雷より速く
◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前(地表)
上空では紫雷が弾け、ジルの笑い声が遠くで響く。
地表では、重力魔道士グランビルが膝をつき、肩で息をしていた。
ベルツは魔力の剣を構えたまま、静かに一歩近づく。
「さて、グランビルさんでしたよね」
「少し、お話を伺いましょう」
グランビルは悔しそうに歯を食いしばる。
「……尋問かよ」
ベルツは穏やかに微笑む。
「ええ。ですが、拷問するつもりはありません」
「あなたを殺す必要もありませんから」
その言葉に、グランビルの眉がわずかに動いた。
そのとき――。
「ベルツ……!」
エレナが前へ出る。
瞳が揺れ、声が震えていた。
「アベルは……弟はどこなの……!」
「早く……早く教えてよ……!」
エレナの身体から、黒い魔力が溢れ出した。
空気が震え、地面の砂が浮き上がる。
「エレナ様、落ち着いてください」
ベルツがすぐにエレナの肩へ手を置く。
しかし――。
グランビルの瞳が大きく見開かれた。
「……な、なんだその魔力……!」
「人間の魔力じゃねぇ……!」
「こいつも化け物か……?」
エレナは息を荒げながら叫ぶ。
「化け物でもなんでもいい!」
「アベルを返して!!」
魔力がさらに溢れ、黒い風が周囲を巻き込む。
「エレナ様」
ベルツが静かに言う。
「怒りは理解します。ですが――」
「今は、情報を聞き出す方が先です」
エレナは震える唇を噛み、魔力を抑えた。
ミナがそっとエレナの腕を掴む。
「エレナさん……大丈夫……」
ベルツはグランビルへ向き直る。
「では、順番に伺います」
「アベル様の居場所を教えてください」
グランビルは舌打ちした。
「……北側の廃工場区画のビルだ」
「地下室に閉じ込めてある」
エレナが息を呑む。
「地下室……!」
ベルツは続ける。
「攫った理由は?」
「お前らを巻き込むためだよ」
グランビルは吐き捨てるように言った。
「魔道士組織とヴァンパイア組織は今、対立中だ」
「どっちの組織にも悪魔が何人かいる」
「戦力は拮抗してる」
ベルツは静かに頷く。
「なるほど」
「街に結界を張ってたのは俺たちだ」
「お前らの魔力は異常にデカい」
「ヴァンパイア側に味方されたら困る」
「だから――」
「アベルを人質にして、お前らを東側との戦いに巻き込むつもりだった」
エレナが怒りで拳を震わせる。
「そんな理由で……アベルを……!」
グランビルは続ける。
「今回の計画を進めてるのは――」
「黒い炎の魔道士、ハーランドだ」
ベルツの瞳が鋭く光る。
「ハーランド……」
ミナが不安そうにベルツを見る。
「ベルツさん……その人、強いの?」
「ええ」
ベルツは静かに答える。
「暗黒炎を操る魔道士……」
「そして――今回の黒幕でしょう」
グランビルは肩で息をしながら続けた。
「ハーランドは、お前らを“戦場に投げ込む”つもりだ」
「ヴァンパイア組織とぶつけて、街を混乱させる」
「その隙に、魔道士組織が街を掌握する……」
「そういう計画だ」
エレナは震える声で言った。
「そんな……」
「アベルを巻き込んで……!」
ベルツはエレナの肩にそっと手を置く。
「エレナ様」
「アベル様は必ず助けます」
「そのためにも――」
「まずは、この男から聞けることを全て聞きましょう」
グランビルは悔しそうに顔を歪めた。
「……ハーランドの計画は止まらねぇ」
「お前らが来ようが来まいが、街は戦場になる」
ベルツは静かに言った。
「いいえ」
「止めますよ」
その瞳は、黒い魔力の奥で静かに燃えていた。
上空では――
ジルの笑い声と紫雷の爆音が、まだ響いていた。
◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前(上空)
紫雷の女は、まだ笑っていた。
だが――。
先ほどまでの余裕は、もうない。
「……本当に、面倒な女ね」
女の指先で、紫色の雷が弾ける。
ジルは黙って拳を握った。
焼けた腕が痛む。
背中にも、まだ鈍い痛みが残っている。
それでも――。
ジルは笑っていた。
「アンタの雷……」
一歩。
ジルが前へ出る。
「もう怖くないわ」
女の眉が動いた。
「……何ですって?」
「最初は速いと思った」
ジルは肩を回す。
「でも――」
バチッ!
女の周囲で紫電が弾けた。
次の瞬間――。
雷が走る。
――バチィィッ!!
ジルの身体が横へ滑った。
雷撃が頬を掠める。
そのままジルは地面を蹴る。
――バチィィッ!!
今度は背後から。
ジルは振り返りもしない。
身体を低く沈める。
紫電が頭上を通り抜けた。
「……っ!」
女の表情が変わる。
さらに雷を放つ。
今度は、途中で軌道を変えた。
紫色の光が空中で大きく曲がり、ジルへ迫る。
「そこ!」
ジルが跳ぶ。
雷は足元を通り抜け――。
その瞬間。
ジルは笑った。
「やっぱりね」
着地。
女が目を見開く。
「……何?」
「アンタの雷――」
ジルは女から目を離さない。
「同じところを狙ってる」
「……!」
女の指が止まった。
「避けた方向を追ってくる」
ジルが一歩進む。
「でも――」
さらに一歩。
「追い方に、癖がある」
女の顔から、笑みが消えた。
「……だったら!」
紫電が一気に膨れ上がる。
――バチィィィィィッ!!
轟音。
周囲一帯が紫色に染まる。
「全部まとめて焼き尽くしてあげる!」
雷が弾けた。
一発。
二発。
三発。
無数の紫電が、四方からジルへ襲いかかる。
「……!」
ジルは動いた。
右。
左。
前。
そして――後ろ。
雷と雷の僅かな隙間を、身体を捻りながら抜けていく。
――バチィッ!
髪を掠める。
――バチィィッ!
肩を掠める。
それでも――。
ジルは止まらない。
「なっ……!」
女が目を見開く。
雷が次々と地面を砕く。
だが――。
ジルは、そのすべてを紙一重でかわしていた。
「嘘……!」
女が後ろへ下がる。
その瞬間。
「そこよ」
ジルの姿が消えた。
「――ッ!?」
女が振り向く。
だが――遅い。
ジルはすでに懐へ入っていた。
「アンタ――」
拳を引く。
「雷に頼りすぎなのよ!」
――ドンッ!!
拳が女の腹へ突き刺さった。
「ぐあっ……!!」
紫電が一斉に弾け飛ぶ。
女の身体が大きく吹き飛び、地面を何度も転がった。
――ズザザザッ!!
最後に壁へ叩きつけられる。
「……っ……!」
女の身体から、雷光が消えていく。
ジルはゆっくりと歩いていく。
そして――。
倒れた女の前で足を止めた。
「……どう?」
女は苦しそうに顔を上げる。
「……どうして……」
声が震えている。
ジルは拳を構えたまま、女を見下ろす。
「何が?」
紫雷の女は、倒れながらもジルを睨みつけた。
「私の雷を……最初は避けられなかった」
「なのに、途中から……」
女の声が震える。
ジルは少し考え――ふっと笑った。
「最初はね」
「あんたの雷、動きが読めなかったのよ」
「……?」
「普通なら、魔力の流れを見れば次に来る場所くらい分かるのよ」
「でも、アンタの雷は違った」
「変なのよ」
紫雷の女が眉を寄せる。
「変……?」
「そう」
「あんたの魔力には、妙な癖がある」
ジルは女の周囲に残る紫色の電流を見る。
「見えてる魔力と、実際の雷の動きがズレる」
「だから、アタシは何度か引っかかった」
女が目を見開く。
「……そこまで……」
「ええ」
ジルはニヤリと笑った。
「正直、かなり手こずったわ」
そして――。
「でもね」
ジルの瞳が鋭くなる。
「一度分かれば、あとは簡単よ」
紫雷の女が息を呑む。
「……私の癖を……読んだの?」
「そういうこと」
ジルは拳を握る。
「雷そのものが速いんじゃない」
「読んだ動きと違う動きをするから厄介だっただけ」
女は悔しそうに唇を噛んだ。
ジルは一歩、近づく。
「もう一つ、アンタにアドバイス」
ニヤリと笑う。
「アンタ、攻撃するとき――」
一歩。
女へ近づく。
「必ず一瞬だけ、目が動くのよ」
女は驚いた顔をする。
「……!」
ジルは自分の目元を指で軽く叩いた。
「雷を追わせるときも、次に狙う場所を見る」
「だから、見てれば分かる」
女は言葉を失った。
ジルは笑う。
「雷が遅いんじゃない」
「アンタが、雷より先に教えてくれてたのよ」
女が唇を噛む。
「……っ……!」
それでも、震える手を上げる。
残った魔力を絞り出すように――。
バチッ……。
小さな紫電が指先で弾けた。
ジルはそれを見ると、呆れたように笑った。
「まだやる?」
「……当然よ……!」
女が立ち上がろうとする。
だが――。
足に力が入らない。
膝から崩れ落ちる。
「……くっ……!」
ジルはしばらく女を見つめた。
そして――。
「いいわ」
ジルは背を向ける。
「アンタの雷、嫌いじゃなかったわよ」
女が顔を上げる。
「……名前……は?」
ジルの目が少し大きくなる。
「ん?」
女は続ける。
「あなたの……名前は……?」
ジルは振り返る。
「ジル」
女はその名を呟いた。
「……ジル……」
ジルはニヤリと笑う。
「アンタは?」
女は少しだけ息を整える。
「……イーオン」
「イーオン、ね」
「いい名前じゃない」
ジルはその名を聞くと、再び背を向けた。
「覚えておくわ」
その声には――。
ほんの僅かな敬意があった。
強敵だった。
だからこそ――。
ジルは、その戦いを楽しんでいた。




