迫る紫雷、沈む視界
◆ベルスニア共和国・東側――古びたビル前
ビルの影から気配を感じた。
そのとき――。
空気が、弾けた。
――バチィィッ!!
「――ッ!?」
閃光が視界を白く染める。
次の瞬間、ビルの奥から凄まじい紫電が迸った。
「危ない!」
ベルツが叫ぶ。
――ドォンッ!!
紫色の雷撃が石畳を抉り、一行の目の前で炸裂した。
「きゃっ!」
エレナが咄嗟に身を引く。
ジルも大きく跳び退き、ミナを庇うように腕を広げた。
「いきなり攻撃!?」
アベルを攫った敵の痕跡を追い、ここまで辿り着いた。
だが――。
待っていたのは、言葉ではなかった。
明確な敵意。
そして、先ほどの男とは違う魔力。
ベルツが鋭く前方を睨む。
「……皆さん、下がってください」
その声には、いつもの穏やかさがなかった。
ビルの奥。
暗闇の中で、何かが動く。
そして――。
再び、紫色の雷が闇の中で弾けた。
バチッ……バチバチッ……。
エレナは拳を握りしめる。
「……アベルを攫った奴らね」
ジルが口元を吊り上げた。
「どうやら、アタシたちを歓迎する気はないみたいね」
ベルツは静かに構える。
「ええ」
一瞬の沈黙。
「……ですが、こちらも遠慮する必要はなさそうです」
次の瞬間――。
闇の奥から、再び紫電が走った。
――バチィィィッ!!
建物の奥から、紫色の雷が弾け飛んだ。
「――っ!」
エレナがまた横へ飛ぶ。
ミナも身を低くして、その場から離れる。
ベルツは一歩後ろへ退き、ジルは身体を捻って雷をかわした。
四人の間を、紫色の閃光が一瞬で駆け抜ける。
――ドォォンッ!!
紫色の雷撃が、背後の建物を直撃した。
轟音とともに石壁が大きく弾け飛ぶ。
砕けた石片が宙を舞い、紫色の電流が壁面を這うように走っていく。
「なっ……!」
エレナが振り返り、目を見開く。
「……凄い威力」
「これ……話し合う気なんて、最初からないじゃない」
焦げた壁から、白い煙が立ち上る。
ジルはその光景を眺めながら――ゆっくりと口元を吊り上げた。
「ふふっ……」
そして、拳を握り締める。
「随分と派手な挨拶じゃない」
ジルの瞳が鋭く細められる。
「いいわ――」
「そういう喧嘩、嫌いじゃないわよ」
ベルツは何も言わない。
ただ、建物の入口を鋭く見つめている。
――コツ。
暗闇の奥から、靴音が響いた。
――コツ。
もう一度。
そして――。
二人の男女が、ゆっくりと姿を現した。
一人は男。
黒い服に身を包み、感情の薄い表情をしている。
もう一人は女。
長い髪を揺らしながら歩き、その身体の周囲には紫色の雷が蛇のように絡みついていた。
エレナが目を細める。
「……二人?」
女がクスリと笑う。
「よく今のを避けたね」
指先で紫色の雷を弄びながら、楽しそうに続ける。
「四人とも、ちゃんと反応できるなんて思わなかった」
ジルが腕を組む。
「そりゃどうも」
「でも――」
ジルが一歩前へ出る。
「私たち四人を相手に、二人だけ?」
ニヤリと笑う。
「舐められたものね」
女は少し意外そうに眉を上げた。
「へぇ……」
「ずいぶん自信があるのね」
ジルは肩を回す。
「自信っていうか――」
「人数の話をしてるだけよ」
エレナも前へ出る。
「アベルを攫ったのは、あなたたち?」
女は答えず、ジルを見つめている。
代わりに、隣に立つ男が口を開いた。
「……そうだ」
短い返答。
エレナの表情が険しくなる。
「だったら、今すぐ返して」
男が鋭い眼差しでエレナを見る。
「そういうわけにはいかない」
エレナが一歩踏み出す。
「なんでよ!」
その瞬間――。
男が、ゆっくりと右手を下げた。
「お前たちを倒す必要はない」
ジルが眉を上げる。
「……何?」
男は淡々と答える。
「足止めくらいならできる」
そして、右腕を少し動かした。
ベルツの表情が変わった。
「――!」
直感。
何かが来る。
「皆さん!」
ベルツが叫ぶ。
「退避してください!」
しかし――。
間に合わなかった。
男の足元から、何かが広がる。
魔法陣ではない。
目に見える光もない。
ただ――。
空気そのものが、歪んだ。
――ズンッ!!
「きゃっ……!」
エレナの身体が突然、地面へ引き寄せられた。
「――っ!」
ミナも膝をつく。
石畳が、二人の足元から大きく軋んだ。
「な、何……!?」
エレナが立ち上がろうとする。
しかし――。
「ぐっ……!」
身体が動かない。
まるで全身に何倍もの重さが掛かっている。
「エレナさん!」
ミナも両手を地面につきながら、必死に身体を起こそうとする。
「身体が……重い……!」
石畳がメキメキと沈み込んで亀裂が入る。
ベルツとジルは、すでに距離を取っていた。
男は二人を見つめると、口元をわずかに吊り上げる。
「ほう……」
「これも避けるか」
男の視線が、ベルツへ向けられる。
「……ただの悪魔ではないな」
男が、今度は左手をゆっくりと動かした。
その瞬間――。
ベルツとジルの表情が同時に変わった。
「……!」
二人は空間の歪みを察知した。
ベルツが、咄嗟にジルへ叫ぶ。
「ジルさん!」
「分かってる!」
二人はほぼ同時に地面を蹴った。
――次の瞬間。
――ズンッ!!
二人が立っていた場所の石畳が、見えない何かに押し潰されるように一瞬で陥没し、亀裂が四方へ走る。
「……っ!」
ジルが着地しながら、陥没した地面を振り返った。
「危なっ……!」
ベルツも静かに男を見据えた。
「……重力魔法ですか」
男は答えない。
ただ、左手をわずかに握り直した。
その動きだけで――。
周囲の空気が、再び重く沈んだ。
ベルツは着地すると同時に、エレナとミナを見る。
「エレナ様!」
「ミナ様!」
二人は動けない。
ベルツは一瞬だけ目を細める。
そして――。
「……なるほど」
男を見る。
「重力を操っているのですね」
男は無表情のまま答える。
「そうだ」
ジルが拳を握る。
「へぇ……」
「随分と便利な魔法じゃない」
女が笑った。
「どうする?」
「二人は動けないわよ」
ジルが女へ視線を向ける。
「……なるほどね」
ベルツはすぐに判断する。
エレナとミナをこのままにしておくわけにはいかない。
しかし――。
目の前には、紫色の雷を纏う女。
そして、重力を操る男。
同時に相手をするのは難しい。
ベルツはエレナとミナへ向き直る。
「エレナ様、ミナ様」
「少しだけ、お待ちください」
「ベルツ……!」
エレナが苦しそうに顔を上げる。
「大丈夫なの!?」
「ご安心ください」
ベルツの身体から、ゆっくりと魔力が溢れ始める。
「私が、お二人を助けます」
その言葉に、重力の魔道士が初めて目を見開いた。
「……何?」
ベルツは男へ視線を向ける。
「この重力場――」
一歩。
ベルツが前へ踏み出す。
「私の魔力で相殺します」
男の表情が僅かに変わった。
「……俺の重力を?」
ベルツの魔力が、さらに膨れ上がる。
「はい」
「ですから――」
ベルツはジルを見る。
「ジルさん」
「はいはい」
ジルはすでに拳を構えていた。
「分かってるわよ」
ベルツが紫雷の魔道士を見る。
「私はエレナ様とミナ様を救出します」
「その間――」
一瞬だけ、ベルツとジルの視線が交わる。
「もう一人を、お願いします」
ジルはニヤリと笑った。
「了解」
そして――。
紫色の雷を纏う女が、ゆっくりと前へ出る。
指先から、紫色の閃光が弾けた。
「いいわ、あなたが私の相手ね」
「それじゃあ――行くわよ」
ジルも一歩前へ出る。
拳を握り締める。
「アタシと遊びましょうか」
――バチィィッ!!
紫色の雷が弾ける。
ジルの瞳が鋭くなる。
こうして――。
二人の魔道士との戦いが、始まろうとしていた。




