化け物の証明
◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前(地表)
紫雷の爆音が止み、上空の空気が静まり返る。
ジルがイーオンを倒し、肩を回しながらエレナたちの元へ歩み寄る。
グランビルは膝をついたまま、ベルツを警戒するように見上げていた。
ジルが、皆の輪に加わる。
「お待たせ〜。そっちはもう片付いたみたいね」
「おかえりなさいませ、ジルさん」
ベルツは一礼すると、少し離れた壁に寄りかかっているイーオンへ優しく視線を向けた。
「お話がありますので」
「そちらの女性の方も。どうぞこちらへ」
イーオンが顔を背ける。
「……ここで聞いてるわよ」
ベルツは困ったように微笑むが、その瞳はまったく笑っていない。
「いえ、どうぞこちらへ。――聞こえませんでしたか?」
ほんの僅か、ベルツの黒い魔力が圧となって膨らむ。
イーオンはゾクッと背筋を凍らせる。
「……はいはい、行けばいいんでしょ」
苦笑しながら、諦めて足を引きずり皆の元へ歩み寄った。
ベルツは二人を見渡し、静かに口を開く。
「では――改めて二人に尋問を続けましょう」
イーオンが苦笑する。
「戦闘の後に尋問って……あんたら、本当に容赦ないわね」
ジルが肩を回しながら言う。
「口が動くなら十分よ」
イーオンはジルを見て、わずかに肩を震わせた。
グランビルが呆れたように言う。
「雷より速い悪魔なんて聞いたことねぇよ……」
ベルツは軽く咳払いし、話を戻す。
「まず――ヴァンパイア組織について伺います」
イーオンとグランビルが同時に顔を上げた。
「霧血のヴァンパイア」
ベルツが名を口にする。
グランビルが頷く。
「そうだ。街を支配してるヴァンパイア組織だ」
「霧血のヴァンパイア――始祖から数えて、何代目ですか?」
ベルツが尋ねた。
イーオンが首を振りながら答える。
「そこまでは知らないわ」
「ただ――一〇〇年以上は生きてる」
ベルツは静かに頷く。
「重要なのは年数ではなく、始祖から数えて何代目か……です」
エレナが続ける。
「何代目かは、会ってみないと分からないか」
ミナが不安そうにベルツを見る。
ベルツは静かに言う。
「ミナ様を救うためにも、ヴァンパイアに会うのは避けられないでしょう」
「ですが、まずはアベル様の救出優先でよろしいですね?ミナ様」
ミナが頷く。
「ええ、アベル君を助けましょう」
そのとき――。
グランビルが口を開いた。
「ヴァンパイア組織にも悪魔がいる」
ミナが息を呑む。
「悪魔……?」
「組織の幹部よ」
イーオンが続ける。
「めちゃくちゃ強い。力で押し切ってくるタイプ」
グランビルも頷く。
「俺たちじゃ勝てねぇ。あいつは別格だ」
ベルツが静かに尋ねる。
「その悪魔のお名前は?」
イーオンとグランビルが同時に言った。
「「カイロ」」
その瞬間――。
ジルの表情が変わった。
「……カイロ?」
エレナがジルを見る。
「知り合い?」
「うん」
ジルは懐かしそうに笑った。
「前にアタシをベルスニアの組織に誘ってきたのがカイロよ」
ベルツが少し笑う。
「カイロさんが幹部なら、ヴァンパイア組織とは話し合いで済みそうですね」
ミナが驚いたようにベルツを見る。
「ベルツさんもカイロさん知ってるの?」
「ええ」
ベルツは穏やかに答える。
「何度かお会いしたことがあります」
イーオンが目を見開く。
「……あの化け物悪魔の知り合いだったの……」
「そりゃ二人とも強いわけよね……」
ベルツは笑う。
「知り合いというか――」
「カイロさんはジルさんの部下でしたよね?」
「「えーーー?」」
ミナとエレナが同時に声を上げる。
ジルが少し懐かしそうな顔をする。
「昔ね」
「アタシの部隊の小隊長だったのよ」
「一番頼りにしてた部隊のね」
「弟分みたいなものよ」
グランビルが唖然とする。
「……あのカイロより強い悪魔だったのか……」
ベルツは小さく笑った。
「カイロさんも、昔のジルさんと同じで――」
「加減というものを知りませんでしたから」
エレナが苦笑する。
「また、そのタイプの悪魔……」
イーオンがジルとベルツを見て、呆れたように言う。
「そんな化け物悪魔が二人も揃ってるとか……」
ベルツは静かに締めくくる。
「では――」
「ヴァンパイア組織は後回しですね」
「まずはアベル様を救いに行きましょう」
エレナは強く頷いた。
「行こう……アベルを助けに!」
だが――。
「待て」
グランビルが、低い声で呼び止めた。
エレナたちが振り返る。
グランビルは、ゆっくりと立ち上がろうとして――。
しかし、足に力が入らず、再び片膝をついた。
「……くそっ」
悔しそうに拳を握る。
その隣で、イーオンも地面に座り込んだまま、静かに息を吐いた。
「……もういいわ」
ジルが振り返る。
「何が?」
イーオンは苦笑した。
「私たちの負けよ」
その言葉に、グランビルが顔を上げる。
「……イーオン」
「事実でしょう?」
イーオンはジルを見る。
「私は、あれだけ雷を撃って……」
「それでも、あなたには届かなかった」
そして――。
ベルツへ視線を移す。
「グランビルも同じ」
「重力魔法を完全に崩された」
グランビルは苦々しそうに笑った。
「……認めるしかねぇな」
拳を開く。
「俺の重力は、魔導士の中でもかなり強い」
「それを、あいつは真正面から潰しやがった」
グランビルは、重力魔法が崩された瞬間の感覚を思い出し、背筋が冷えた。
ベルツは何も言わず、静かに二人を見つめている。
グランビルは続けた。
「しかも――」
ジルを見る。
「もう一人は、俺たちより遥かに強い」
「……ちょっと、褒めすぎじゃない?」
ジルが笑う。
「事実だろ」
グランビルはため息をついた。
「お前ら二人……」
「化け物って言葉でも足りねぇよ」
イーオンも苦笑する。
「同感ね」
そして、両手をゆっくり上げた。
「だから――投降するわ」
エレナが目を見開く。
「投降……?」
「ええ」
イーオンはジルを見ながら答えた。
「寝返るつもりはないわ」
「私たちは、魔道士組織側の人間だから」
グランビルも頷く。
「だが、負けた以上、これ以上戦う意味はねぇ」
そして――。
グランビルも両手を上げた。
「俺たちの負けだ」
一瞬、静寂が落ちる。
ベルツが二人を見つめる。
「……よろしいでしょう」
魔力の剣を消す。
「あなた方を拘束します」
「ですが、必要な情報を話していただけるなら、無用な傷は負わせません」
グランビルが苦笑した。
「最初から、そのつもりだったんだろ?」
「ええ」
ベルツは穏やかに微笑む。
「私は、争いを好みませんから」
「……説得力ねぇな」
グランビルがベルツの足元に残る亀裂を見る。
イーオンも、焼け焦げた地面を見た。
「本当ね」
そして――。
二人は改めて、ベルツとジルを見る。
自分たちが相手にしていたのは――。
ただ強い悪魔ではない。
桁違いの力を持つ、二人の悪魔だった。
イーオンが小さく息を吐く。
「……勝てるわけなかったのね」
ジルがニヤリと笑う。
「今さら気づいた?」
「ええ」
イーオンも苦笑した。
「身に染みて分かったわ」
グランビルも肩を落とす。
「俺もだよ」
ベルツが静かに二人へ告げる。
「では――」
「アベル様を救出するため、あなた方からもう少し詳しく話を伺いましょう」
「……ああ」
グランビルが答えた。
「分かったわ」
イーオンも同調した。
二人は抵抗しなかった。
寝返ったわけではない。
ただ――。
自分たちの敗北を認めたのだ。
ベルツは手際よく二人を縛り上げて拘束した。
「ジルさん、エレナ様、ミナ様。――行きましょう」
ベルツが静かに振り返る。
その瞳には――
アベルを守れなかった自責と、決して表には出さない冷たい怒りが宿っていた。
普段の穏やかな表情は、そこにはない。
ただ一つ。
アベルを必ず取り戻すという、揺るぎない意志だけがあった。
「うん……! 絶対にアベルを助け出す!」
エレナが力強く頷き、剣の柄を握りしめる。
「アベルさん……待っててね」
ミナも胸の前で手を握り、覚悟の決まった目で頷いた。
ジルはニヤリと不敵に笑い、焦げた袖を無造作に捲り上げる。
「暴れ足りないと思ってたところよ」
一行は迷いなく歩き出す。
目指すは、暗黒炎の男が潜む――北側の廃工場。
アベルを傷つけ、仲間を囮に使おうとする敵のもとへ。
――決戦の舞台は、暗黒の罠が待ち受ける敵アジトへ。




