紫雷と重力
◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前(上空)
――バチィィッ!!
紫色の雷が弾け、女の身体を包む。
蛇のようにうねる雷光が、彼女の腕を走り、指先へ集まっていく。
「行くわよ、元気なお姉さん」
女は挑発するような笑みを浮かべた。
ジルは拳を握り、肩を回した。
「アンタみたいなタイプ、嫌いじゃないわ」
次の瞬間――。
女の姿が消えた。
「ッ!」
紫電が空気を裂く。
ジルは反射的に身体を捻り、横へ回避。
――バチィィィッ!!
雷撃が地面を貫き、石畳が爆ぜた。
「速いじゃない」
ジルが爆ぜた石畳の上に着地して笑う。
その笑みは、戦闘を楽しむ者のそれだった。
女はすでに別の位置へ移動していた。
雷光を纏ったまま、浮遊する。
「反応は悪くないね」
「でも――」
女の指先がジルへ向けられる。
「雷は、直線だけじゃないのよ」
――バチッ!!
紫電が空を走った。
蛇のようにうねりながら、ジルの足元へ迫る。
「おっと」
ジルは足を軽く蹴り上げ、石片を飛ばす。
雷が石片へ吸い寄せられ、炸裂した。
女が目を細める。
「へぇ……」
「雷の性質、分かってるんだ?」
「まあね」
ジルは拳を握り直す。
「アンタの魔力、ちょっと癖があるわ」
女は楽しそうに笑った。
「じゃあ――もっと見せてあげる」
紫電が一気に膨れ上がる。
空気が震え、視界が白く染まる。
――バチィィィィッ!!
雷撃がジルへ向かって放たれた。
直線ではない。
曲線を描きながら、複数の軌道で襲いかかる。
「面白い!」
ジルは雷撃の間を縫うように走り抜ける。
紫電がジルの髪をかすめる。
肌を焼くような熱。
それでもジルは止まらない。「この距離なら――!」
ジルが拳を引いた瞬間――
女の身体が、雷光の残像だけを残して消えた。
「ッ!?」
ジルの背後。
紫電が弾ける。
「遅い!」
女の声。
雷撃がジルの背中へ迫る。
だが――。
ジルは笑う。
「読めてるわよ!」
身体を反転させ、魔力を纏った拳を叩き込む。
――ドンッ!!
雷撃と拳がぶつかり合い、衝撃が周囲へ広がる。
紫電が散り、その爆風で女の身体が後方へ弾かれた。
「ぐっ……!」
女が空中で体勢を整え、驚いたように目を見開く。
「……雷の軌道を読んだの?」
「読めるわよ」
ジルは笑った。
「雷って、動きが分かりやすいのよ」
女は舌打ちした。
「面倒な相手ね……」
「そっちこそ」
ジルは拳を構えた。
「もっと本気で来なさいよ」
紫電が再び女の身体を包む。
雷光が蛇のようにうねり、空気が震える。
「いいわ」
「じゃあ――本気で遊んであげる」
ジルも前へ出る。
拳を握り、瞳を鋭く細める。「望むところよ」
――バチィィィッ!!
再び、魔力を纏った拳で紫雷が弾ける。
二人の戦いが本格的に始まる。
◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前の地表
重力を操る魔道士が、左手を握り直した瞬間――
空気が沈む。
視界が揺らぐ。
石畳が悲鳴を上げるように軋んだ。
「ぐっ……!」
エレナの身体がさらに沈み込む。
ミナも地面へ手をつき、呼吸が乱れる。
ベルツは二人を見つめ、静かに息を吸った。
「……重力場の強度が上がりましたね」
男が無表情のまま言う。
「逃げられない」
ベルツは一歩、前へ出た。
その瞬間――
重力場がベルツの足元にも襲いかかる。
ズンッ!!
石畳が沈む。
空気が重くなる。
視界が歪む。
だが――。
ベルツの足は沈まなかった。
男の瞳がわずかに揺れる。
「……何?」
ベルツは静かに答える。
「重力変化は、あなたの魔力で流れを歪めている」
「ならば――」
ベルツの身体から、淡い黒い魔力が広がる。
重力場の中心へ向かって、ゆっくりと流れ始める。
「その歪みを、私が整えればいい」
男の表情が初めて変わった。
「……重力を“整える”?」
ベルツは右手を軽く上げた。
指先から黒い魔力が糸のように伸び、重力場の中心へ触れる。
――ボウッ。
空気が震えた。
重力場が波打つ。
エレナの身体が、わずかに軽くなる。
「え……?」
エレナが顔を上げる。
「ベルツ……?」
ベルツは静かに微笑んだ。
「ご安心ください」
「重力場の“流れ”を掴みました」
男が低く呟く。
「……馬鹿な」
「重力魔法は魔力の中でも特殊だ。悪魔ごときが――」
「悪魔だからこそ、ですよ」
ベルツの魔力が一気に膨れ上がる。重力場の歪みへ、黒い魔力が流れ込む。
――ズズッ……!
空気が軽くなる。
石畳の沈み込みが止まる。
ミナが息を吸い込む。
「……身体が……軽い……!」
エレナもゆっくりと立ち上がる。
「ベルツ……すごい……!」
男が歯を食いしばる。
「重力場が……崩れる……?」
「そんなはずは――」
ベルツは静かに言った。
「あなたの重力魔法は、魔力の流れを一点に集中させるタイプ」
「ですが――」
ベルツの瞳が鋭く光る。
「その流れを“分散”させれば、重力は弱まる」
男が目を見開く。
「……分散……?」
「そんなこと、できるはずが――」
「できますよ」
ベルツが指先を軽く振る。
――バンッ!!
重力場が一気に弾け飛んだ。
空気が軽くなる。
石畳の亀裂が止まる。
エレナとミナは完全に自由になった。
「ベルツ!」
エレナが叫ぶ。
「ありがとう!」
ミナも胸に手を当てる。
「助かりました……!」
男は信じられないという顔でベルツを見た。
「……重力を……相殺した……?」
「悪魔風情が……?」
ベルツは静かに答える。
「魔力の流れを分散させただけです」
「私は、魔力の“流れ”を読むのが得意なのです」
「あなたの重力は強力ですが――」
「流れが単純すぎます」
男の表情が歪む。
「……貴様……!」
ベルツは一歩前へ出る。
「さて」
「エレナ様とミナ様は自由になりました」
ベルツの瞳が鋭く光る。
「次は――」
ベルツが男を見る。
「あなたの番ですね」
男が叫ぶ。
「重力魔法を……侮るなッ!!」
――ズンッ!!
重力場が再び膨れ上がる。
だがベルツは動じない。
「侮っていませんよ」
「理解しているだけです」
ベルツの魔力が黒い波となって広がる。
重力場の中心を正確に捉え、流れを切り裂く。
――バチィィィッ!!
重力場が崩れ、男の身体が揺らぐ。
「なっ……!」
「あなたの魔力の流れ」
「もう全部読めています」
ベルツは静かに右手を上げた。「もう、終わりです」
黒い魔力が男の重力場を完全に分解した。
男は膝をつき、地面へ崩れ落ちた。
上空では紫雷が弾ける。
ジルが笑う。
「ベルツ、いい仕事するじゃない」
ベルツは静かに頷いた。
「ジルさん、その雷さんお任せしますよ」
「私はこの男に聞くことがありますから」
紫雷の魔道士が少しキレ気味に言う。
「誰が雷さんよ!」
こうして――
ベルツは重力魔法を完全に相殺した。
そして、ジルの戦いは本格的に始まる。




