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『天使を殺す契約をした』 ~たとえ神を敵にしても~【金曜朝7時更新】  作者: 準


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災厄と呼ばれた悪魔

◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前(上空)

 女が地表の重力魔法の男に目をやる。そして小声で呟く。

「グランビルが負けるなんて……」

「でも、私は負けない!!」

 紫雷の女の周囲で、雷が一段と濃く渦を巻いた。

 空気が震え、視界が揺らぐ。


「……へぇ」

 ジルが目を細める。

「グランビル?お仲間が負けて――」

「本気出す気になった?」


 女は笑った。

「あなた、強い」

「だから――」

 指先に紫電が集まる。

 蛇のようにうねり、形を変え、光が濃くなる。

「殺すつもりで撃たないと、当たらないみたい」

 ――バチィィィィッ!!

 雷撃が空気を裂いた。

 さっきまでの雷とは違う。

 “速さ”が違う。

 “重さ”が違う。

 “殺意”が違う。


「ッ!」

 ジルは反射的に横へ。

 だが――。

 雷撃は軌道を変えた。


「なっ……!」

 雷が曲がった。

 ジルの背中へ向かって、蛇のように追尾する。

 ――バチィィィッ!!

「ぐっ……!」

 雷撃がジルの背中を焼いた。

 衝撃が全身を走り、視界が一瞬白く染まる。

 ジルが地面へ叩きつけられ、石畳が砕けた。


「ジルさん!」

 ミナの声が響く。

 ジルは歯を食いしばりながら立ち上がる。

 背中から煙が上がり、服が焦げていた。


「……っは……」

 ジルは息を吐く。

「本気って……そういうことね……」


 女は楽しそうに笑う。

「どう?」

「これが“本気の雷”よ」

 そして、再び雷が弾ける。

 ――バチィィィィッ!!

 今度は三本。

 直線、曲線、追尾。

 同時に襲いかかる。


「くっ……!」

 ジルが翼を広げ、少し上空に上がる。そして、雷撃の間を縫うように飛ぶ。

 だが、追尾の雷が背後から迫る。


「逃がさないよ」

 女の声。


 雷撃がジルの足元へ食らいつく。

 ――バチィィィッ!!

「っ……!」

 ジルの足が焼け、膝が沈む。

 石畳が砕け、身体が揺れる。


 それでも――。

 ジルは笑った。

「……アンタ……」

「ほんとに面倒ね……!」


 女が目を細める。

「まだ立つの?」

「普通なら、もう動けないのに?」


「アタシ、普通じゃないのよ」

 ジルは拳を握りしめた。

 雷で焼けた腕が震える。

 それでも、拳は下がらない。

「アンタの魔力の癖――」

「もう全部読めたわよ」

 ジルの瞳が鋭く光る。


 女の表情がわずかに揺れた。

「癖?……わかった?」


「そう」

 ジルは一歩前へ出る。

「アンタの雷は速いし――」

「最初は、全然読めなかった」

「でも……」

ジルの瞳が鋭く細まる。

「もう、わかったわ」

「一度見せた攻撃は、二度とアタシには通用しないわよ!」


 女は舌打ちした。

「……面倒な相手」


「そっちこそ」

 ジルは拳を構える。

 背中から煙が上がる。

 足も焼けている。

 それでも――。

 ジルは笑っていた。


 少し離れた場所で戦いを見ていたベルツが、静かに笑った。

「……もう、ジルさんの勝ちですね」


 エレナが驚いてベルツを見る。

「えっ?」

「もう分かるの?」


「はい」

 ベルツはジルから目を離さない。


 ミナが心配そうにジルを見る。

「でも……ジルさん、さっき雷を受けてましたよね?」


 ベルツが軽く頷く。

「ええ」


 ミナが目を凝らす。

「……あれ?」

「ジルさん、背中から煙が出てませんか?」


「本当だ……!」

 エレナも目を見開く。

「ジルが攻撃を食らうなんて……」


 ベルツは小さく笑った。

「それだけ、あの魔道士の雷が厄介だったということです」

「でも――」

 ベルツは、どこか嬉しそうにジルを見つめる。

「ジルさんは、最初から本気ではありませんよ」


「「えっ!?」」

 エレナとミナの声が重なった。


 エレナが続ける。

「本気じゃないって……あれで!?」


 ベルツは頷く。

「相手を殺さないように、かなり真面目には戦っていました」

「ですが、自分の力を最大限に引き出していたわけではありません」


 エレナが呆れたようにジルを見る。

「……あれで手加減してたの?」


「はい」

 ベルツは穏やかに笑った。

「ジルさんは、主様に仕えるようになってから変わりました」


 エレナとミナがベルツを見る。

 

 ベルツが続ける。

「以前のジルさんなら、力で押し切れる相手には、何も考えず真正面から力で押し切っていたでしょう」


「……なんとなく想像できる」

 エレナが苦笑する。


 ベルツも小さく笑った。

「ですが、今のジルさんは違います」

「相手の能力を見て、戦い方を変える」

「必要以上に力を使わず、状況に合わせて最も効率のいい方法を選ぶ」

ベルツはジルへ視線を戻した。

その表情に、わずかな誇らしさが浮かぶ。

「……良い成長でしょう?」


 エレナとミナは顔を見合わせる。


「……うん」

エレナが頷いた。

「確かに、ちょっと意外」


 そのとき――。

「……あれで本気じゃないのかよ……」

 重力魔法の男――グランビルが、信じられないものを見るような顔で呟いた。


 ベルツが振り返る。

 グランビルはジルではなく、ベルツを見つめていた。

「じゃあ……お前もか?」


 ベルツが首を傾げる。

「私も?」


 グランビルは続ける。

「さっき、俺の攻撃を避けていた時だ」

「……お前も、本気じゃなかったのか?」


 ベルツは少しだけ考え――。

 静かに微笑んだ。

「ええ」


「……は?」

 グランビルの顔が引きつる。


「アベル様を助けることが、私の目的ですから」

 ベルツは魔力の剣を構え直す。

「あなたを殺すつもりはありません」

 その言葉とは裏腹に――。

 ベルツの瞳だけが、鋭く光った。


◆ベルスニア共和国・北側――廃工場の地下室

 薄暗い部屋。

 湿った空気。

 鉄の匂い。


 アベルは椅子に縛られ、腕も足も動かせなかった。

 縄が食い込み、肌が痛む。

「……っ……」

 息をするだけで胸が苦しい。

 ここがどこなのかも分からない。

 ただ――。

 目の前に立つ男の“黒い魔力”だけは、はっきり分かる。

 焦げた匂い。

 蠢く黒い炎。


 男はゆっくりとアベルの前に立った。

「お前に質問がある」

 低い声。

 感情のない瞳。


 アベルは震える声で言った。

「姉さんは……エレナは……どこ……?」


「心配しなくていい」

 男は淡々と答える。

「すぐに来る」


 アベルの心臓が跳ねた。

「来る……?」


 男はアベルの顔を覗き込む。

「お前を助けに、な」

 黒い炎が男の肩で揺れ、アベルの頬を照らした。

「そのために、お前を攫った」


 アベルは息を呑む。

「……どうして……僕を……?」


「お前が一番弱いからだ」

 その言葉は、刃のように胸へ刺さった。

「お前と一緒にいた人間の女二人も、種類は違うが得体の知れない魔力を持っていた」

「残りの二人は悪魔だ。尋問しても意味がない」

 男はアベルの顎を掴み、強引に顔を上げさせた。

「だが――お前は違う」


 アベルの呼吸が乱れる。

「……僕は……何も知らない……!」


「知っている」

 男は断言した。

「あの二人の女の正体」

「あの悪魔二人」

「そして――」

男の瞳が細くなる。

「お前たちが“何を探しているか”もな」


 アベルの心臓が強く脈打つ。

「……知らない……本当に……!」


「嘘だ」

 男の指先から黒い炎が伸びる。


 アベルの頬に触れた瞬間――。

「っ……あ……!」

 焼けるような痛みが走る。

 皮膚が焦げる匂いが広がる。


「俺の暗黒炎は、嘘をつくと反応する」

 男は淡々と言った。

「便利だろう?」


 アベルは涙をこぼしながら叫ぶ。

「本当に知らないんだ……!僕は……!」


「なら――」

 男は炎を引いた。

「別の質問をしよう」

「金髪の女の魔力はなんだ?」

「人間の魔力ではない」


 アベルは肩で息をしながら、男を見上げる。

(金髪……姉さんのことか)

「知らないって言ってるだろ……!」


 男はアベルの叫びにも表情を変えない。

「お前は嘘をつくのが下手だ」


 黒い炎が再びアベルの頬へ伸びる。

「やめて……やめてくれ……!」


「答えればいい」


「答えられないんだ……!」


「なら――」

 男は炎を引き、アベルの顔をじっと見つめた。

「お前が答えられるように、状況を変えるだけだ」


 アベルの背筋が凍る。

「状況……?」


 男は淡々と言った。

「お前の命と引き換えに、やつらを東側へ踏み込ませる」

「東側のヴァンパイアの組織と衝突させる」


 アベルは震えた。

「そんな……!」


 男はゆっくりと背を向ける。

「お前はただ――」

「その中心にいればいい」


 アベルは叫んだ。

「みんなを巻き込むな……!」 


 男は振り返らない。


 そのとき――。

 部屋の扉が開いた。

 カツ、カツ、と足音が響く。

 入ってきたのは、黒い炎の男より少し小柄な男だった。


 男は部屋へ入るなり、二人へ視線を向ける。

「確認が取れた」


 その言葉に、黒い炎を纏う男が顔を上げた。

「ほう?」


「そのガキと一緒にいる女の悪魔――」

「ジルで間違いないそうだ」


 アベルは眉をひそめる。

(ジルのことを調べてたのか……?)


 小柄な男は続けた。

「悪魔界側にコネのある連中へ確認を取らせた」

「間違いなく本人らしい」


 黒い炎の男が鼻で笑う。

「俺の腹に一撃入れた悪魔か」

 そう言って、自分の腹を軽く叩く。


 小柄な男は少し険しい表情になる。

「笑い事じゃない」


「ん?」


「ジルは危険だ」

 部屋の空気が少し重くなった。


 アベルは黙って耳を傾ける。


 小柄な男が続ける。

「元魔王直属の側近」

「魔界でも名を知らない者はいない」


 黒い炎の男が口元を歪めた。

「それほどか?」


 小柄な男は即答する。

「それほどだ」

 一拍。


「戦場では災害扱いされていたらしい」


(災害……?)

 アベルは思わず目を瞬かせた。

 ジルが強いのは知っている。

 だが、そこまで言われる存在だったとは聞いたことがなかった。


 小柄な男は続ける。

「頭を使うタイプじゃない」

「だが、だからこそ厄介だ」


「どういう意味だ?」


「普通の相手は損得を考える」

「だが、あいつは違う」

 小柄な男の目が細くなる。

「敵がいる」

「気に入らない」

「それだけで突っ込んでくる」


 黒い炎の男が苦笑した。

「なるほど」

「確かに厄介だな」


「しかも強い」

 小柄な男は低い声で続けた。

「当時は魔王本人より、ジルを恐れていた者も少なくなかったそうだ」

「災厄のジルって言われてたはずだ」


 アベルは思わず心の中で呟く。

(いや……それ、本人に言ったら絶対喜びそうだな……)


 黒い炎の男は、不敵な笑みを浮かべた。

「……面白い」

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

「だったら――」

「そのジルって女を、東側のヴァンパイアの組織にぶつける」


 小柄な男が眉をひそめる。

「本気か?」


 黒い炎の男は笑った。

「ああ」

「どれほどの化け物なのか――」

「この目で確かめてみたい」




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