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『天使を殺す契約をした』 ~たとえ神を敵にしても~【金曜朝7時更新】  作者: 準


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交錯する策

第36話 交錯する策


◆ベルスニア共和国・北側――廃工場の地下室

 薄暗い部屋。

 そこには、ハーランドと小柄な魔導士。

 そして、一人の悪魔がいた。


 部屋の隅では、アベルが拘束されたまま座らされている。


 そのとき――。

「報告があります!」

 扉が勢いよく開いた。

 入ってきた魔導士が、息を整えながら告げる。

「グランビルとイーオンが……捕らえられました」


「……何?」

 小柄な魔導士が目を見開く。

「二人とも、ですか?」


「はい」


「……あの二人が?」

 小柄な魔導士が驚く。

「グランビルだけじゃない。イーオンまで……?」


 アベルがハーランドの反応を見る。


 ハーランドは黙っていた。

 やがて、ゆっくりと椅子に背を預ける。


 一人の悪魔が口を開く。

「グランビルも、イーオンも……かなりの腕だ」

「それを二人とも捕らえた、か」

 その声には、驚きよりも納得が混じっていた。


 ハーランドは小さく笑う。

「なるほどな」

 そして、ぽつりと呟いた。

「噂は本当だったわけだ」


 報告に来た魔導士が尋ねる。

「噂……?」


 ハーランドは続けた。

「周りに災難を巻き起こす、悪魔ジル……か」


 一人の悪魔が言う。

「確か……『災厄の悪魔――ジル』……そう呼ばれている」


 部屋の空気が僅かに変わる。


(さ、災害の次は『災厄』!? ジルさん、悪魔界で一体どんな暴れ方をしてたの……!?)

 アベルは縄に縛られたまま、心の中で思わず冷や汗を流した。


 そのとき、別の声が響く。

「ハーランド!」

 部屋の扉から、もう一人の悪魔が入ってきた。


 ハーランドがその男を見る。

「ガルドラ、どうした?」


 ガルドラが話し始める。

「もう一つ、情報がある」


 ハーランドが視線を向ける。

「聞こう」


 ガルドラは静かに口を開いた。

「ジルと一緒にいる、もう一人の男の悪魔――」


「……ああ」


「おそらく、ベルツだ」


 その名前に、ハーランドが僅かに眉を動かす。

「ベルツ?」


 ガルドラが腕を組む。

「俺も確証はない。だが……特徴が一致している」

「静寂の黒葬」


 魔導士たちが顔を見合わせる。

「……なんだ、それ?」


「悪魔界でも有名な奴だ」

 ガルドラは淡々と答えた。

「俺も実際に会ったことはない。ベルツについては、噂しか知らん」


(せ、せいじゃくのこくそう……!? ベルツさん、あんなに物腰柔らかくてお茶を淹れてくれるのに、そんな物騒すぎる二つ名があったの……!?)

 アベルの背筋に、尋常じゃない寒気が走る。


 そして、ガルドラはジルの名を口にする。

「だが――ジルは違う」


 ハーランドがガルドラを見る。

「会ったことがあるのか?」


「ああ」

 ガルドラは即答した。

「昔な」

 一拍。

「正面からでは、絶対に勝てない」


 その言葉に、部屋が静まり返る。


「……お前がそこまで言うのか」

 ハーランドが呟いた。


「言うさ」

 ガルドラの表情は真剣だった。


 ハーランドは腕を組む。

「グランビルとイーオンも強い。あの二人を倒したというなら……ジルの噂は、本当ってことだ」


 ハーランドの視線が、拘束されたアベルへ向いた。

 そして――

「面白いな」

 口元が僅かに笑う。

「災厄の悪魔と、静寂の黒葬……か」


 ハーランドは腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。

「あの悪魔二人を、東のヴァンパイアどもにぶつけて潰し合わせる計画だったんだがな……」


 ハーランドの鋭い視線が、拘束されたアベルへ向く。

「だが、グランビルとイーオンが捕まったとなれば話は別だ。まずはこのガキを返すわけにはいかん。二人を救出する手を考えねばならんな」


(僕、完全に囮にされてる……! でも、ジルさんとベルツさんが本気出したら、この人たち本当に無事じゃ済まない気がするんだけど……)

 アベルが心の中で慄いていると――


「ハーランド」

 ガルドラが静かに呼びかけた。

「正面からやれば、こちらが不利だ」


「ああ」


「だから――」

 ガルドラが一歩前へ出る。

「いい方法がある」


 ハーランドが目を細めた。

「……聞かせてもらおうか」


 ガルドラは、ゆっくりと怪しげな笑みを浮かべた。


◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前(地表)

 エレナたちは、ベルツとジルの活躍によって、重力魔道士グランビル、紫雷の魔道士イーオンの二人を拘束することに成功した。


 しかし――。

 アベルの居場所や、彼を攫った者たちの目的については、まだ分からないことが多い。

 二人から少しずつ情報を聞き出しながら、エレナたちはアベルが捕らえられている廃工場の場所と、そこに待ち受ける敵の正体へ迫っていく。


 イーオンとグランビルの前で、ベルツが静かに口を開いた。

「あなたたち二人と、アベル様の人質交換を――そのハーランドという魔導士は、聞き入れますか?」


 イーオンとグランビルが顔を見合わせる。

 しばしの沈黙。


「……普通なら、応じると思うわ」

 イーオンが答えた。


「だが、ハーランドは普通じゃない」

 グランビルが続ける。

「悪知恵だけは働く奴だ。何か策を考えているなら、人質交換なんて簡単な話には乗らないだろうな」


「――人質交換なんて、させてたまるか!!」

 不意に響いた切迫した声に、全員の視線が集中した。

 声の主はエレナだった。


 エレナは握りしめた拳が微かに震え、その瞳には溢れんばかりの焦燥と怒りが宿っている。

「交換なんてまどろっこしいことしてたら……アベルが何をされるか分からない! アベルは……アベルは戦えないんだよ!? あんな黒い炎の男に捕まって、どれだけ怖い思いをしてるか……!」


 震える声で語られる弟への思いに、ミナが胸を痛めてエレナの肩にそっと手を添える。


 グランビルは気圧されながらも、視線を落として言った。

「……気持ちは分かるが、ハーランドは仲間を見捨てる奴じゃない。だからこそ厄介なんだ」


 イーオンが小さく息を吐く。

「私たちを助けながら、お前の弟も返さない方法を考えるはずよ」


「……なるほど」

 ベルツが深く静かに頷く。


 イーオンが続ける。

「人質交換には直接応じず、別の方法で二人を救出する……おそらくね」


 グランビルが頷く。

「ハーランドは正面から戦うより、相手の隙を突くほうを好む」


「罠を仕掛ける可能性もある、と」

 ベルツが呟く。


 イーオンが答える。

「十分にあるわ。だから……私たちが捕らえられたことも、逆に利用されるかもしれない」


 ミナが不安そうに眉を寄せる。

「利用って……?」


「私たちを取り戻そうとしていると思わせて、別の場所から仕掛けてくるとか……」

 イーオンが少し言葉を止める。

「ハーランドなら、やりかねないわ」


 エレナは唇を強く噛み締めた。

(アベル……待ってて。お姉ちゃんが……絶対に助けに行くから……! どんな罠があろうと、粉砕してあげる!)


 ベルツはエレナの決意に満ちた横顔を一瞬だけ見つめ、静かに口を開いた。

「では――こちらも利用させてもらいましょう」

 冷徹で、透き通るような声だった。


 イーオンとグランビルがベルツを見る。

 そしてイーオンが口を開く。

「……私たちが、餌になるってわけですか?」


「ええ」

 ベルツは穏やかに、しかし一切の隙なく微笑んだ。

「あなたたちが無事であることをハーランドに知らせ、誘い出します。彼がどのような策を使おうと――アベル様を傷つけた報いは受けていただきます」


 エレナが力強く拳を握り直す。

「行くよ、ベルツ、ジル、ミナ! どんな手を使ってこようが……アベルを取り戻す!!」


 アベルを心配する姉の激しい絆と、悪魔たちの圧倒的な力が一つになる。

 一行は決意を胸に、暗黒の罠が待ち受ける決戦の地へ向かって駆け出した。



都合により、更新はお休みです。

次回は、10月16日金曜の7時更新です。

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