんだしさ」


この世界の私の設定が元々『成り上がり』であることはセドナから教わっている。

そのため、私はそう笑って見せた。


「けどさ、これで楽しみが一つ増えたな?」

「え?」

「あんたがもし、立ち直れなくて勘当されて庶民になってもさ。こうやって二人でバカなことやって、楽しめるってことだろ?」

「僕が庶民になっても? ……それって、僕が王子じゃなくなるってことだけど……」

「何当たり前のこと言ってんだ? そりゃそうだろ」


私といると、王子は堕落して、最後には庶民に落ちぶれることになる。

そのことをきちんと言っておけば、ますます王子は『こんな疫病神をおいておけるか!』となるはずだ。


「それでも君は……僕と一緒に居てくれるのか?」

「そりゃそうだろ? 『イケメンのバカ』と酒飲むの、最高じゃんか。バカと話してると飽きないしな」

「そ、そう、なんだ……」


よし、これだけバカバカ言ってやれば十分だろ。


「アハハ、その時を楽しみにしてるぜ! あと、今度良かったら一緒に食べ歩きしようぜ? 庶民っぽく変装して、内緒でな!」

「う、うん!」


そう言い残して、私は立ち上がって部屋を後にした。






ーーーーーーーーーーーーー


「僕が庶民になっても、一緒にいたい、か……」


一人残されたブラス王子はそうぽつりと呟いた。


「本当に優しいな、サチカさんは……それに引き換え僕は……浅ましい……」


そしてサチカの肖像画……これはゴルド王子が預かっていた見合いの釣り書きだが……に口づけをして、ぽつりと呟く。


「ゴメン……。サチカさん……。君はあんなに僕に優しくしてくれるのに……。僕は、君に……邪な思いを……」


言うまでもないが、サチカは貞操逆転世界の出身のため、彼の数倍は『むき出しの性欲』を抱えている。


だが、そのことを知らない王子は彼女のことを『ガサツな子を演じて、自分を元気づけてくれている優しい子』と思い込んでしまっている。


そのため、ブラス王子は『自分だけが彼女に性欲を抱いてしまっている』と感じており、それを恥じている。

だが、そう自己嫌悪に陥りそうになった自分の顔をパン! とブラス王子は叩いた。



「ダメだね、僕は! そんなこと忘れて、勉強でもしないと……」


そして、隣にあった埃を被っていた本……政治のための学術書だが……をそっと手に取った。そういいながら、隣を手で払い、その本を少しずつ読み始めた。


「……やっぱり、だいぶ忘れてるな。……けど、少しずつ進むんだ。兄さまみたいになれなくてもいい。ただ、僕は自分を納得させるために頑張ろう……」


ブラス王子はそう呟いた後、隣に置いてあった残りのナポレオンパイをかじった。





「……フフ、流石はサチカ殿だ」


そして、その様子をそっと窓から覗き込んでいた男がいた。


「私の見込んだ通りの女性だったな、やはり……」


ゴルド王子だ。

彼はサチカがブラス王子の部屋を訪問することに勘づき、そこでブラス王子の部屋が見える木の上から様子を伺っていた。


「……弟が前みたいな目に戻ってくれるとはな……」


今までもあまり公務で城に戻れなかったが、ブラス王子のひきこもりについてはずっと気に病んでいた。そのため、どこか感動するような表情でそれを見つめていた。


「やはり婚約者は彼女で決まりそう、か……だが、明日はキュプラの様子も見に行くか……いや、彼女に詳しいセドナに尋ねるのもいいか」


そういいながらそっと、木の上から降りていった。

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