2-6 深夜にこっそりと二人で食べる夜食、いいよね
そしてその日の夜遅く。
(……よし、見張りの連中はいないな……)
私はそう思いながら、そっと自分の部屋を抜け出して王子の部屋に向かっていった。
暗くて少し肌寒い廊下を歩きながら、私はニヤニヤと笑っていた。
(なんかいいよな、こういう深夜の城を歩くのって……)
そう思いながら、私はブラス王子の部屋の前につくと、部屋をこんこんとノックした。
「……王子、王子?」
「……え? ……こんな時間に誰……?」
そういって、ブラス王子がドアを開けた。
……バカめ、それがお前の運の尽きだ!
私は強引に、滑り込むように部屋の中に入り込む。
「さ、サチカさん!」
「よう、ブラス王子! ……相変わらずきったねえ顔じゃんか! 最高に良いな! ……さ、いれてもらうぜ!」
「え? あ、ちょっと!」
だが、私は王子が驚くのも無視して部屋に上がり込み、カギを内側からかけた。
ーーーーーーーーーー
「な、何するのさ、いきなり!」
「王子さ、夕食は食ったんだよな? どうだった?」
「え? ……その……実は……」
「殆ど食えなかったんだな?」
責められていると感じたのか、王子はコクリと頷いた。
「うん……。キュプラが一生けん命僕のために作ってくれたのは分かるんだけど……どうしても、受け付けないんだ……兄さまは全部食べていたのに……」
まあ、ゴルド王子の性格から考えて、出された食事を残すというのはありえないことなのだろうが。
そういいながら、ブラス王子は胸元のブローチをそっと握りしめながら、昨日とは少し違う苦笑の表情を浮かべた。
「へへ……それでさ、また嫉妬しちゃったんだ。……兄さんはああやって、体を強くするために食べることもサボらない。それに引き換え僕は……ってね」
……ああ、たまらない。
その劣等感と嫉妬を抱えて生きる男性の姿って、なんで美しいのだろう。そう思いながら私は王子の肩を叩く。
「いいじゃんか! あんたのそのみっともないきったねえ顔、私は大好きだぜ? 醜い感情を抱えて生きている王子の姿、わざわざ見に来た甲斐があったな」
「……アハハ、そうかな。ありがと」
よし、まずは軽いジャブで王子を傷つけることは成功だな。
「それで、今日は何しに来たの、サチカさんは」
「へへ、今日はあんたにプレゼントって思ってな」
(キュプラ、援護射撃してやるぜ……! あんたこそが婚約者にふさわしいってこと、この王子に教え込んでやるから!)
そう思いながら、私は屋台で買ってきた食事の面々を取り出した。
無論軽く暖めなおしてあるので、部屋全体にいい匂いが充満した。
「いい匂いだな……」
「へへ、だろ! 今日の夕方、城下町で買ってきたんだ! あんたと一緒に喰いたくてさ!」
「僕と?」
「ああ! ……おっと、ゴルド王子には内緒だぜ? あの兄貴、見つかったらうるさそうだからな……!」
「兄様に?」
そういって私は人差し指を立てて小声でつぶやく。
「そ! だってあの兄貴、真面目だろ? こういうの食べねーんだよ。だから、こっそり食っちまおうぜ?」
「……うん!」
フフ、我ながら完璧だ。
キュプラが一生懸命作ってくれた低脂質にタンパク質豊富な栄養食に対して、私は屋台で買ってきただけの、高カロリーな体に悪いジャンクフードだ。
しかもこんな深夜に、内緒で二人っきりで食うような真似をしたら、きっとゴルド王子からも怒りを買うはずだ。
これで私の好感度ダダ下がりは間違いない。
(ま、こいつと喰いたいってのも本心だけどな……)
こんなイケメンの男と二人でこっそり夜食を食う。
私の『死ぬまでにやりたいことトップ10』に入ってることだ。まあ最高なのは、これで飯を食った王子が性欲を取り戻して私に抱かれたがることだが。
そう思いながら私は食事を見せる。
「初めて見るものばかりだな。何て名前なんだ?」
「ナポレオンパイに、カルフォルニアロール、それにフランクフルトにナポリタンだ!」
これらの食べ物は地球の固有名詞が由来なのだが、なぜか露店で売っていた。
なんでこんな代物がファンタジーの世界にあるんだよ。
(まあ、セドナの奴が広めたんだろうが……にしても名前くらいは変えろよ。変なところで融通が聞かないんだな、あいつは……)
そう思いながらも私はこれを手渡した。
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「ガツンと油が効いててうまいぜ! さ、一緒に食おう、食おう!」
「……『一緒に』か……」
「当たり前だろ! 二人だけの内緒のディナーパーティーっていいじゃんか!」
「そう、だな……」
そういうと王子はフランクフルトにかじりついた。
「う……」
「ん、まずいか?」
アニメや漫画では「特権階級が庶民的な物の味にふれて感激する展開」は鉄板だ。
だが冷静に考えれば、普段から薄味になれた王族の連中には口に会わないのではないだろうか。そう思いながらも少し心配して尋ねた。だが、
「美味しいな、これ……! ひき肉をこんなに塩辛く作るなんて……」
「お、そりゃよかった!」
どうやら杞憂だったようだ。
「やっぱさ、疲れた時には塩分と脂肪たっぷりなもんがいいよな! ま、これはゴルド王子は食わなかったけど」
「あれ、そうなの?」
「ああ。あの兄貴、真面目だからな。だから多分、王族じゃあんたしか食ってない味だぜ?」
「……ハハ、そうなんだね」
そういいながらも、ブラス王子は笑みを浮かべた。
(フフ……良い顔だな……)
そう思いながら今度はナポレオンパイに手を伸ばす。これを備え付けのナイフで一枚ずつ食べようとするのを私は止めさせた。
「なあ、そんな上品な喰い方なんかしなくていいじゃんか!」
「え?」
「こうやって手づかみでがっつり行こうぜ! ワイルドに下品にさ! 今日だけ庶民になった気持ちでな!」
「庶民みたいに?」
「そう! こうやってな!」
そういいながら私はナポレオンパイにがぶりとかぶりつく。
「かあああ、うめえ! マジで最高! どうだ、王子もこんな風に食おうぜ?」
「あ、ああ……いいのか?」
「いいのいいの! ゴルド王子にも出来ねえぜ、こんなことはさ!」
「よし、やろう……!」
そしてブラス王子も私の真似をして口を開けて、パイをかじると美味しそうに笑みを浮かべた。
「うん、美味しいね」
「だろ? ほら、口にクリームついてるぞ?」
そういいながら私はハンカチを手渡した。
うん、やっぱり男性がこうやって美味しそうに食べるのは最高だな。
それに私が『社交界に見せられない下品な女』ともアピールできたはずだ。
(われながら完璧だな……)
イケメンの王子と一緒に美味しい夜食をこっそり食べながら、私自身の評価も下げて『断罪エンド』までの距離を近づける。
まさに完璧な計画だ。
そんな風に思っていると、急にドアがトントンと鳴る音が聞こえた。
「あの……王子?」
その声には聞き覚えがある。
「キュプラか?」
「ええ……王子のことが心配になって、来ちゃいましたの……どうか、お開けになって?」
こりゃいい、キュプラが来たか。
これで私がいかに彼女に比べて『ダメな女か』を見せつければ完璧だろう。
そう思った私は、ドアのカギを外し、彼女を迎えいれることにした。




